小悪党ノートと裏切りの少女 18
シエラの剣と魔法によって、スタンピードの元凶たる女王蜂トキシック・マスビー・クイーンは消滅した。
「や、やりやがったぜ!これでスタンピードは収まる!!」
ノートがそう喜んでいると、噛みつかれている腕が軽くなったことに気がつく。
見てみると、ヴァレイは力が抜けたように倒れてしまった。
「ヴァレイ!?」
すぐにシエラは駆け寄ってきてヴァレイを抱き起こす。
「いてぇ!?」
………ノートを突き飛ばしながら。
ヴァレイを心配しすぎてノートが眼中になかったらしい。
「ヴァレイ、しっかりして!…………そうだ、まだ回復薬があったはず!これを飲んで!!」
「いてて……よ、よせよシエラ。さっきこいつに回復薬を飲ませただろう?連続使用すると中毒症状を起こすことがあって危険だぞ」
「そ、そうなのですか?」
「そうなの。女王蜂の精神毒も多分消えた。ああいう類は術者が消えると毒も消えるはずだからな。傷もオレが蹴った痕くらいしかないし、しばらく安静にすればすぐに起きるさ」
「そうですか……ヴァレイ…………」
「とはいえ、ゆっくりもしてられねぇ。あの女王蜂がダンジョンマスターだとしたら、このダンジョンが崩壊するかもしれない」
「!?そ、そうでした!」
ダンジョンは条件を満たすと、ダンジョンとしての機能を停止してモンスターが出現しない場所に変貌する。
しかし、ダンジョンによっては存在価値を失って崩壊する可能性もある。
崩壊は、特に洞窟型や塔の形状をしているダンジョンに多い傾向があると言われている。
これを冒険者達は『死んだダンジョン』と呼んでいる。
『死んだダンジョン』になる条件は全て解明された訳ではないが、大きい理由は二つ。
一.ダンジョンのボス、ダンジョンマスターの死亡
二.ダンジョンに隠されたコアの破壊
今回、このダンジョンのマスターが先ほど討伐されたトキシック・マスビー・クイーンだった場合、このダンジョンは『死んだダンジョン』になる。
だからこそ、ノートはダンジョン崩壊を危惧していたのだ。
「でも、ヴァレイと他三人はこの状態ですし、私たちだけで運ばなくちゃ!」
「まぁな。こんな連中だけど、助けなきゃペナルティになりかねないし…………お前、全員抱えられるか?」
「無理ですよ!流石に人数が多くて一人じゃ運べませんよ!!」
「だよなー。オレもそんな力ないから無理だし…………仕方ねぇ、台車出すか」
「持っているんですか!?」
「『コンパクトブクロ』に入りきらない場合を想定してな。一応『コンパクトブクロ』に入れて持ってきているんだよ」
「さすが、準備がいいですね!…………でも台車を抜けばもっと多く『コンパクトブクロ』に入れられるのでは?」
「……………………だ、台車で運べる量でカバーするし……」
「……………………」
確かに、と一瞬納得してしまったが、認めるのはプライドが許さずに必死で否定したノート。
少し声が震えてしまった。
「ゴホン!いいだろう!?おかげで今回は役に立ったし!」
「そ、そうですね!」
「……でもちょっと小さいかもな。持ち合わせでちょっと大きく改造するか。少し待て」
「急いでくださいね!崩壊が始まるかもしれませんから!!」
ノートは台車を取り出し、自身が持っていた角材や分解できそうな道具、それからロメオたちの服を脱がして荷台部分を大きく改造する。
工具も必要なのだが、それも持参している。
「いろいろと道具を持参しているんですね?」
「罠仕掛けたり、ダンジョンの罠を解除するときに使うこともあるからな。
『コンパクトブクロ』があればそこまで嵩張らないし」
ノートは改造作業を開始する。
その間、シエラは気絶しているロメオ達を引きずって運び、いつでも台車に乗せられるように準備する。
それでも時間が余って暇を持て余したシエラは、ノートの作業風景を見守る。
「師匠、本当に器用ですね。羨ましいな……」
「オレは力がない分、知恵や知識、そして手先を鍛えた。自分をサポートする道具を作るためにな。お前も有用な道具は確認しておくといいぞ?」
「なるほど……」
騒動が終わって少し緩んだ空気感が生まれていた。
だからだろう。
索敵作業が疎かになった。
故に、明確な敵意を感じることが遅れた。
「キャァア!?」
「な、なんだ!?」
轟音が洞窟内にこだました。
シエラに炎が直撃した音だった。
油断していたシエラは攻撃の気配を感じ取ることはできなかった。
だが、天性の反射神経で咄嗟に剣を構えて防げた。
ただ、戦う体制を整えられていなかったので、不意の攻撃に耐えられず衝撃で吹き飛ぶ。
「……!?シエラァ!?」
「ぐっ!?」
倒れ込むシエラだが、すぐに跳ね起きて剣を構えて魔力を全身に循環させる。
アーサーとエレノアのクエスト修行で、すぐに臨戦態勢をできるようになっていた。
だが、目の前の光景を見て体勢に緩みが出た。
動揺からの緩みだった。
「ヴァ、ヴァレイ……?」
「…………シエラァ」
ヴァレイが杖を構えていた。
杖に残る魔力が、先ほどの炎の出所を物語っていた。
「な、何で……まさか、まだ洗脳が解けていないの!?」
「……洗脳?何のこと?……変なこと言わないでよ、裏切り者」
「ヴァレイ!?」
裏切り者――
アルクやランが言うよりもダメージが大きい。
幼馴染で親友のヴァレイの言葉だから、尚のこときつい。
「喰らいなさい!『ファイアショット』!」
「!?やめて!」
ヴァレイの魔法、これをシエラは簡単に剣で壊す。
「!?く、くそ!!」
力の差は歴然。それでもヴァレイはシエラへの攻撃をやめない。
シエラはシエラで、やはりヴァレイを攻撃することはできない。
それが舐めた行動に感じて、ヴァレイはさらに憤る。
「いつもいつも…………あんたはそうやって私をコケにする!!」
「ど、どう言うこと!?コケになんてしていないよ!?」
「そういうところがムカつくんだよ!!」
激昂するヴァレイに戸惑うシエラ。
いつも優しく接してきてくれた姿しか知らない親友の変貌に動揺しかない。
そして、ヴァレイは言った。
「私はあんたが憎くてしょうがない……私からいつも奪っていくあんたが!!」
そこから語られ出した、ヴァレイの本音。
シエラの幼馴染で親友と思っていた女の子の、淀んだ本音。
*****
ヴァレイには両親と弟がいた。
何の変哲もない、平凡で、幸せを感じる家庭だった。
ある時、ヴァレイは魔法の存在を知り、自分も使いたいと憧れた。
村に偶然いた、かつて都会で魔法を使っていた近所の人にいろいろと教わった。
幸いヴァレイには魔法の素養があった。
そして、熱心に学ぶこと半年、ようやく初歩的な魔法を使えるようになった。
両親は大喜び、弟も尊敬の眼差しを送ってくれた。
そんな家族のために、魔法の力を使って金を稼ぎ、家族を養っていきたい。
そんな考えを持っていた。
そんなある日、ヴァレイが五歳くらいの時だった。
母親が、一人の女の子を連れてきた。
ヴァレイと同じくらいの歳だった。
「ヴァレイ、今日からこの子と住むことになったの。よろしくね?」
聞けば、両親が亡くなり路頭に迷っていたとのことだった。
残飯を漁り、年齢を偽って働きながら何とか暮らしていた。
だが、先日年齢詐称がバレて働き先を追い出され、路頭に迷っていた。
そんな状況を聞きつけた母親。
その子の両親とは親友だったらしく、放っておけずに引き取ったそうだ。
それがシエラだった。
最初の印象は、汚く格好で可哀想な子だった。
荒んだ生活でいろいろと酷い目にあったのか、常にオドオドしている。
ヴァレイは、シエラを下に見ていた。
だからこそ、世話してやらなきゃいけない『弱い存在』と思った。
それから、ヴァレイはシエラの面倒を見た。
シエラはそんなヴァレイを慕うようになり、親友となっていった。
ある日、ヴァレイがシエラに魔法を見せた。
簡単な炎の魔法だったが、シエラは驚き、ヴァレイをすごく褒めた。
「ヴァレイはサイコウのマホウ使いだね!」
その言葉が気持ちよかった。
優越感に浸れた。
だが、次のシエラの行動にそんな気持ちが吹き飛ばされた。
「こう……かな?」
「えっ………………」
ヴァレイは驚いた。
シエラが何かを試行錯誤し始めたと思った。その次の瞬間だった。
シエラの両手が帯電していた。
それはまさに、魔法だった。
「ヴァ、ヴァレイ、これってマホウかな!?」
期待を込めたシエラの視線。
魔法を扱えるヴァレイにはすぐにわかった。
だが、ここで認めると自身の最大の長所――――アイデンティティが失われると思った。
父や母、弟、近隣の人たちの称賛が失われることを恐れた。
だから、言ってしまった。
「ち、ちがうよ!!あ、危ないからもう使っちゃだめ!!」
ヴァレイは嘘をついた。
シエラの今の力は、非常に危険だ。
大人になるまでは使わな方がいい、とアドバイスのように言った。
ヴァレイを信頼しているシエラは、がっかりしながらも信じた。
以後、魔法は使わなかった。
その日からだった。
ヴァレイの生活は一変した。
シエラはあらゆることの飲み込みが早かった。
そして運動神経も高く、少しナイフの振り方を教えれば子どもとは思えない剣さばきを見せた。
さらに本人が辛い環境にいたのに、正義感が強く、いざという時は大胆な行動を取れる子どもだった。
徐々に村中の人がシエラの存在を知り、注目するようになった。
ヴァレイの父母も弟も、シエラを褒め始めた。
逆に、ヴァレイに厳しくなったように感じた。
「ヴァレイ、魔法ばかりじゃなくて、もっとおウチのことを手伝えない?シエラちゃんみたいに」
「シエラちゃんは父さんの仕事の手伝いもしてくれて助かるな」
「シエラお姉ちゃん、おべんきょうおしえて!」
シエラ、シエラ、シエラ…………
次第にヴァレイはシエラに劣等感を持ち始めた。
そして、自分の居場所を奪われていく感覚に囚われ始めた。
無論、家族も村の人も、実際はヴァレイを蔑ろにしたり虐めたりしていたわけではない。
だが、ヴァレイの淀んだ気持ちでは歪んで見えてしまった。
シエラから離れたい。
自分の視界から消えて欲しい。
だがシエラは自分に懐き、周囲の人間は仲のいい幼馴染で親友と思っている。
そのイメージを壊すと、自身の心象が悪くなると思った。
だから、本音に蓋をして、表面上はシエラの仲のいい幼馴染で、親友でいた。
心の中では嫉妬や憎悪、恐怖を募らせながら。
そして、今回その淀んだ気持ちの蓋が破壊された。
トキシック・マスビー・クイーンの精神毒のせいで――――
*****
「…………ヴァレイ、そんなことを…………」
「私は……それでも我慢した…………ロメオのことも我慢した………………」
「ろ、ロメオ?あれがどうかしたの?」
「あれってお前…………」
シエラは相当ロメオが嫌いらしい。
思わず呆れながらノートがツッこむ。
だが、それはヴァレイの逆鱗だったようだ。
「あんたはそういう風にロメオを相手にしない……でも、ロメオはあんたがずっと好きだった………………そんなロメオを、私は好きだった」
「…………え、えぇ!?」
シエラにとって衝撃の事実だった。
あんな男のどこに惚れたのだろうか?
そんな疑問しか思い浮かばない。親友の恋路だが、おすすめしたくなかった。
「自分勝手で他人の都合も聞かない奴…………でも、みんなを引っ張るイケメンリーダー。そんなロメオを、私は好きだったのよ。ふふ、幼稚な恋とバカにしたんでしょう?」
「え、い、いやそんなこと、思っていない…………よ?」
「おい、わかりやすいぞシエラ?」
「師匠、今シリアスなのでちょっと黙ってて?」
ちょいちょい挟まるノートとシエラのコメディなやりとりも、ヴァレイには苛立ちを募らせる要素にしかならない。
再びシエラに炎の魔法を喰らわすが、それも簡単にシエラは防ぐ。
「チィ!本当にイライラする……あんたは私から色々なものを奪っていく!
家族も、称賛も、信頼も……好きな人まで!!
才能があって、性格も良くて、素直な気持ちがあって…………仲間にも恵まれた!!そんなのズルいじゃん!」
「ヴァレイ………」
「なんであんたは私の傍に居続けたの!?何でまた私の前に現れたの!?もういい加減に消えてよ!!」
「ご、ごめん……でも、もうこれで最後にするから…………」
「信用できない!あんたは結局いつも私の近くに現れる!
冒険者になりたい時もついてきた!パーティを抜けても、何だかんだ再会しちゃう!もうここまでになると呪いよ!あんたは私にとっての呪い……毒よ!!」
「…………」
「だから、もう消えて!それでも私の目の前から消えないなら…………この世から消えてよ!!」
(随分とまぁ滅茶苦茶なこと言ってるな、このヴァレイって女…………精神系の毒のせいで、気持ちの
ノートはそう呆れたが、実際にヴァレイの感情はぐちゃぐちゃなのだろう。
だけど、ここまで好き放題言われたシエラは大丈夫なのか?
(ヴァレイには特別な思いがありそうだったからな、シエラの奴。ショックで泣いてんじゃねぇか?)
そう思って台車拡張作業の手を止めてシエラを見たノートは、ギョッとした。
シエラは相当怒っていた。
初めて見る、イライラが表情に出た、まさに鬼のような憤怒の形相。
「黙って聞いていれば…………好き放題言うじゃん、ヴァレイ?………………いいよ、だったら徹底的にやろう………………喧嘩だよ」
「上等よ……Sランクに鍛えられたか何だか知らないけど、ボコボコにして消してあげる」
「おいおいおいおい!?ここ崩壊するかもしれないんだぞ!?今そんな状況じゃ――――」
「「黙ってて(師匠)」」
「…………ヒェ」
もうこの女の戦いには口を挟めないと察知し、おとなしく台車拡張して逃げることだけに専念することにした。
そして、シエラとヴァレイ、偽りの親友の初めての喧嘩が始まった。
――――――ゴゴゴ――――――――
ダンジョン崩壊開始らしき地響きをBGMにしながら――――
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