都合のいい夢を見て


「秘めた能力が目覚める」


 あるいは土壇場で覚醒してパワーアップする。少年漫画なんかじゃ王道的な展開が、僕は起きるんじゃないかって甘い期待を心のどこかで持っていた。


「なんで……」


 倦怠感を覚える。あとどれくらい回復魔法が使えるんだろうって考える。覚醒だとかパワーアップの兆しなんてものは全く感じない。


「なんで……」


 頭上不注意だった僕への罰だろうか。だったら直接当人に当てろよって言いたい。先輩は確かに変態で痴女だったけど、こんな目に遭っていい人じゃなかった。


「何か……何か」


 思い出せ、こんな時こそ原作知識の活かしどころだろう。


「上級回復魔法っ、ダメだ」


 効果も存在も知ってるが回復職に就いてなければ成功する見込みがない。最悪の場合、無駄に消耗だけして今使っている回復魔法を使う力すら残らなくなる。


「ここから、動かす……のもあり得ない」


 大けがをした先輩を知識なしの素人では動かしていいかさえわからない。それに下手したらこの場から動かした後に救急車とか助けがここに来てすれ違うかもしれない。


「考えが、纏まらない。……先輩?」


 打開策を探すのにいっぱいいっぱいだった僕は、ふいに気が付いた。先輩がやけに静かなことを。


「……冗談、ですよね?」


 言葉を探して、不意に浮かんできたのはさっき振り切ったはずの言葉。先輩の身体はまだ暖かくて。


「先輩……」


 恐る恐るその表情を覗き込もうとして、わずかに胸元から先輩を引きはがそうとする腕が動かない。


「あ……あぁ」


 なんとなく察した。僕は、僕自身が確認することを恐れているんだ、と。


「まだ、だ……諦めるな」


 かすれた声で、自分を奮い立たせようとする。


「この世界がゲーム原作の世界なら、ご都合主義が起きたって良い」


 そんな甘い夢はもう信じられなくなりかけていたけれど、少なくとも回復魔法はまだ使える。


「事故の目撃者は要る筈なんだ、助けが来るまで」


 回復魔法を使い、先輩に声をかけ、回復魔法を使う。


「僕に意識が残ってる限りは、諦めてやるもんか」


 そう呟いた。


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 おかしいな、絶望感しか漂ってこない。

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