三人の王子

風の季節半ばになるある朝、身なりを整えたカウティスは、早足で王家の大食堂に入った。

食堂には既に、王と第一王子のエルノートが座って食事を始めていた。




「時間に遅れてしまい、申し訳ありません」

自分の席に向かう前に、二人に頭を下げた。

上がった息を整えつつ、エルノートより下座の席に付く。

「おはよう、カウティス」

首元まで襟の立つシャツの、上のボタンを外して着崩した王が、カウティスに笑い掛ける。

「おはようございます、父上、兄上」

カウティスが答えた。


隣のエルノートが、ナプキンで口を拭ってカウティスの方を向く。

王と同じ金色に近い銅色の髪は、王妃譲りでふわりとしていて、整えられていても耳の上で少し弾むようで愛嬌がある。

しかし、カウティスよりもずっと薄い色の青い瞳は、真剣な表情で視線を向けられると、竦むような強さがあった。


「カウティス、どんなに慌てていても、食堂に入る前に一度息を整えるんだ。王族たるもの常に余裕を持たなくてはいけない」

「は、はい、兄上。次からは気をつけます」

恐縮しつつも視線を逸らさず、カウティスは答える。

グラスを口に運んでいた王が、不満気に眉を寄せた。

「エルノートよ、私が威厳をもって教えるべき事がなくなるではないか」


エルノートとカウティスが同時に笑った。




土の季節の終わりに、カウティスは7歳になった。


7歳になると、王族の大食堂で朝食を摂るようになる。

社交を学ぶ、一歩目というところだ。

昼や夜は、公務で食事の時間がなかなか合わない王や王妃も、朝は公務前に子供と一緒にテーブルにつくことができる。

親子のコミュニケーションをとる為の、大事な場所でもあった。


6歳までは一日の食事を全て、小食堂や自室で、乳母や侍女に給仕されて食事をする。

小食堂では、弟である第三王子のセイジェと共に、王妃や母親である側妃マレリィと一緒に食事をすることもあった。

エレイシア王妃が今この場にいないということは、小食堂でセイジェと朝食を共にしているのだろう。

側妃のマレリィは、王妃が参席しない場では王と席を共にしなかった。

今朝も自室か、時間をずらして大食堂で食事をするはずだ。



「それで、今朝は鍛練に夢中になりすぎたのかい? それともまさか、寝坊?」

カトラリーを持ち直して、エルノートが笑い含みに聞く。

「寝坊などしていません! その……時間を忘れて鍛練していました。今までは少々時間が遅くなっても、自室で食事だったもので」

カウティスが恥ずかしそうに言う。


「それは側に付いている者達が悪い。決まった時間に行動出来るよう、補佐するのも勤めだ。怠慢は罰せねば」

王が軽く手を上げて、王の侍従を呼ぶ素振りを見せると、カウティスは慌てて止めた。

「父上、お待ち下さい! エルドも侍女達も、ちゃんと私を止めました。でも私が、もう少し、もう少しとやめなかったのです……」

両手をテーブルの上でグッと握り締める。

「どうか、彼等を罰しないで下さい」


王はカウティスを見つめる。

カウティスは、自分と同じ青空色の瞳で、しっかりとこちらを見つめ返している。

思わず頬が緩んでしまった。


カウティスが目を瞬く。

エルノートが手を伸ばし、カウティスの強く握った拳を優しく叩いた。

「大丈夫だよ、カウティス。父上は本気で罰しようなどと考えておられないよ」

カウティスが王の顔をあらためて見つめると、王は目を細めて笑った。

「息子達が、臣下を大事にできる優しい王子に育っていて、私は嬉しいぞ」




食後のお茶の用意が始まる頃、王が王子二人に言った。

「そうそう、フレイアから、今月末には帰国できると報せがあったぞ」

「姉上が!?」

カウティスは顔を輝かせる。


フレイア王女は13歳。

光の季節に12歳になったエルノートの1つ上で、側妃マレリィの第一子だ。

フルブレスカ魔法皇国、皇立学園の第一学年を終了し、母国で新年を迎えるために帰国する。

フレイアは今年、新年を迎えて光の季節前期月の半ばに、フルブレスカ魔法皇国を目指して国を出た。

息災であると度々手紙は届いていたが、直接会うのは、ほぼ一年ぶりになる。


二人の王子は顔を見合わせ、再会が待ち遠しいと笑いあった。





カウティスがエルノートと笑い合っている頃、小食堂ではエレイシア王妃と、王妃の二番目の子である第三王子セイジェが一緒に朝食を摂っていた。

年末に5歳になるセイジェは、蜂蜜色のふわふわな髪質に、髪よりも濃い色の瞳がくりりと丸く、少女のような顔立ちで、母親のエレイシア王妃にそっくりだった。



エレイシアは食後のお茶を飲み終え、カップを置いたところだ。

セイジェは食が細く、パンとサラダと卵料理を一枚の皿に可愛らしく盛って出されても、全て食べることは稀だった。


「お母様はそろそろ行かねばなりません。皆の言うことをよく聞いて、今日も健やかに過ごすのですよ」

「もう行くのですか? イヤです。私が食べ終わるまでいて下さい」

席を立とうとしたエレイシアに、セイジェが悲しそうな声を上げた。

しかし、セイジェが食べ終わるまでとなると、一体いつになるか分からない。


エレイシアは困ったように眉を寄せて、息子の柔らかな頬をそっと撫でた。

「公務に向かわねばなりません。わがままを言って皆を困らせてはいけませんよ」

エレイシアはセイジェの頭に軽く口付けると、お願いねと乳母に声を掛け、優雅な足取りで小食堂を出ていった。



「いつも私ばかり置いてけぼりで、つまらない」

セイジェが口を尖らせる。

この間まで、食事はだいたいカウティスと一緒だった。

それが水の季節になる頃から、カウティスは体術だ剣術だと忙しくなり、食事の時間も惜しいと自室で済ませるようになった。

それでも朝食だけは小食堂に来て、あれこれセイジェの話を聞いてくれていた。

それなのに、カウティスは土の季節の終わりに7歳の誕生日を迎えて、とうとう朝も小食堂に来なくなってしまった。


セイジェにとっては、7つも上の実兄エルノートより、一緒に食事をしたり遊んでくれたりしていた異母兄のカウティスの方が、余程近しい存在だった。

セイジェは側に控えた乳母に聞いた。

「ソル、そんなに剣術は楽しいのかな」

「私は剣術を嗜みませんので…よく分かりませんわ。ですが、第二王子にとっては楽しいのでしょう」

乳母のソルは苦笑いで答えた。


「…私も兄上と一緒にできないかな」

乳母も、壁際に控えた侍女も顔色を変える。

「とんでもありません、セイジェ様! あの様な荒事は、もっと大きくなられてからでなければ」

「もっと、とは? 兄上は6歳で始めたから、私も6歳になったらできる?」


セイジェはすっかり食事をやめてしまって、身体ごと乳母に向き直った。

期待に目を輝かせるセイジェに、乳母が躊躇いがちに言う。

「いいえ、セイジェ様。多くの才能をお持ちのエルノート様でさえ、剣術は9歳から始められました。セイジェ様もせめてその位になられてからでないと…。幼い頃から身体を酷使すれば、成長にも悪い影響が出てしまいますわ」


9歳からだなんて!

セイジェは目を見開く。

セイジェが9歳になる頃、カウティスは11歳だ。

その頃に、基礎を始めるセイジェの鍛錬に付き合ってくれるだろうか。

そもそもその頃になれば、13歳になる年から義務付けられている、フルブレスカ魔法皇国の皇立学園に入学するための準備に入ると聞いている。

セイジェのために割いてくれる時間など、更に少なくなるのではないだろうか。


「でも、カウティス兄上は6歳で始められたよ」

食い下がるセイジェに、乳母は固い声できっぱりと言った。

「第二王子は、側腹の王子でございます。王妃様のご子息であるエルノート様、セイジェ様の大切な御身と同様に考えてはなりません」




“側腹”とは、側妃の産んだ子。

はっきりとした侮蔑語であった。





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