小悪党ノートと裏切りの少女 19
ダンジョン崩壊が懸念される中、幼馴染で親友と思われたシエラとヴァレイの喧嘩が本格化した。
先制はヴァレイの魔法攻撃だった。
「燃え上がる火炎の波…………炎魔法『フレイムウェーブ』!!」
ヴァレイが唱えると炎の津波が巻き起こりシエラに襲いかかる。
威力も範囲も申し分ない、中級の炎魔法。
「オレも巻き添え食うじゃん!?っていうか、お前の仲間も燃やす気かよ!?」
ノートが嘆くように、ヴァレイの津波の範囲にノートと近くで気絶しているロメオたちも入っている。
シエラへの敵対心に囚われ、ヴァレイにはもうシエラ以外映っていない。
「…………『フレイムウェーブ』」
慌てるノートとは対照的に、シエラは冷静に魔法を唱える。
ヴァレイと同じ魔法を瞬時に唱え、ぶつける。
衝突した炎の津波は、お互いの波長で打ち消し合い静かに消滅する。
「くっ、だったら…………!」
ヴァレイは詠唱に入る。
ずっと研鑽を続けていた魔法。
詠唱も同じクラスの冒険者にしては、早くて正確だった。
(私の最大の魔法…………これで確実に消してやる!!)
絶対の自信を持って呪文を唱えるヴァレイ。
その様子をシエラは邪魔しないで見守る。
「ヴァレイ…………」
悲しく、哀れそうな視線を送りながら。
そんなシエラの様子なんてつゆ知らず、ヴァレイの詠唱は終わり、獰猛な笑みを浮かべて杖をシエラへ向けた。
「吹き荒ぶ閃光の嵐…………光魔法『フォトンストーム』!!!」
放たれるは、複数の光線。
その全てがシエラに向かっていく。
(光の速さで注がれる複数の魔法……これなら避けられない!)
素早いシエラが避けられない、反応できないと計算して放ったヴァレイ自身の奥の手である光魔法だった。
決まった。
ヴァレイは確信を持った
だが、無情にもその確信が誤りとすぐに実感させられた。
「…………『フォトンストーム』」
「えっ…………!?」
シエラが静かに唱えた魔法。
それは自分が時間をかけて懸命に唱えた渾身の魔法。
シエラはいとも容易く……なんて事のない魔法と同じように唱えた。
そしてシエラの閃光はヴァレイの放った全ての閃光を撃ち破り、そのままヴァレイに降り注がれる。
「くっ!!?」
ヴァレイはすぐに転がって回避をする。
これで閃光が躱せるとは思っていないが、少しでも直撃を避けたかった。
「……!?」
だが、ヴァレイはその全てを避けた。
いや、正確には違う。
「どういうつもり!?アンタ、わざと外したでしょう!?」
そう、シエラが操作して全ての閃光をヴァレイに
近くに着弾し、被害を最小限に食い止めたのだ。
容易く唱えた魔法で、ヴァレイ渾身の魔法を壊し、見事な魔力操作でわざと外す余裕がある。
ヴァレイはこの意味がわかっていた。
だが、認めたくない。
「……あのまま当てたらヴァレイ、死んじゃうから。私は『喧嘩をしよう』って言ったけど、殺し合いがしたいわけじゃないの」
「〜〜!?ど、どこまで私を………………ふざけるなぁぁああ!!」
怒りと焦燥の雄叫びを上げてヴァレイは魔法を唱え続ける。
狂ったように唱え続けた。
だが、シエラには届かない。
そのことごとくをシエラは同じで魔法で叩き潰した。
「舐めんじゃないよ!!さっきから私と同じ魔法を…………自分が上ってアピールしたいわけ!?」
「そうだよ。もう無駄って気がついてよ…………私とあなたは、もう力の差が開きすぎたの」
ヒートアップするヴァレイとは対照的に、シエラはつい先ほどまでの怒りは失せていた。
ただ、悲しく、そして虚しさを感じていた。
その様子がヴァレイの気を逆撫でしてくる。
「自惚れないで!!」
「じゃあもう言うけど……今までヴァレイが使った魔法、私今日初めて知ったの。全部ヴァレイのを真似ただけ」
「…………!?」
シエラはエレノアとの修行で細かいことは習っていない。
「
結果、簡単なものや形式化している戦闘技術は大まかにコピーできるように鍛えられた。
だが、アーサーとエレノアは、「真似て盗み、そこから自分の技術にすることで、真なる『力』になる」と言う。
そのことを忠実に守ってきた。
「だから、今見せてもらった魔法でこんなこともできるよ…………ふぅ!」
シエラの右手に光、左手に炎が集まる。
ヴァレイが放ってきた魔法である『フレイムウェーブ』『フォトンストーム』。
同時に片手に込められている。
そして、両手を合わせて魔力を活性化させて混ぜ合わせる。
「炎光合体…………『フォトンハザード』」
シエラの両手を中心に、激しい嵐が巻き起こり、光と炎の光線が連続発射された。
赤白い閃光が、横なぎの嵐となって全てを破壊しようとする。
「キャァァアアア!?」
防ぐ術を知らないヴァレイはただしゃがみ込んで身を縮こませるしかない。
震えながら終わる時を待つ。
「おいおい!?怖い怖い怖い!!?」
そして、相変わらず巻き込まれるノート。
全く台車改造に集中できない。
危険を察知して慌てて逃げ出した。逃げ足の速さは閃光のようだった。
だが、シエラは今の魔法も全てコントロール下に置いていた。
故に、ノートやヴァレイ、ロメオたちには全く被害はなかった。
「ま、また私をワザと外して……………………えっ!?」
ヴァレイは顔を上げて周囲を見渡して驚愕した。
壁、地面、天井――――その全てがズタズタのボロボロになっていた。
もし自分に当たっていたらと思うと…………シエラは顔を青白くしてしまう。
「……もう私たち、喧嘩できるほど力は拮抗していないみたい。このままじゃ弱いものいじめになっちゃう」
「な、なんですって……!?」
「もっと早くに喧嘩しておけばよかった…………そうすれば――――」
シエラは歩き出す。
ただ、ゆっくりと、ヴァレイに向かって。
「ヒィ!……来るな…………来るなぁあああ!!」
ヴァレイはシエラを近づけさせまいと魔法を連射する。
威力よりも、手数と速さを重視して、シエラを怯ませようと試みる。
だが、シエラは目にも留まらない速さで剣を振る。
それだけで、ヴァレイの魔法は豆腐のように簡単に斬られる。
「もっと早くにお互いの本音をぶつけられたら…………」
何かシエラがぶつぶつと言っている。
ヴァレイには聞こえない。
聞こうともしない。
「来ないで、来ないでよぉ…………」
魔力が切れたのか、ヴァレイの魔法連写は弱まっていく。
シエラはもう剣を振るいすらしない。
体に当たっても全くダメージがない。
こけおどしにもならなくなっているヴァレイの魔法。
そして、ついにヴァレイの魔法は止まり、シエラがヴァレイの目の前まで来ていた。
ヴァレイは恐怖か、別の感情なのか、目を合わせない。
ただ顔を下に向ける。
シエラの足元しか見えない。
もう、シエラには敵わない。
ここからはシエラの一方的な暴力が始まる。
シエラの足が少しでも動けば、もう自分ができることは、痛みに泣き叫ぶのみ。
それが、天才シエラに醜い嫉妬をぶつけた自分の罰。
ヴァレイはそう考えていた。
「………………」
シエラは黙ったまま動かない。
長い沈黙。ヴァレイには永遠とすら思えるほどだ。
そして、シエラの足が動いた。
ヴァレイはビクッとして、目をぎゅっと瞑る。
「もっと早くにぶつかっていれば、私たち、本当の親友になれたのかな?」
「………………なんで、アンタは私を抱きしめるわけ?」
シエラはヴァレイをギュッと抱きしめた。
その目には涙が溢れていた。
「ごめんね……ずっと辛い思いさせていたなんて、知らなかった…………自分ができること、生きることに集中してヴァレイの気持ち、考えていなかった」
「……!?」
一瞬ヴァレイの顔がくしゃっとなる。
だが、すぐに振り解こうと暴れる。
「離せぇ!!そういういい子ちゃんなところがイラつくのよ!!」
「ヴァ、ヴァレイ…………」
「この期に及んでそんなこと言うな!アンタがそんなこと言ったら……言ったら………………私がもっと惨めじゃん!!」
「…………」
「わかっているよ!アンタが凄いことは!それに私が勝手に劣等感を抱いたことは関係ないって!
でも……でもそう思わなきゃ、私の居場所がなくなりそうで…………頭ん中ぐちゃぐちゃで……………………
でも、シエラはいい子で………………将来有望で………………」
「うん…………」
「嫌いだけど……消えて欲しいと思っているけど……………………だけど………………」
『ヴァレイはすごい!マホウが使えるなんて、カッコいい!!』
『ヴァレイたちと家族になれて、私……幸せ!』
『いつか、いっしょに冒険したいね、ヴァレイ!』
「同じくらい、好きな気持ちもある…………」
「ヴァレイ………………」
「もう、私も何が何だかわからないよ…………」
すると、ヴァレイの体から黒い『何か』が飛び出てきて――――弾けた。
「ヴァ、ヴァレイ?…………ヴァレイ!!?」
糸が切れた操り人形のようにヴァレイは倒れ、そのまま意識を失った。
シエラがいくら声をかけ、揺すってもぴくりともしない。
「………………でも息はある、よかった」
シエラはほっとした。
だが、まだまだ受難は終わらない。
ゴゴゴゴ――――
突如、大きな揺れが起こった。
「!?な、何が!?」
「おい、まずいぞ!このダンジョン、崩れる!!」
「ノート師匠!?」
別室まで逃げていたノートが戻ってきた。
そして、すぐに慌てて台車の改造を再開しながらシエラに声をかける。
「もうすぐ台車も完成する!お前もそのガキをロメオたちの近くにおけ!」
「師匠、何が起こっているんですか!?ダンジョンの崩壊って!?」
「そのまんまだよ!やっぱり、ここは崩壊するタイプのダンジョンだったんだ!」
「で、でもダンジョンマスターであろう女王蜂を倒してから結構時間が経ってますよ!?なんでここまで時間差が…………」
「ここはマスターの死じゃない……コアの破壊で崩壊する仕様だったんだよ!!」
「え、い、いつコアが……」
ノートの近くにヴァレイを運ぶシエラ。
その間もノートが懸命に作業をしているが、ついにダンジョンのあちこちに亀裂が走り始める。
「お前も見たろ!?さっきヴァレイってガキンチョの体から黒い『何か』が出て壊れた…………あれが
「あ、あれが!?コアってああいうのなんですか!?」
「コアに関してはまだまだ未知の部分が多いから知らねぇよ!ここのダンジョンはそうなんじゃねぇの!?あくまで予測だ!」
「だ、だとしても、なんでヴァレイの中に…………」
「これも予測だけど、あの女王蜂はこのダンジョンを生かすためにコアをこのヴァレイに移したんだ!」
「そんなことできるんですか!?」
「さあな!ダンジョンマスターだからできるのかも!
…………んで、コアさえ生きていれば、自分もダンジョンモンスターとして復活できると賭けたんじゃねぇか?
復活するまでは、このヴァレイをコアとして生かし、復活後に殺して回収する……とか、そんなところだろ!」
シエラはノートの仮定を聞いてゾッとした。
ダンジョンの生態がわからないが、仮説としては十分あり得る話だ。
ヴァレイはこのままダンジョンコアとされていたと考えて、改めてダンジョンの恐ろしさを感じた。
「よし、台車改造完了だ!」
ノートが額の汗を拭い、完成した台車をシエラに見せる。
最初の台車の荷台部分を大きくした突貫改造だが、なかなかの出来栄え。
有りものの材料でここまでのことができるノートの器用さには驚かされる。
…………よく見ると、ロメオとアルクの装備が剥ぎ取られている。
彼らの装備も素材として利用したのだろう。
ケガ人だろうと容赦のないノートだった。
「全員のせるぞ!」
「はい!………………師匠、ロメオたちの怪我が酷すぎるんですが!?」
「仕方がない犠牲だ!コイツらの自業自得なんだよ!!…………よし、のせ終わったな!」
ノートは台車の後ろにまわり――――直前でシエラに尋ねる。
「助けていいんだよな?」
「……え、当たり前じゃないですか!なんでそんなことを急に――――」
「今ならこいつらに復讐できる。このままここに残しても、オレたちの報告でどうとでもできる………こいつらには苦渋を舐めさせられただろう?」
「…………」
「ヴァレイってガキも、複雑な感情はわかるけど、お前を殺そうとした。オレだったらめんどくせぇし、今後も命の危険になるから助けねぇ………………お前ならどうする?オレはどんな選択でもお前を責めねぇ」
「い、いまさらそんなことを言われても…………」
「時間がねぇ、すぐに決めな」
「だ、だったらそんなこと聞かなくてもよかったじゃ…………」
「うるせぇ。今後のお前の生き方に関わると思えよ…………自分の命を危険に晒してまで、こいつらを助けるか?」
シエラは寝ている四人をじっと見る。
ロメオたち三人には全くいい感情はない。
ヴァレイには、先ほどのことで複雑な感情だった。
だが、答えは決まっていた。
この答えは時間を置いても、きっと変わらない。
「助けます」
「…………いいのか?」
「はい。今の私なら、この程度命の危機になりません。なら、たとえ嫌いな相手でも助けます。…………助けた上で、それでも向かってくるなら叩き潰します」
「怖っ…………ヴァレイは?」
「一番複雑な感情ですけど、やっぱり私にとっては家族であり………………親友ですから。生きていてほしい」
「…………やっぱり『持っている者』だな、お前は。カッコいい答えじゃん?皮肉じゃなく、な」
「師匠…………!」
「よし!じゃあ行くぜぇ!!」
ノートは思い切り台車を押す――――が、全く動かない。
力一杯、目一杯押すが、ビクともしない。
「お、重いぃ………………動かないぃ………………ガァアアアアア!!」
……………ゆっくりとシエラの方を振り向くノート。
「………………………………シエラ、押して」
「し、師匠!?さっきまで格好良かったのに!?」
「う、うるせぇ!いいから押せよ!!」
シエラはため息を吐き、ノートに代わって台車を押す。
台車はすぐに動き出し猛スピードで部屋を出ていく。
「…………ああも簡単に動かされると、流石にショックだな」
ノートはちょっぴり情けなさを感じながらシエラを追いかけていく。
こうして、ノートとシエラは無事に脱出に成功し、ダンジョンは崩壊したのだった。
そして、それはスタンピードの解決を意味していたのだった。
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