風来彷――言い訳をしたなら――
如月風斗
第7件
俺は自分に合った仕事を求めて日々色々な仕事を転々としている。だが、未だに、俺は理想の仕事に出会うことは出来ていない。
俺は今日からパン屋で働くことになった。町の小さなパン屋で、来るのは常連ばかりだという。確かに朝から、店長の飯田さんと親しげに話していく客ばかりである。
「いやぁ、ピークのお昼も過ぎたし、遅めの昼ごはん、食べてきていいよ」
「ありがとうございます」
俺と店長、そして店長の奥さんしかいないこのパン屋では、昼食も交代でとることになっている。
賄いとして貰った焼きそばパンとあんぱんはどちらも素朴な味がして美味しく、常連になるのもわかる気がする。
仕事場に戻ると、ピークを過ぎたにも関わらず、数名お客がいた。親子や、作業着を着たおじさん、大学生らしい青年、年齢層はまばらだ。
「今日はアレ無いんですか? アレ」
青年が店長にアレアレと言っている。いつも買っているからか、店長はすぐにアレの正体が分かったらしく、裏に見に行く。
「あぁ! すいません。あんぱんは今日売切れてしまいまして」
「またか……。まあいいか」
意外にもすんなり諦めた青年は、クリームパンとカレーパンを買っていった。
そういえば、あんぱんって俺が賄いで貰ったあのあんぱんだよな……。いつもあの人が買いに来ることが分かっていたら、取っておくべきだったんじゃあないか。少々疑問だが、食べてしまったものは仕方あるまい。
客が引いてきた頃、店長夫婦はヒソヒソと何か話し始めた。別にヒソヒソ話に興味など無いと思いつつ、つい聞き耳を立ててしまう。
「今日も来たな」
「そうね。でも、いつも出さないわけにはいかないし……」
どうやら先程のあんぱんの事らしい。もしかしたら、わざわざ俺に食べさせたのは何か訳があるというのか。特に不味い訳でもなく、むしろ素材の味が引き立った美味しいあんぱんだったと思うが。
まただ。また、面倒ごとの予感がする。
「あれ? もしかして聞こえてた?」
「あっ、はい」
店長夫婦は苦笑いを浮かべ、気まずそうに話し始めた。
「君にあんぱんを食べてもらったのは、言い訳作りの為なんだ」
やはりそうか。だが、そうまでしてあの客に食べさせたくないわけは何なのだろう。
「最近ね、うちにレビューサイトを通して毎日匿名であんぱんのクレームが届くんだよ」
「はあ」
「でね、いけないと思いながらさっきみたいに売らない時間を作って、それっぽい人を探してみたの」
そういうことか。それで、あの時間帯の客にまで絞ったのか。確かに、わざわざあんぱんがあるか聞いてくるのは怪しい。
「きっとあの人なのよね」
「どうしようか。ずっとあんぱんを売らないわけにはいかないからな」
「あの、どんなクレームなんですか」
1度目は甘すぎる。2度目は粒がありすぎる。3度目は大きすぎる。こんなクレームを毎日聞いていては流石に参るよと店長は嘆く。
「やっぱり、あの人に直接聞いてみるか」
「駄目よ! 絶対、駄目」
急に店長の奥さんは顔色を変えてそう言う。大事にしたくないのは分かるし、あの青年でなかった時は大変な事になる。そう考えたのだろう。
「でもな、どうしようも無いだろ」
「限定販売にしたらどう? 他のお店でもやってるわよ」
「あれはうちの看板商品だし、売切れで買えない人に申し訳ないだろう」
結局この日は引き上げることになった。
そして次の日、俺は見てしまった。
裏でエプロンを着ようと思ったが、その前にトイレに行っておくことにし、そして戻ってくると、奥さんがスマホで何かを打っている。個人情報であるから、なるべく見ないようにしよう、そう思ったが、つい画面が目に入ってしまった。
画面は、某有名レビューサイトのこのパン屋の画面だった。そこまでは良かったのだが、残念なことに、画面はレビューを打っている途中の画面であったのだ。つまり、この奥さんがレビューを書いていることになる。
聞くか、聞かまいか。俺にはこの二択しかない。そして、俺の口は勝手に動いていた。
「あんぱん、嫌いなんですか」
「好きに決まってるじゃない」
あっ、という顔をする奥さん。やはり間違いないようだ。
「なんで、あんぱんの邪魔するんですか」
「逆なのよ。物価高であんぱんをあの値段で売るのが苦しくなってきたの。これじゃ、店ごと潰れちゃうから――」
昔から愛されてきたあんぱんだからこそ、店長は値上げができないと譲らなかった。これしか手は無かったと言う。俺は別に店長に言う気はない。あとは奥さん次第だ。
奥さんの言い分は、ある人からは言い訳にしか聞こえないかもしれない。だが、俺には、どうしても、良い訳にしか聞こえなかった。
風来彷――言い訳をしたなら―― 如月風斗 @kisaragihuuto
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