第五十六話 荒魂、和魂
「ほんに、銀さんには
「まったくです。驚かされるぞ、というのはこのことだったのですね」
すっかり銀次郎の
「おいおい。この俺が驚かされると言ったのは、この『こーひー』のことではないぞ?」
「え――?」
すっかりそうだと思い込んでいたらしい『魔性の者』のふたりはたちまち
「それでは……一体……?」
「それは直接
グレイルフォーク一世はスツールに腰掛けた身体を
腰に巻いたエプロンを脱ぎ、カウンターの端に、ぽん、と置きながら、銀次郎が姿を見せる。
「どういう……ことなのです?」
「俺は、な?」
まだ状況が呑み込めないテウメサとホルペライトの座るテーブルの前のカウンターに寄りかかり、ふう、とひと息ついて銀次郎は続ける。
「まどろっこしいことは
店の中の一切の音が消えた。
長くて短い静寂を破ったのは、ホルペライトが喉を、ごくり、と鳴らした音だった。
「は……? ここに……住む? それは……どういう意味なんです!?」
「そりゃあ、どういうもこういうもあるめえよ」
うまく通じないことに苛立ったかのように思わず銀次郎の口調が強くなったが、それは言葉が足りないせいだった。
「……やっぱし順を追って話さにゃ分からねえよな。俺ぁ、こういうのは苦手なんだが……」
白髪頭を、ぽりり、と
「お前様がたの話を聞いてるうち、俺ぁ、こう思ったのさ。いいか――?」
と言ったのはいいが、なかなか言葉がすんなりと出てこない。
さすがにそれを見かねた香織子と、そしてシオンが銀次郎の隣に立った。
それで少しは心強くなったのか、銀次郎はホルペライトに尋ねる。
「ええと――あれだ。お前様がたは、元を正せば、古い神様
「そんな大層な物では……」
「てぇたって、人間とは違う、人間にはない力をお持ちなんだろ? 違ったかね?」
「それは……まあ。多少は」
「下手な謙遜は、それこそ
問われたホルペライトは困った顔つきでテーブルの反対側に座るテウメサを見た。
しばしの間が空いて、タイミングを合わせたかのように
「ええ、たしかにわっちらにはそのような
「では……それを
「いやいや! じゃねえ! そうじゃねえってんだよ。じれってえなあ、もう!」
じれったいのはこっちの方である。
仕方なく香織子とシオンは銀次郎を囲んだまま後ろを向いてしまうと、なにやらこそこそと相談をしはじめた。連中を連れてくるからよ――そういわれたまではいいが、ふたりも銀次郎の企てた計画の全貌を知らないのだ。
次第にこの状況に慣れてきたテウメサとホルペライトは、少しおもしろがっているようなふくみ笑いを浮かべて顔を見合わている。一方、ひとり孤立したままのグレイルフォーク一世は、カウンター席の端に着心地のよろしくない鎧装束一式がうまい具合に収まる姿勢を見つけた様で、絶妙なバランスを保ったまま、うつらうつらしていた。
やがて――。
「はぁ!?」
という素っ頓狂な叫びが香織子の口から飛び出した。
それに驚いたのか、グレイルフォーク一世の身体が、かくん、とわずかに滑ったが、また先程までのように、うつらうつらしはじめる。そして、こほん、と香織子は咳払いをひとつ。
「すみません、お待たせしました」
だが、隣の銀次郎は少し不満げな顔つきだ。
なにごとかと思う間もなく、香織子は口を開く。
「では、テウメサ様、ホルペライト様。単刀直入にお伺いします――なぜ、この子、シオンが欲しかったのですか?」
「それは――」
ホルペライトはわずかに
「
「……なるほど」
「我々『魔性の者』は、元を返せば古き神……『恐れ』は我らの力となりますので。それで」
「だけ、じゃねえだろ、狐小僧?」
「と……仰られますと?」
「怖がられるだけが能じゃねえってんだよ。なんたって、神様氏神様なんだからよ。だろ?」
「それは……仰るとおりです……」
「それ、どういうこと?」
さんざ話したものの、まだ聞いてないことがあったとみえて、香織子はたちまち訝しむ。なので、銀次郎はこう続けた。
「
銀次郎が言ったのは、いわゆる『
「つまりだ。お前様がたは、有難がられて、拝まれて、大事にされたら、それでお喜びになる。そしたら、この街の連中だって、ちょっぴし運が回って得をするってえことだろ? そんなら皆丸く収まるじゃねえか。誰も損しねえ。むしろ得だ。無駄に喧嘩するよか、よっぽどいい」
そうして、銀次郎はこう締めくくった。
「だからよ? 俺ぁこう思ったのさ。お前様がたに、ここに腰据えてもらったらおもしれえだろ、ってな? なあに、人間と神様が一緒に暮らしちゃいけねえ、って決まりはねえさ――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます