P.C.S.

判家悠久

perfect copy striker

 有隣堂虎ノ門新開発店は、5階に地下1階の自社ビルディング書店になる。2038年の今時で多角化も書籍の書店の経営が成り立つかは、地球外よりT117星人が漂着した事が大きい。


 2023年春。その遭難信号は世界の主要言語で全世界が受信した。木星の自転爆発で量子津波を直接浴びては、T117星の移民船グロリアス号の機器が大破損したと。

 世界各国は、手の込んだ情報戦と一笑に付したが、日本国だけは避難受け入れを容認した。

 その三日後に、日本上空に全長1kmに及ぶ移民船グロリアス号が現れ、房総沖から滑り込み、外房総の大陸棚に辛うじて引っ掛かり、鴨川との衝突は避けられた。


 T117星の移民船グロリアス号に搭乗しているのは、移民2万5000人。見た目は地球人のアングロ=サクソン人から派生した面持ちを見せる。

 日本国は、いざ難民受け入れをしたものの。折衝はどうすべきかで、白羽の矢が立ったのが、私達有隣堂書店のオブザーバー:R.B.ブッコロー氏、以下略になる。

 ブッコローは地球外生命体で、何となく日本に潜り込んでは、ぬいぐるみAIスピーカーの佇まいでいたので、諜報機関に嗅ぎつけられるも、肩透かしで帰って行った。

 そのブッコロー、何ら問題無しと、妥結点を緩和する。今も開発され続けている虎ノ門麻布台開発改めセントラルタウンリビルドを、9割の機器破壊で破棄すべきのグロリアス号の船体材料を再利用し、セントラルタウンリビルドに転用すると言う、最先端のSDGsをまとめ上げた。

 それもそうだが、ブッコロー、本物かよ、の衝撃が、関東圏の書籍愛好者残らずに衝撃を与えた。


 そのT117星人の漂着で、日本は身のある高度技術進化を遂げたと同時に、原点回帰にも入った。高度文明のT117星人が、量子津波で機材の多くが破損した事で、何かと紙の書籍頼りで日本国、いや地球のあらかたを学んでいった。その真摯な対応から、恒星間結婚も起こり、2世誕生は普通の記事として報道される。



 +



 そんな偉業を果たしたブッコローだが、有隣堂の取締役を命じられるも、自由なルーチンを持てるオブザーバーに拘る。ただ強いて言えばで、書籍原点回帰の世界人気から、セントラルタウンリビルドの一等地に有隣堂虎ノ門新開発店の出店を求めて、一呼吸あって取締役会承認。セントラルタウンリビルドに従事する開発人員が仕事終わりに寄っては、書籍ブーム全盛期かの賑わいを見せている。

 その賑わいは、書店の雰囲気も大きい。T117星の移民船グロリアス号の雰囲気が存分に溢れている。特にブッコローは大使扱いなので、深層区域迄見ては、建築デザインに反映させている。

 この佇まいは、エジプト文明が今も続いていたらの、鋭角なカイロネオゴシック建築仕様で、本格的なフューチャリストのみならず皆の射倖心を刺激する。そう、ニューヨークの有名雑誌でも東京都内のベーシックスポットに選ばれ、ネビュラロマンと賞賛される。こちらに落ち度がなければ、お客さんが来ない筈もない。


 そんなブッコローの右腕を勤めるのが、私杏妙寺遥だ。有隣堂内の数人しかいないブックコンシェルジュ甲種を合格し、即店長候補も、ブッコローの様に、今時点ではある程度自由でありたい。


 夜の賑わいと違って、昼の有隣堂虎ノ門新開発店には、訳ありの人物が多く来店する。

 その1人が川端宗治さん。若手ITエンジニアリングも、T117星人の受け入れで、異次元の技術改革が都度進み、煮詰まり、新刊書籍を何かと買い上げ読み漁り、その上で日々の睡眠時間は3時間と飄々と答える。


「宗治、お前、読書で死ぬぞ」

「出来ないで、死ぬより、出来て、役に立って死にたい」

「それ違うだろう」

「T117星人は、皆真面目ですよ。俺は負けたくないです」

「若いな、宗治」


 ブッコローにあれと指示されて、私はP.C.S.申込書一冊をコンシェルジュカウンターの下より、宗治さんに手渡す。

 P.C.S.即ちperfect copy striker。要点をかなり噛み砕くと、生体コピー機器CBBBC-8でのストライカーの出力許可書だ。これはT117星人の齎した恒星間移民のテクノロジーで、自らそっくりのストライカーを機器を使って共存するものだ。コピーとあって何もかもそっくりも、ストライカーを乱用すると戸籍簿が煩雑になるので、一度しか利用出来ない。

 量子津波でグロリアス号の機器は使用不可の筈も、ライフターミナルコアは重厚に積層化してシールドされており、重要機材は辛うじての破損を免れたらしい。ここで高度な政治利用がある筈も、T117星人は勤勉の為万遍なくで、大ぴらではないものの民間にも使用を認めている。


 果たして、チェックマーク記述しかないP.C.S.申込書だが、宗治さんは使用承認を認められ、有隣堂虎ノ門新開発店の書庫の奥にある、CBBBC-8、見た目人間そのまま印刷コピー出来るスキャナー部に乗り、7日間掛けてエラーも無く出力される。


 ストライカーはそのまま宗治さんのITエンジニアリングの仕事へ。オリジナルは勉学に勤しむ為、その全ての時間を異次元的技術の学習についた。



 +



 ただオリジナルの方に誤算が発生した。ストライカーは感情がスマート過ぎて、派遣先の私立中学校のミディアムボブ美人細川美南さんにアタックされ、恋人になった。何でだよは、オリジナルの宗治さんで。一生届かぬ高嶺の花に、この俺が惚れられたのに、このタイミングは何だの憤り、いやストライカーへのもどかしい感情だ。

 そもそも川端宗治の造形はと言うと、性格温厚、理想的な長身、バリトンボイス、身支度ちゃんとすればハンサム、モテない筈がない。ただオリジナルとストライカーの唯一の違いは、口元が常時張ってるかどうか。それは散々気も使われて来た、宗治さん、どうなのになる。


「宗治、『グレート・ギャツビー』を買え、読め、考えろ」

「ちょっとブッコロー、それ劇薬ですって、」

「身が破滅するなら、前もって知れだ」

「その本で解決するんですかね。『グレート・ギャツビー』下さい」


 私は苦い顔で、F・スコット・フィッツジェラルドの棚から『グレート・ギャツビー』を抜き、慇懃に宗治さんに差し出した。宗治さんなら、最悪の悲劇は無いとひたすら祈りたい。



 +



 夜の有隣堂虎ノ門新開発店に、華やぐ恋人が睦まじく本を選ぶ。それは、川端宗治と細川美南と仲睦まじいカップルだ。どうやらオリジナルとストライカーの間で理性的な話し合いが無事済んだとの事。

 さて、オリジナルとストライカーの区別が着くかは、書籍を探し当てるオリジナル特有宗治さんの猫背が、とても、らしいだ。

 そして、見分けが難しいは止む得ない事情がある。T117星人は長く恒星間移動する為、良からぬ船内の軋轢を産まない為に、目に付くシリアルタトゥーを入れずフラットに生活する。

 どうしても、判別したければ遺伝子情報を分析するし、何よりストライカーの心理制限として強い独占欲を産ませなかったのが大きい。ある意味では非人道的かも知れないが、長い宇宙空間で生きる為には、オリジナルであれ、ストライカーであれ、共生しなくていけない最善の配慮だ。


 そして、宗治さんと美南さんは共に、スタンダールの作品を送るべくどうかと、仲良くコンシェルジュの私杏妙寺遥とR.B.ブッコローに聞いてくる。


「良いと思いますよ。評論集もオツですので、いつかの機会にでも」

「ストレートに三島由紀夫も悪く無い。運命感じろ、ははは」


 まあブッコローの小脇に抱えた緑のアンチョコはさておき、適度に相槌は打っておいた。

 二人は、ただ微笑ましく、カウンターに向かって談話多めに進む。誰から見ても幸せな光景だが、宗治さんのストライカーはどうなるかにある。


 オリジナルが戻ってきた際、ストライカーは肉体的処分される被虐性は無く、別の部署へと、真の戸籍を与えられ個性も認められる。

 現在の真の移民国家になった日本国では、房総の新鴨川人工島で移民船グロリアス号の解体に従事するか。瀬戸内海総合造船所で移民船グロリアス号から取り出した材質で大型客船作りに従事するか。青森の類似亜空間サブタービン発電所群を未だ拡張し日本全域の電力を保全するか。静岡純正果実ファーマーで移民船グロリアス号の技術で農産物を自給自足させるか等々、次世代の産業技術に適応して行く。

 これらは所謂3K的な分類になるが、国が新たに一皮向けるとは、どうしても肉体労働に従事せざる得ない。

 ストライカーは官僚的なセンスも十分あるが、この国壮年労働者、特に公務員は定年が自らの意思になっている為、登用の入り口は狭くなっている。

 そこには、日本国全般のAIの積極的導入が実に皮肉な結果を生み出して、AIは過程は抜群も、10年後の世界構成が体系づけられない不安定要素があるからだ。その為、官僚在職期間が長い程、ならではの経験論を打ち出せて、無難な国家予算へと導ける。

 日々の事案の隙間があれば、新聞記事に高齢化日本国の憂いとして、マンネリ化より、若人による新社会政策こそと、適度に提言が挙がるも。例えばの未来政策が結構甘い。故にか。提言記事は、都度紙面を埋める為の字数調整で有り、社会への投げ掛けになっていない。旧体制を維持出来るのは旧体制と、近代への入り口の騒乱とかなり似通った時代になろうとしている。

 改革がなければ、老いて死ぬ。それが国単位とは恐怖は感じるが。緩やかに下って行くので、日本国構成員全て、止む得ないの雰囲気は感じている。


「あの、ブッコローさん。こんな時代でも、あの二人幸せになると思いますか」

「人間と言うのは、本能的に譲歩と言うのを察する。押しと、引き、時間を掛ければ、阿吽の呼吸とも呼ばれる。若者は、まずはそこだけ頑張ればいい」


 私は、つい滾って、ナイスカップルと叫び、右拳を振る。気づいた宗治さんと美南さんが何度も何度もお辞儀を繰り返す。



 +



 それから数日後。隣堂虎ノ門新開発店の、21時閉店に向けお別れのピアノソナタが流れる中、メインで定期的にフェアを行う、日本・台湾大選書コーナーの整理を行う。

 メモリの中では、台湾での感触が沸々とフィードバックし、良いなで心が満たされる。私の、外には出ない筈の、何処か寂しげな表情を、ブッコローが拾い上げる。


「大変だな、遙も。オリジナルの治療ってこんなに時間が掛かるものなのか」

「T117星人の延命治療カプセルは、とても優秀ですよ。リンパ癌を一斉に除去したら神経が擦り切れるので、除去と補修を繰り返してです」

「まあ、そっちもあるけど、ストライカーの遙としては、書店員にやり甲斐が出て楽しいんじゃないかって。どうかな、先々3Kの職場に行く位だったら、日常生活でオリジナルと決してスタックしない台湾の書店に行かないか。紹介するよ」

「私達は、オリジナルと違って、執着心がそれ程有りません。勤労で誰かの為に尽くせれば、それだけで幸いです。何処へでも行けます。ただ、この世に生を受けてから7年、知的探究心に留めが無いのは、日々身に染みてます」

「そこは焦らず、後でも構わない事か。オリジナルの遙、あいつはあいつで面白いから、皆幸せになると良いな」

「そうですね、」


 私は、生まれて初めて涙が頬を伝い、人気の少なくなった、隣堂虎ノ門新開発店の1階フロアに、ポトっと、水の弾ける音を聞いた。癌を除去し補正出力された時、遙さんの記憶も引き継いだが、それは有り触れたメモリの術でしか無かった。

 ただこの7年間で、皆さんと触れる度に、この胸に去来する幸福の瞬間を噛み締めている。心身共に、果てしなく成長して行く事で、何らかの幸せを齎せる。

 もっと書店員を続けたいは、今、確かな希望になる。



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P.C.S. 判家悠久 @hanke-yuukyu

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