小悪党ノートと裏切りの少女 20 完



 スタンピードが終結して一ヶ月が経過した。


 終結後はウィニストリアの街中――――だけでなく一部国の中枢もバタバタしていた。

 しかし、一ヶ月も経てば諸々の問題は解決し、いつもの日常に戻っていく。



 だが、一部日常に戻ることが叶わない者たちもいた。




 *****




「ハルさん、その…………容態はどうですか?」

「おや、シエラちゃん。残念だけど、何も変わらないよぉ」



 ハル婆からの回答を聞いて悲しそうなため息を吐くシエラ。

 そして、ベッドで横たわる人物を見る。



「ヴァレイ……」



 ベッドで横たわる人物――――ヴァレイはずっと眠っている。

 スタンピードが終わった後、すぐにシエラはこの診療所にヴァレイたちを運んだ。


 以来、ヴァレイは一ヶ月、一度も目覚めることはなかった。



「傷は全部癒えているよ。でも、多分精神的な傷が大きいんだろうねぇ」

「精神的な傷…………」

「この子、モンスターに洗脳されたんでしょう?自分以外の自我が影響して、精神に負荷がかかりすぎちまったのよ。

 だから、その回復のために体が眠ることを優先しているのさ」

「なるほど……」

「あと、お前さんの話を聞く限りだと、ちょいと感情がぐちゃぐちゃになったことで、現実に戻ることに恐怖を覚えているかもしれないねぇ」

「…………どうすればいいですか?」

「そうだねぇ…………まぁこればかりはこの子次第だよ。

 シエラちゃんにできることは、この子が起きたくなるように声掛けをすることかな?」

「…………わかりました、ヴァレイのことお願いしますね」

「あいよぉ。あと、あまり自分を責めちゃダメだよぉ?」

「はい」



 最後にヴァレイの手を握ってから、シエラは診療所をあとにした。




 *****


 


 キルリア王国 ウィニストリアの街 酒場『クラフトホーム』――――



 今日もノートは朝から飲んでいた。

 その傍で猛烈な勢いで酒と食糧を書き込んでいるミニ龍――――久しぶりに起きたブレアがいた。



「お前、起きたばっかのくせによく食うなぁ」

 “ふん!これが食わずにおれるか!?ワシが眠っている間に、そんな面白いことになっておったとは…………”

「全然面白くねぇよ、メチャクチャ疲れたっつーの」

「でもおかげで結構稼げたんでしょう?」



 そう言ってクレアは食べ物と酒を運んできた。



「協会からの報酬やアーサー様からの個人的な報酬、さらにモンスターの売却で相当儲けたそうじゃん?」

「まあな。その大半はツケやこのアホ龍の食費で消えたけどな……ハァ」



 ノートはあのスタンピードの原因究明、その証拠となるマスビーの死体提供、さらにスタンピード解決に多大な貢献をしたとして、シエラと共に表彰されていた。


 ほとんどシエラが倒したので、シエラに注目が集まっていたが、ノートは有名になりたいわけではなかったのでどうでも良く、報酬がもらえれば何でもよかった。



「もう報酬でもらった金も少なくなってきたし……また稼ぎにダンジョン潜るかー」

 “おう、そうじゃな。ワシも起きたばっかだし、軽く運動したいのぉ”

「……言っとくけど、強いモンスターのダンジョンには行かんぜ?」

 “なぬぅ!?またつまらんことを言うな!そんなんだからお前は弱いんじゃ!!”

「うっせー!」

「相変わらず賑やかですね!」



 ブレアと言い争いをしていると、後ろから声が聞こえた。



「シエラちゃん、いらっしゃーい」

「クレアさん、こんにちは!」

「いつものジュースでいい?」

「はい!」



 クレアは給仕に戻り、シエラはノートの隣に座る。



「師匠、スタンピード以来ですね!」

「あぁ、お前は相変わらずアーサーたちと忙しないな」

「はい、正式にパーティを組みましたので!」



 シエラがいう『正式』と言うのは、アーサーたちのクエストの全てに同行するようになったからだ。


 今までは修行の側面が強かったが、今回のスタンピードで肉体的にも精神的にも一皮剥けたシエラ。

 アーサーもエレノアも、もう弟子ではなく仲間として迎え入れることにしたそうだ。



「たまに王家の……その…………闇というか、そういうことにも携わって、余計に忙しくなりました」

「そうかい。まぁ頑張れや」

「師匠は一緒に来ないのですか?」

「冗談でもいうなよ!おっかねぇな!」

 “小娘よ、このへっぽこに無理は言ってやるな。心の中では不甲斐ない自分に泣いておるんじゃよ”

「あっ…………」

「違うわ!?勝手に憐れむんじゃねぇよ!?」



 シエラは相変わらず真面目で純真だった。

 こんな冗談も間に受けてしまう。


 …………冗談であって欲しいとノートは願っている。



「ところで、お前またハル婆のところに行っていたのか?」

「え、よくわかりましたね?」

「お前から薬の匂いがするからな。それにあそこにはヴァレイってガキンチョがいるだろう?」

「えぇ……今日も起きませんでした」



 未だに眠る親友を思い、シエラの表情が暗くなる。

 そんなシエラの前に、戻ってきたクレアが注文したジュースを置いた。



「ありがとうございます。クレアさん」

「どういたしまして。でも偉いねシエラちゃん、彼女の治療費を出しているなんて」

「出しているなんて言っても、スタンピードの報酬を治療費に充てているだけですので……」

「いや、いつ聞いても信じられねぇ……苦労の対価としてもらった大金を自分に使わないなんてよー」

「あんたは本当…………」



 ノートの言葉を聞いて苦笑いしか浮かべられないシエラ。

 ダンジョンでのヴァレイの態度を見ていたノートにとって、なおさら理解できないのだろう。


 シエラも同じだ。

 もし自分が第三者として今の自分の行為を見たら「バカなのかな、お人好しすぎないか?」と嘲笑っていたかもしれない。


 だが、やはりシエラにとってヴァレイは特別だから。



「ヴァレイは家族で、親友で………………今の私がいる『原点』ですから」

「起きてもまた嫌われたままで罵詈雑言を言われるかもしれないぜ?」

「本当に性格悪いね、ノートは!シエラちゃんをいじめるな!!」

「いててっ!?耳を引っ張るな!暴力給仕!!」

「ははは…………例え嫌われてても、それを受け止めてもう一度始めるんです。私がそうしたいんです」

「………………やれやれ、ひと月経っても何も変わらねぇか。意外と頑固娘だな、お前は」



 そう言って酒を流し込むように飲み込むノート。

 その様子を不思議そうに見るブレア。



 “なんじゃいノート、随分嬉しそうに酒を飲むのぉ。そんなに美味しい酒じゃったのか!?”

「ばっ……う、うるせぇよ!!」

「師匠?」

「ふふ、なんだ〜。ただのイジワルってわけじゃないんだ!珍しくいい先輩してるじゃん、ノート〜」

「お前まで茶化すなクレア!…………もういい!帰る!」

 “なぬぅ!?まだ食い足りんし、飲み足りん!まだいるぞ!!”

「っざけんな!マジで金が尽きるわ!お前毎回飲み食いしすぎだよ、大概にしろやぁ!!」



 ノートとブレアの言い争い。

 いつもの日常。

 シエラとクレアも笑って見ている。


 そこにさらに二人が混ざろうとしていた。



「お、盛り上がっているねぇ!僕たちも混ぜておくれ!」

「楽しそうね」

「あ、アーサー様にエレノア様!」

「いらっしゃいませ〜」

「げぇ……またメンドクセェ連中が来た…………」

「ハハハハ!相変わらずツレないねぇ、ノート!」



 そう言ってノートの肩をバシバシ叩いてくるアーサー。

 アーサーも相変わらず馴れ馴れしい。



 “おお、強者小僧!相変わらず強者の風格を持っておるのぉ”

「やあブレア!キミも変わらず小さいね!」

 “全くじゃ!回復のために飲み食いを頑張っておるんじゃ!それなのに、このケチノートが全然食糧を与えず………………”

「……あなた、ペットのネグレクトをしているの?」

「ペットじゃねぇ!っていうか、ちゃんと与えているわ!むしろ金を食費として搾りとられて、オレが辛いわ!!」



 その言葉を聞いたアーサーは嬉しそうにノートの肩を組んできた。

 ノートの脳裏に嫌な予感が駆け巡った。



「だったら丁度いいクエストがあるよ!かなり高額な報酬さ!」

「嫌だっつーの!お前らのクエストの相手は化け物しかいねぇじゃねぇか!!生き残れる自信がねぇ!!」

「大丈夫だって!今回のスタンピードも乗り越えたんだからさ!!」

「嘘だね!その気にさせるような甘言はきかねぇ!

 ……っていうか、お前ら今国の仕事で忙しいんじゃねぇの?今回のスタンピードの後処理とかよ」



 ノートのいう通り、今回のスタンピードでキルリア王国の中枢がドタバタした理由があった。

 それはアーサーが訴えかけた騎士たちの対応の悪さだった。


 結果的には冒険者――――というよりもアーサーパーティの指揮と前線での奮戦のおかげでなんとかなった。

 しかし、本来は明らかに人手が足らず、死者や街の崩壊もありえた事態だった。


 にもかかわらず騎士の派遣を断るのはおかしい。

 しかも、その裏に王位継承争い(アーサーを嫌う第二王子による妨害)があった。

 この件をアーサーが問題提起したのだった。


 第二王子は反論をした。

 なんの通告も無く騎士を動かすことは、国の中枢を守る人手を削ぐこと。

 これを警戒したためだった、と。


 しかし、アーサーはさらに反論。

 街を無視してよかったのか?

 全て貸して欲しかったとかではなく、少しでも派遣することもできないのか?

 そもそも、スタンピードという非常事態に一々連絡をする暇があると思っているのか?



「兄上は僕が何かいうたびに屁理屈をこねて反論……というイチャモンをつけてきたよ。本当に僕が嫌いなんだねぇ。ま、僕も大嫌いだけど」

「……で、結局その『口喧嘩』はどうなったんだ?」

「最後はアーサー様の圧で黙らせたわ。『民を軽視した論法は許さない』っていう言葉と共にね」

「ヒュ〜、かっこいいねぇ〜」

「こら!茶化さないの、ノート!」



 クレアが注意をするが、ノートはどこ吹く風と言ったように口笛を吹いて誤魔化している。


気にせずアーサーは続ける。



「最後は父上…………国王が僕の意見を尊重したよ。ウィニストリアからもクレームが来ていただろうしね」

「へぇ〜、王も世論を無視できなかったのか」

「まぁ僕がウィニストリアの長や有力者に抗議するように根回ししたけどね」

「ちゃっかりしてんな…………」



 結果として、今後はもう少し冒険者への歩み寄りを積極的に行うことでまとまった。

 第二王子へのお咎めはなかったが、周囲の心象、加えてアーサーの活躍と民衆のアーサー人気を無視できない。


 結果として、第二王子は王位継承争いで劣勢になった印象を皆が受けることとなった。



「そして、僕はウィニストリアの利権に絡む貴族から多少評価ももらった。王位継承争いを少しは優位に進められたって訳!大変だったけど、結果オーライだね!!」

「ですが、第二王子の行動に警戒が必要ですね。報復が考えられます」

「そだね。まぁ返り討ちさ!………とまぁ、これがスタンピードの顛末だね」



 どうやらアーサーにとってはプラスの結末を受けたようだ。

 代償として第二王子の反感を買ったらしい。(一応)パーティであるノート自分も狙われるかもしれない。

 勘弁して頂きたいものだ。



「街の方はどうなんだい?」

「知らん」



 ノートが適当に流すと、代わりにクレアが答えた。



「冒険者協会がマスビーの変異種の調査を進めています。精神毒による洗脳なんて厄介ですからね。

 今後似たようなモンスターが出ても対抗できるように精神毒への対処に関する研究や特効薬開発が進められるそうです」

「精神毒……それでモンスターたちが操られて一気に外へ出てきたんだね」

「でも、そもそも例の隠し部屋が解放されなければ、『トキシック・マスビー・クイーン』…………ですっけ?ヤツも外へ興味を持たなかっただろうし…………」

「ロメオたちのせい、ですね…………」

「厄介なことしてくれたぜ。危険な気配を感じたから誰も開けなかったのに…………」



 直接の原因ではないにしろ、キッカケになってしまった。

 ロメオたちには相応の罰が発生するかもしれない。



「そういえば、あいつらスゲェ怪我してたけど、結局どうなったんだっけ?(怪我はオレのせいだけど)」

「怪我が酷すぎてこの街の治療施設じゃ治せないからね。王都で治療することになったんだ。その後に色々とコッテリ絞って…………処遇はその後だね」

「ですが、多分完治しないでしょう。かなり高強度の雷を喰らっている様子でした。後遺症でうまく体が動かない可能性が非常に高いです」

「へっ当然の報いだ!オレの絶好の狩場をぶっ壊したんだ!」



 自分が三人の冒険者生命を絶ったというのに、全くの罪悪感を持っていないノート。

 相手が相手なので仕方がないが、それにしてもである。

 さすが小悪党。



「とにかく!そんなキミならいい加減僕たちと一緒にクエストへ行ってもいいじゃん?いいよね?っていうか行こうよ!!」

「折角話がそれたのに、軌道修正すんな!いかねぇよ!」

「じゃあダンジョンへ一緒に行きましょう!丁度行きたいダンジョンがあるんです!これ!」



 そう言ってシエラがテーブルに紙を出した。

 ダンジョンの情報のようだ。


 ちらっと見たノートだが、すぐに顔を顰めてぶんぶんと横にふる。



「Aランクのモンスターが出るダンジョンじゃねぇか!?オレどころか、お前よりも格上のモンスターだぞシエラ!?」

「だからいいんですよ!きっと凄い冒険が…………お宝が眠っています!お宝大好きな師匠なら、気になるでしょう!?」

「リスク高すぎ!オレは宝よりも命を大事にって言ったろ!?」



 ノートは嘆くが、他の面々はシエラの見せたダンジョンに興味深々だった。



「クエストじゃないけど……久々のダンジョンもいいかもね。僕らも潜ろうか、エレノアさん?」

「そうですね。ここ最近は王位継承や政務関連のお仕事でストレスが溜まっていますし」

“ほぉ……レッサードラゴンが出るか。所詮は龍種に成れなんだ劣等種じゃが、奴らならばいい魔素を吸収できそうじゃのお”

「お、なら決まりかな?早速行く?」

「はい!じゃ、行きましょう師匠!」



 いつの間にかアーサーたちは今から行くことを決定していた。

 しかも、ノートも一緒に。



「いやいやいやいや、オレ行くって言ってないぜ!?」

「ヴァレイの分も、私はたくさん強くなって…………悔しがったり嫉妬することすら諦める高みを目指します!」

「いい心がけだ!それでこそ僕たちのパーティメンバーだ!」

「強くなったわねシエラ…………その気持ちがあれば、もっと強くなれるわ」

「はい、エレノア様!!」

「オレの話、本当に聞いて!?」



 もはや誰もノートの言葉を聞いていない。

 だが、シエラはノートの襟元を掴んで引きずっている。

 連れて行くことは決定らしい。



「クレア助けて!?こんな無理やりは協会的にどうなの!?」

「私、冒険者協会の人間って訳じゃないからー。それにお金稼ぎたいんでしょう?頑張ってー」

「薄情もんがぁぁあ!!」



 ノートの悲しい怨嗟の声が『クラフトホーム』に響いた。


 ノートの奮闘は、まだまだ続いていく――――




 ――――小悪党ノートと裏切りの少女 完――――


 

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小悪党ノートの奮闘記 ゴロー @goro-ten

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