紛い物ヒーロー
八蜜 光
紛い物ヒーロー
渋谷のスクランブル交差点の中心で、金属質な音が何度も響く。
そこでは銀髪の女性と、黒髪の少女が、激しい戦いを繰り広げていた。
黒髪の少女は大ぶりの大剣を振るい、それに対する銀髪の女性はあろうことか徒手空拳で彼女と渡り合っている。
剣と拳がぶつかる度に、ガキンと大きな音が鳴る。
その様子を、群衆は輪になりまるでショーでも見るかのように見物していた。
「くっっっそ!ほんっと硬ぇなぁ!そのボディ!こいつなら今日こそ真っ二つに出来ると思ったのによぉ!」
黒髪の少女が吠える。
銀髪の女性は、無機質に答える。
「当たり前です。私、リンドウは全ての悪を倒すために作り出された完全無欠の存在。そのような鉄の塊、私の体には傷1つ付けられません。」
そして、と女性は続ける。
「大剣を使う寧々さんの動きをインプットしました。これより、殲滅戦に入ります。」
寧々と呼ばれた少女はゾッとする。
いつもだ。いつもこのパターンでやられてしまう。
まるで日曜日の朝にやっているヒーロー物の悪役のようなワンパターン。
寧々は大きく息をつき大剣を構え直す。
そして足に力を込め、全速力で完全無欠を自負する存在へと向かっていった。
「寧々さん。今日の反省点です。小柄なあなたには大剣のような大ぶりな武器ではなく、ナイフや日本刀などなるべく軽い物が適しています。そして大剣を使うのならば、私の隙を作るためにもう1つ別の武器を常備することをオススメします。」
「・・・・・・」
東京某所にあるマンションの一室で、先程まで拳を混じえていた少女達が話す。
寧々は顔に絆創膏を貼り、ムスッとした態度で椅子に座っている。
「寧々さん、次の戦いでは爆弾などを使用されては如何でしょうか。そうすれば、民衆を守るために私に大きな隙ができるはずです。」
「ヒーロー様が爆弾使えなんて言うなよなぁ!?」
思わず突っ込んでしまった。
寧々は悔しそうに頭を掻きながら、
「だいたい、何度も言ってんだろ。戦い終わった後にすぐ私の家・・・悪の組織の本拠地に来て反省会なんて始めてんじゃねえぞ・・・」
「私はその様に設計されているのです。あなたに改善点を伝え、悪役としてより成長してもらうために。」
なんというありがた迷惑なのだろう。と心の中で思う。
「くそ・・・お前さえいなきゃ、今頃世界は私のものなのに・・・。」
ぶつくさと呟く寧々に、リンドウは語りかける。
「ねえ寧々さん。ヒーローに取って必要なものって、なんだと思いますか?」
「あん?なんだよ急に。そりゃあれだろ。必殺技とか。」
「違います。必殺技などなくても私の拳は悪を砕きます。」
「怖ぇよ・・・じゃあ、正義の心とかだ!」
「いいえ。私に心などありません。」
「そんなこと言うヒーロー聞いたことねえよ・・・」
「正解は、」
リンドウはまっすぐと人差し指を寧々に突きつける。
「あなたですよ。寧々さん。あなたのような、『本当の悪』です。」
「・・・・・・んだそりゃ。」
「冗談ではありません。この現代社会であなたのように『悪を自称し』『世界征服の目標を掲げ』『それに向かって努力を惜しまない』。そんな馬鹿げた人は他にいませんから。」
「おい・・・喧嘩売ってんだろ・・・ 」
リンドウを睨む。しかし彼女は即座にそれを否定する。
「いいえ、褒めています。
現代人は、みなヒーローに憧れ悪を憎む割に、行動に対価を求める。
悪人とみなした人物には集団で攻撃し満足感を得る割に、自分が悪い事をしても言い訳ばかり。
そんな白黒を混ぜ込んだ思想が当然とされている今、寧々さんのような『悪』は本当に貴重なのです。」
麦茶に口をつけながら寧々はリンドウの話を黙って聞いている。
「あなたのような人がいるから、私のようなAIが生まれた。あなたが居なければ、私の存在価値はない。私には、あなたが必要なのです。」
真正面から言われ、寧々は思わず麦茶を喉に詰まらせる。
ゴホゴホと咳をしながら、
「へ、へえ。そりゃ光栄だね。」
と強がってみせるが、AIのセンサーがそれを良しとしない。
「?顔付近の体温が上昇中。どうしましたか?」
「うっせえ!見んな!」
「そういえば最近は、太刀筋や動きにもキレがありません。もしや体調不良でしょうか。でしたら、お粥を作りますのでゆっくり休んでください。」
「お前にやられたとこ以外はピンピンしてるよ!」
「そうですか。ならば重畳です。」
そう言ってリンドウは立ち上がる。
「あん?もう帰るのか?」
寧々は気づいていない。その言い方はまるで、まだ一緒にいたいと駄々をこねる子供のようであることに。
「ええ。博士の元に戻りメンテナンスを受けます。」
「それ、今日じゃダメなのかよ。」
「・・・?いえ、明日でも問題ありませんが。」
意図が分からないようで、リンドウは可愛らしく小首を傾げる。
「だったら・・・」
先程よりも顔が熱い。戦っている最中よりも汗が出てくる。
「お粥、作ってくれよ。腹減ったから・・・」
下を向いてようやく絞り出したその声は、まるで蚊の鳴くような小さな声だった。
しかしリンドウの聴覚センサーは、一言一句寧々の声を聞き逃すことはない。
「ええ、もちろんですよ。」
嬉しさからバッと顔をあげた時、リンドウの表情が目に入った。
先程心がないと言い切ったリンドウが、今までずっと口角を全く上げずに無表情を貫いていた彼女が。
ほんの少し、笑っていた。
その顔は、寧々にとってこの濁った世の中で何よりも美しいと思える物だった。
たった数秒で元の表情に戻ってしまったけれど、寧々の脳裏には彼女の笑顔が焼き付いて離れない。
そんな気持ちなど知らないリンドウは、淡々と告げる。
「寧々さんがもっと大きくなって立派な悪になれるように、腕を振るって作らせて頂きます。それではまず、買出しに行ってきますね。」
そう言って、スタスタとリンドウは外へ出ていった。
1人になったリビングで、テーブルに突っ伏す。
リンドウの笑顔が何度も何度も頭の中を流れる。
「くそっ強すぎんだよ・・・正義のヒーロー様・・・」
真っ赤になった顔で、寧々は足をバタバタと動かし彼女の帰りを待つのだった。
紛い物ヒーロー 八蜜 光 @hachi0821
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