第五十五話 訪問者三度(みたび)

「あれが『魔性の者ども』と言う連中なのか……」

「随分とキレイなお方だなぁ……おっと、痛てて」

「なに鼻の下伸ばしてんだい。とっとと仕事しな」

「怖い奴らだと聞いていたんだが……大丈夫か?」


 城塞都市・グレイルフォークの大きな門から一歩中へと入ると、それまで遠くから事の成り行きを見物していた住人たちの輪が蜘蛛くもの子を散らすようにざわっと一気に広がり、それから少しずつせばまって、目に映る光景をああだこうだと囁きはじめた。


 その様子を妖艶な流し目で、ちら、と見てから、テウメサはそっとつぶやく。


「銀さんとやら。もしもさらし者なぐさみ者にでもするおつもりでありんしたら、わらわはちょいと――」

「んなこたぁねえよ。大丈夫でぇじょうぶだ。おいらが保証する」

「いいですか、たぬき御前様ごぜんさま。姫様にもしものことがあれば――」

「ねぇって言ってんだろ、狐小僧。そういきり立っちゃ、見てる方も当てられてブルっちまう」


 そんな短いやりとりをして、再び銀次郎はスラックスのポケットに両手を突っ込んで、鼻歌まじりに先頭を風切って歩いていく。どうしたものか、とテウメサとホルペライトは顔を見合わせるくらいのことしかできない。仕方なしにあとをついていくが、やはり人の目が気になる。


 ふたりの『魔性の者』がれてれて、もうこれ以上は、という頃合いになって、ようやく一軒の店の前で銀次郎が立ち止まった。


「さあ、ここが俺の店だ。せめぇとこだが、入ってくんな。おらぁ、ちと準備をするからよ――」



 と言われても――。



 テウメサとホルペライトが顔を見合わせて戸惑とまどっていると、横からグレイルフォーク一世の手が伸びてきて、正面のスイングドアを開け支えながら、どうぞ、とうやうやしい態度で頭を下げた。


 一歩、足を踏み入れる。


「ようこそいらっしゃいませ、お客様がた」

「いらっしゃいませー、こちらのテーブルへどうぞー」


 と、ふたりの歳若い少女に、はつらつとした声で出迎えられて思わず表情がやわらぐ。


「まぁ、楽にしてくれ。すぐやるからよ」


 ふたりが席に着く前にはすでにエプロンを腰に巻きつけ、早速カウンターの中で仕事をはじめた銀次郎が、おおそうだ、と、まるでついで事のようにこう付け加えた。


「ふたりとも、俺ぁの可愛い可愛い孫娘だぜ。……おい、狐。?」

「……え!? つまり、このお嬢様がたのいずれかが――!?」



 探し求めてきた魔族の生き残り、『鬼の子』だということになる。



「?」

「?」


 慌てふためいたようにふたりをせわしなく見比べはじめた初顔の客の遠慮のない視線に、わずかに驚き、緊張して身体を硬直させる香織子かおりことシオン。えーと……とシオンは天井を見上げ、ぽりぽりと頬をいているが、香織子の方は堂々たるもので、はぁ? 何か? と言いたげだ。



 そして、



「……こちらのお嬢様ですね。さすがの風格を否が応でも肌で感じます」



 ホルペライトは指をさす。

 自信に満ちた顔だ。



「………………ぷっ」


 その様を、合間をって目にした銀次郎が、途端に、くくく、と笑いはじめたではないか。


「くくく……ばぁか。そりゃ正真正銘俺の孫で、だ。たしかに中身の方はってえと、しょっちゅう鬼みてぇに見えておっかねえところがあるがよ。……香織子、シオン、挨拶しな」


 聞き捨てならない銀次郎のセリフに、香織子の右眉が、ひくり、とうごめいたが――。


「銀次郎の孫、姉の香織子です」

「ギンジローの孫、シオンです!」


 かたや礼儀正しく、かたや威勢よく、銀次郎のふたりの孫娘は自己紹介をした。それを受け、テウメサとホルペライトも簡単に名乗りつつ、自分たちは『魔性の者』と呼ばれる者たちであり、銀次郎に招かれてここへ来たことを話してみせる。



 すると、


「ええ、お待ちしておりました」

「うん、お待ちしてましたー!」


 意外なことに、そうこたえたではないか。



「まあ……驚くのも無理はないよな」


 すると、ひとりカウンター席でくたびれたように頬杖をついているグレイルフォーク一世が、呆れ半分、め半分といった笑みを浮かべながら、こう続けた。


「……でも、だぞ? この頑固爺様は、はじめっからこうするおつもりだったらしい。さすがのこの俺も、はじめは開いた口がふさがらなかったわ! ……ええい、窮屈だな、まったく……」


 どうやらグレイルフォーク一世が同じ席に着かずにカウンター席を選んだのは、正装である鎧装束しょうぞく一式の扱いにいささか困っているせいらしい。居心地悪そうに、がちゃがちゃ、と鳴る。


「しかし、驚かされるのはむしろこのあとだぞ? せいぜい楽しみにしてるがいい! はは!」

「「?」」


 それはなぜ――と尋ねたかったところだったが、肝心な王様はひと足早く目の前に置かれた白磁のカップから立ち昇る湯気に夢中になっているようで、こちらを見ようともしない。


 と。



 ――かちゃり。



「ほれ、飲みな」

「こ――これは……?」

「おいおい。おめえ様がたもご存知ねえってのか。まったく気が抜けちまうねぇ……」


 やれやれと肩をすくめた銀次郎は、ふたりの座るテーブルの前で腕組みをして待っている。



 迷う。

 飲んだが最後、終わりということもあろう。



 あちらで人の王がさも美味うまそうに喉を鳴らしているが、同じ物とは限らない。



 それでも銀次郎は動かず、辛抱強く待っている。

 テウメサとホルペライトはすっかり困り切って顔を見合わせた。



大丈夫でぇじょうぶだ。毒なんざ入れちゃいねえ。自慢の一杯だ。美味いと言わせたら、俺らの勝ちさ」


 それでも、手が動かない。

 見かねた銀次郎は、いつぞやと同じく今さっき置いたばかりのカップに手を伸ばそうとする。


「なら、爺の飲みしで構わねえってんなら、お先に飲んでみせるぜ――おっと」

「――!」


 が、ホルペライトの方が一手早かった。

 真剣勝負さながらの決意に満ち満ちた顔で目の前に置かれたカップを取り上げ、口をつけた。


「……ぐぅ!?」


 はっ、とカップを口から遠ざけ、苦痛に満ちた顔をするホルペライト。それをこわごわ見ていたテウメサがたちまち血相を変えたが――。


「し――心配には及びません、姫様! あ……あの……少し熱かったので……それで……」



 ふう。

 ふう。


 今度は慎重に息を吹きかけ、十分にましてから、その上澄みをそっと口に含む。



「……」

「さてさて。どうだね? この勝負、どちらの勝ちだね? ええ?」



 そう問われたホルペライトは、しばらく押し黙ってしまった。

 それから、子どもじみたねた顔つきで、ぼそり、とこうこたえる。



「………………悪くはありませんね」


 それを聞いた銀次郎はほっとしたようなテウメサと目を合わせると、屈託のない笑顔を浮かべるのだった。



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