お腹の弱い魔女と出掛けた、その後の話

道楽もん

街の郊外にて



 海底の本屋での出来事から数日後のある日。


 例によって例の如く、性悪魔女ベーコックのムチャ振りに散々振り回されて疲弊しきっていた俺は、後少しで街にたどり着けるという所で窮地に陥っていた。


「……ギョギョッ」


 ウロコに覆われた緑色の肌。死んだ魚の様な目と臭い……この間深海に沈んだ本屋で出くわした半魚人共に、俺達はいつの間にか取り囲まれていた。


「オイオイ、陸に上がれるなんて聞いてないぞ! ……コイツらまさか、この間の報復に……」


「すごおぃ、団体さんだね! 観光かな?」


 グルリと全方位を囲まれているというのにこのクソ魔女は、大きな胸を揺らして絶景を眺めるかの様にはしゃいでいたかと思えば突然「あれぇ……?」と首を傾げていやがる。情緒が不安定にも程があるぞ!


「……何か見たことあるような……?」


「記憶でも混濁してんのか? この間と全く同じ状況だってのに……ったく、ワンパターンにも程があるというか……」


「違うよぅ。アレ、アレ!」


 追い詰められて気でも触れたかと思った矢先、魔女は頭に白い布切れを身に付けた、リーダー格らしき半魚人をしきりに指差していた……あれはまさか……。


「……この間無くしたウチのパンツ!!」

 

「…………はあ?!」


 まぁ、そう言われりゃ見えなくもないが……いやいや、アレはリーダーの旗印的な、由緒正しいモノに違いないって……むしろそうであって欲しい。

 

「無くした……って、一体いつ無くしたんだよオメェ。第一、何を根拠にそんな事……」


「名前、書いてあるもん」


 あ、ホントだ。逆さになってるが、紛れもなく『べーこっく』と書いてある。マジかよ……


「本屋の中でおなか痛くなったときに、ちょっと……お尻に違和感が、あったから……」


「……本質が見えなくなるほどオブラートに包みこんだ言い訳をしたつもりだろうが、要は漏らしたから捨てて来たんだろううがッ!!」


 ……待てよ? 確かあの直後、手の届かないとこにある本を取ろうと……コイツは何も履いて無い状態で、目を輝かせながら肩車せがんだんか?!


「……捨てたパンツを被る半魚人といい、どいつもコイツも正気の沙汰じゃねえ」


 あんまりな出来事に戦慄わなないていると、大事そうにパンツ被った半魚人が水掻きのついた手を高々と振り上げた。


「……少しお待ちを。言い訳させていただきたい」


「喋れたんか」


「陸上に生活圏を移す事は我々の悲願でありまして、あの忌まわしき悪魔の書によって深海の本屋に閉じ込められていた我々を、ベーコック様が救い出してくださったのです」


「閉じ込められてた……って、誰に?」


「人魚共です」


 う……わぁ……メンドクセェ話になってきやがったわ。まあ、どういう事情があるのかまでは知らねぇけど、人魚酒場を出禁にされた理由には一応の納得が得られたというか、


「……いやいや、つう事は完全に人魚達を敵に回した事になるんじゃん! ウルスラちゃんとは……もう二度と……」


「ウルスラッ?! あの悪魔の女ッッ!!」


 興奮すんなっ! 真っ黒な目が余計に怖いわッ。


「……すみません、取り乱しました。しかしご安心を、これより先ベーコック様の護衛には不肖ふしょうながら私が付き従いますので。ライド殿にご迷惑はかけませぬ」


「「…………えっ?!」」


 思いもよらぬ言葉についクソ魔女と声がハモっちまった。


「頭に巻き付けたこの布は深海の封印を解いてくださったのみならず、仲間の為に地上での生活費まで工面して下さったベーコック様に対する絶対の忠誠の証ッ!! いつ何時にでも忘れぬ様にという心構えを常に頭上にかざして参ろうと……」


 ……いや流石に辞めてやれよ、それは。


「海の中の案内は元より、腕に覚えもありますので足手まといにはならぬつもりです」


 ……つう事は、俺は御役御免ってわけだ。探してる本の大半は海の中だというし、正直言って今の俺より半魚人の方がコイツベーコックの役に立てるんじゃねぇかな……。


「……ライド。一緒に来て……くれないの?」


 いつも楽しそうにニコニコしてる魔女も珍しく殊勝な顔してやがる。


 コイツには散々扱き使われるわ、今まで培ってきた人間関係やら付き合いやらは全部壊されるわ……散々な目に遭ってばかりだったし、今なら拝み倒せばウルスラちゃんにだってまた会えるかもしれない……けれど、

 

「……なに泣きそうな顔してんだよ。いくら面倒だからって、一度受けた依頼を他人に押し付けてスローライフもねぇだろうが。残りの本、全部集めて大金ふんだくってやるから、覚悟しやがれッ」


 ま、なんだかんだ言っても自分では分かってるんだ……コイツから離れたくない言い訳だってことは、な。


 夢のスローライフには程遠いけれど、これはこれで退屈しなくてすみそうだから、まぁ……いいか。

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