WC
「覆水盆に返らず」
一度零してしまった水は元の容器に返らない、大体そんな意味だったと思う。
「……はぁ」
まさにこの言葉の通りで、死んだ教室の空気は蘇生されることなくホームルームが始まって、事情を知らない担任の教師だけが入ってくるとこの教室の雰囲気に首を傾げてはいたものの、僕の顔を見て凡そ察したんだと思う。
いや、ある程度の情報は前もって知らされてるだろうから、察せても不思議はないかもしれない。
「クラスに痴女先輩がフェイクで出した手紙のアイサツが流行ってて、それに僕がツッコミを入れてこの空気になりました」
なんて察せてなくても、近いところは掴んでると思う。
「色々やらかして退院明けの僕にクラスメイトが不用意なことを言って僕が怒ってこういう空気になった」
とか。
「竹ノ内も色々あったみたいだからな、ただの好奇心でそうつついてやるなよ」
と、窘めるような言葉を残して担任の教師が教室を出て行ったのは、一時間目の教科が英語で専門の教師が授業を担当するからだったが。
「どうしたんです、これは?」
英語の教師も教室に入って来るなり困惑を隠さなかった。かといって生徒側で説明できる筈もなく、死んだ空気のままで英語の授業は進んでいき。
「担任の一言でどうにかなったら苦労もしないよね」
そんな独り言をつぶやけたのは、一時間目が終わって、逃げ場所を探しトイレの個室へたどり着いた後のことだった。
「あー、どうしようなぁ」
教室に戻ればまた空気が微妙なことになるだろう。かと言ってずっとこのままトイレの住人と言うのも嫌で。
「ん?」
それでも個室からは出ようかと思った時だった。二つ並んだ足音がトイレの入り口の方からしてきて。
「お前、トイレくらい一人で来いよ」
「いいだろ、たまたま行きたいタイミングがかち合ったんだからよ」
トイレの個室は上と下が開いてるタイプだ。こうして便器に座っていると会話をしていれば丸聞こえで、個室を出るタイミングを逸したなと思いつつ、僕に出来るのはただ声の主たちが立ち去るのを待つくらいだったが。
「ああ、そういえば聞いたか、竹ノ内ってヤツ」
「あー、なんか入院してて今日から出てきたんだろ? 生徒会長助けて無茶やらかしたんだったか?」
まさか、ここで僕が話題にされるだなんて、誰が予想できただろうか。
いや、それは大げさか。しかし、ある意味これは好機だったかもしれない。この話に耳を傾けていれば、あの「おはようおっぱい事件」の情報元を誰がリークしたかとかの情報を得られるかもしれないのだ。
「何でそこまで把握されてるんだ」
なんて言いたくなるのを堪えて、僕は話に耳を傾け。
「で……その竹ノ内の乳って自分でも揉んでしまうくらいに柔らかくて揉み心地が抜群らしいぞ」
唐突に聞き流せないを通り越して理解したくないことを言われて石になった。
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