第四十八話 いれずみ判官
「おっ――王様――だって!? だってこいつぁ……!!」
たちまちゴードンが
「う……そ……!?」
シーノもまた、衝撃的な発言をした銀次郎と、物も言えずに
辛うじて出た言葉は。
「だ、だって……! え……? 《十傑》の《勇弟》のミサーゴは確かにいるんじゃないの?」
「元々、そんな奴ぁいなかったんだ。弟どころか兄弟姉妹もいやしねえ。……だろ? 王様?」
ミサーゴは、置いてあったガラスコップの中の水を頭から、ざぶり、とかぶると――ゆっくりと長い髪に
「ふう……」
すると、そこには――。
「くそ……さすがにリューリッジと同じ世界から来た『異界びと』の目は、騙せなかった、か」
どこにでもいる庶民でも見慣れた顔がそこにあった。
たとえ会ったことなどなくとも、その
「さては、その
「ははっ、図星だ」
《勇弟》のミサーゴ――《善王》のグレイルフォーク――そして、この地を治めるグレイルフォーク一世は、そこいらに置いてあった台
「『サクライレズミ』まで入れようとしたんだが、さすがにリューリッジから止められたよ」
「やめときな。ありゃあ、相当
「同じことを言ってたよ、リューリッジもな。……
「おう。こちとらちゃきちゃきの下町っ子だぜ」
まさか異世界の人間の口から『二ホン』という言葉が飛び出してくるとは思わなかった。
だが、そのまさかはある程度銀次郎が予想していたものでもあった。銀次郎も応じたものの、さすがにそこまで通じるとは思っていない。ただのいつもどおりの口癖に過ぎない。
しかし、リューリッジ、などと名乗る日本人はいない。
恐らくは――偽名か
もしくは、この世界の人々には発音しにくい名前だったのかもしれない。
「リューさんとやらもそうだったのかい。どうりで。……お、おい、一体どうしたってんだ?」
と、気がつけば、銀次郎と香織子、そしてシオン以外の常連客は、今にも床に額を擦りつけそうな勢いでへなへなと座り込んでしまっていた。今まで遠い存在だと思っていた一国の
が、銀次郎は鼻を鳴らす。
「なんでぇなんでぇ。王様だろうが、同じ人の子だろうが。
「とは……言われても……だな……ギンジロー……」
「こいつは王様じゃねえ。弟のミサーゴだと思っておきゃあいい」
「ははっ。この
無礼だなんだと言い出さないところが、この王の人柄を良くあらわしていた。銀次郎をつかまえて『爺』呼ばわりするところも、不敬なようでいて気さくさを感じさせる。
「ね、ねえ? 銀じい? 『遠山の金さん』って、あの時代劇の?」
「おう、そうだ。おめえも観たことあんだろ? 片岡千恵蔵のよ?」
「そ、その人は知らないけど――」
香織子は目を白黒させながら、少し済まなそうに身を
「あの……ごめん。銀じいのこと、悪く言っちゃって。そんなはずないのにね」
「構わねえさ。昔、よくかみさんにも言われたもんだぜ――銀さんは口が足らないね、ってな」
何を言われても、ああ、やら、おう、きりしか言わず、たまに長く喋ったかと思えば、
「……もっぺん言うぞ、『金の字』」
そして、再び厳めしく顔を引き締める。
「このシオンはな? ……俺らの孫娘だ。魔族だなんだなぞ知ったこっちゃねぇ。ましてや、
「……力づくでも、と言ったら?」
「おう、望むところだぜ。さぱっ、とやってもらおうじゃねえか」
そう吐き捨て、銀次郎は店のど真ん中に、どっか、と
「ただし……俺ぁ
「祟るのは嫌だなぁ」
そう苦笑しつつ、グレイルフォーク一世は銀次郎の前に立ち、大剣の柄に手を
なんとも
斬るのか。
斬るのか。
本当に斬ってしまうのか。
――と。
「……やめだ。これは俺の負けだな。それこそ
グレイルフォーク一世は、盛大なため息をつくと構えていた大剣を戻し、カウンターの椅子三つを占領してごとりと置いてしまった。そうしてから、銀次郎の前で同じように胡坐をかく。
「おい、爺。ならばどうすればいい? 奴らに屈すれば、人間は
「んなもん、俺ぁの知ったこっちゃねえ……と、本来だったら言いてえところだが――」
銀次郎は首を巡らせて常連客たちの顔を見る。
シオンが助かったまでは良かったが、そうなると今度は自分たちの自由が失われる。奴隷として苦役に血汗を流す日々が来るかもしれない。
そんな複雑な心中を察せられぬ銀次郎ではなかった。
「ううむ――」
なので、まずひとつ、唸った。
それからこう、とびきりとぼけた顔つきで言ったのだった。
「そりゃ、なんとかせにゃなんねえな。なにせ、店に来る客が減っちまうってえんだからよ」
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