まだ、こんなに温かいのに


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ゲームと現実とじゃ別物だということ、聞くのと実際に体験するのが別物だというのは、わかっていた。わかっていた筈だった。


「数字が減って、それだけで魔法が発動するなんてモノじゃないのは当然なのに」


 魔法を使うことなんてないからか、全然理解していなかった。肉体的な疲労とは違うものの僕は消耗していた。当然だ、魔法を使い続けているのだから。


「あぁ……キミ、の胸は……安、らぐ」


 かすれた声でとぎれとぎれなのに嬉しそうな先輩の声が、焦りを募らせる。


「まだ、こんなに温かいのに」


 それは、原作ラスボス戦で出た死者をヒロインの一人が抱え起こし回復魔法を使い続けるのを止められた時に口にするセリフ。


「なんで」


 なんで今そんなセリフを思い出すんだ。


「状況が違う」


 状況が違うんだ。先輩は生きていて、僕だってあきらめてはいない。いや、もう、色々バレるのとかは諦めた、それでも先輩のいのちは諦めていない。


「まだだ、まだ魔法は使える! こんなところでっ」


 余計なことを考えてる時間も猶予もないし、そんな余裕があったら全部先輩に注ぎ込むべきだ。


「竹、痴……君」

「喋らないでください、とは言いません。意識を失ったらマズイってのもどこかで聞いたような気はしますから」


 ああ、こんなことなら緊急時に怪我人へどうするかってマニュアルをもっと読み込んでおくんだった。


「えっと、意識を途切れさせないようにこっちが声をかけつづけるのが正しい?」


 そんなだった気もするが、声をかけ続けるにもいかない事情がある。僕は独言の合間に先輩との会話の合間に回復魔法の詠唱を挟んでいたのだ。


「ただでさえ微妙な回復魔法の効果を弱めるわけにもいきませんからね。僕のおっぱいに顔を埋めようが揉もうがもう構いませんから――」


 止む得ない処置として許可を出す。


「この際ですから直揉みも許可します」


 なんて言ったら、持ち直してくれないだろうか、などと馬鹿なことまで考えてしまう。


「そうだ」


 馬鹿なことだ。まるでこのままじゃ助からないって想定みたいじゃないか。


「先輩」


 間に合うと、助かると信じて僕は回復魔法を使い続ける。


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