小悪党ノートと裏切りの少女 17



「変異の女王蜂…………『トキシック・マスビー・クイーン』!?」



 シエラがノートの言葉を復唱するや否や、トキシック・マスビー・クイーンの体が禍々しく光る。



「シ、エラァァァアアアアア!!!」

「!?くっ……」



 ヴァレイが杖を振り下ろし、シエラに襲いかかってくる。

 シエラにとっては大したことない攻撃だが、幼馴染からの攻撃を受けて精神的なダメージが蓄積してくる。



「Eランク、ごとき、にぃィイイイイイ!!」

「ぅおい!?オレにも攻撃してくんのかよ!?」



 ノートもロメオから攻撃を受けている。

 だけじゃなく、アルクとランもノートに襲い掛かろうと近づいてきていた。



「何でオレばっかり!?」

「ザコのくせに、ザコのくせによぉぉぉっ!!!」

「あんたのせいでぇええ、人生めちゃくちゃぁあああ!!」

「すげぇオレへのヘイトあるじゃん!? たった一回しか会ってないのに何で!?」



 余程『クラフトホーム』での会話を根に持っていのか?

 ノートの認識では、シエラにボコボコにされていた印象しかなかったのに、こちらに矛先を向けることには大いに不満である。



 (いや、これがトキシック・マスビー・クイーンの毒か?)



 毒で精神を蝕み、人のマイナスの感情を揺り動かして操っている。



 (まるで詐欺師みたいなタチの悪いマインドコントロールだな!?虫のくせに!!)



 まずは女王蜂を対処しなければいけない。

 だが、女王蜂は兵隊であるマスビー――――いや、トキシック・マスビーが再び大量に現れた。

 

 女王を守る騎士ナイト達。

 再び集合して黒いモンスターに変貌をしていく。



「シエラァ!早くマスビーどもをぶっ倒してくれぇ!!」

「ちょ、ちょっと待ってください!…………ヴァレイ、もうやめて!」



 シエラはヴァレイの攻撃を避けることで身動きが取れなくなっている。


 攻撃自体は、シエラにとって大したことがないために回避は簡単だった。

 だが、反撃はできない。

 ヴァレイを傷つけることはしたくない。


 シエラは封殺されている。



「し、師匠、何とかなりませんか!?」

「オレが助けを求めてんだよ!?っていうか、こっちは三人の格上冒険者に襲われてんだよ!ムリだよ!」



 ロメオとアルクの波状攻撃に、ランのバフ魔法で強化されている。

 ノートお得の回避は何とかできているが、そのことだけに必死だった。



「くっそ、本当にキツイ――――って嘘だろ!?シエラ、蜂どもに気をつけろ!!」



 ロメオ達に加えてマスビーによる黒いモンスターたちもノートとシエラに襲いかかってきた。

 ロメオ達もマスビー達も、女王蜂に操られて敵味方を無視して見境なく攻撃をしている。

 ノートとシエラにダメージを与えればいいという捨て身攻撃。

 女王が無事ならば、あとはどんな犠牲も問題ないのだろう。



「シエラァ!友達だろうがなんだろうが、そいつは今は敵なんだ!さっさとぶっ倒せよ!」

「む、無理です!ヴァレイは私にとってかけがえのない親友であり、家族なんです!彼女を攻撃するなんて、絶対できません!!」

「自分の命よりも友達優先かい!?ご立派だなぁ!でもお前が死んだら女王蜂の支配から脱せねぇぞ!?」

「くっ……でも……でも…………!!」



 ノートの言いたいことはわかるシエラ。

 だが、感情がヴァレイへの攻撃を許してくれなかった。



「ごめんなさい……キャァ!?」

「シエラ!?…………ってうお!?」



 シエラの迷いが隙となった。

 ヴァレイが振るった杖がシエラにクリーンヒットした。

 油断による不意打ちで、シエラの脳が揺れ、体の動きが効かなくなって倒れるかける。

 しかし、魔法メインで戦っているヴァレイの筋力は弱かったおかげでそこまでダメージはない。


 そんなシエラに気を取られ、ノートもアルクの攻撃を受けて吹き飛ぶ。



「イッテテテ……ギ、ギリギリ防御が間に合った…………けど」



 頼みのシエラが使い物にならない。

 そうなるとノートじぶんでなんとかするしかない。


 だが、相手は自分よりも強い冒険者とトキシック・マスビーの集合したモンスター。


 ノートに勝ち目はなかった。



 (真正面じゃ勝てねぇ………何か……何か策は…………………………!!そうだ!)



 ノートはここだけでしかできない秘策を思いつく。

 そのために、ヒュドラスでロメオ達を威嚇射撃する。


 当然ノートの練度では当たらない。

 だが、この攻撃による怒りと、ノートの腕前のなさにロメオたちは嘲笑を浮かべる。


 嗜虐心をくすぐられたロメオ達は、すぐに攻撃を仕掛けようとノートへ迫る。


 ノートの狙い通りに。



「へへ、追いかけてこいよ、雑魚ども!!」

「ザコガァアアア!!」「お前なんかにぃぃい!!!」



 ノートの軽い挑発でも反応してくれる単純なロメオ達。

 そして、マスビーたちも追いかけてきた。


 必死になりながらも、ノートは「ヒヒヒ!」と嬉しそうに笑っている。



 ノートが走った先には………………いつものノートが仕掛けたトラップ部屋。



(ここで始末してやるよ…………オレの考えた作品群でな!)



 ノートは一気に走って壁際へと行く。

 そして、壁を背にしてロメオ達の様子をうかがう。


 ロメオ達はニヤニヤ笑いながら向かってきていた。


 愚かなノートネズミが逃げ場を失っている。

 もうあとはこちらの煮るなり焼くなり好き放題だ。

 そう考えて楽しそうだった。


『自分たちの自尊心を取り戻し、コケにした格下のノートをなぶり殺してやる!!』


 女王蜂トキシック・マスビー・クイーンの洗脳支配と自分たちの心の声に従い、ロメオ達はノートに近づく。



 一歩……


(まだ……)


 また一歩…………


(もうちょっと……あと少し…………)


 にじり寄ってくるロメオ達。

 そして、ノートに相当近く迫り、いよいよ仕上げの攻撃を仕掛けようとする。



 その時だった。



「今だぁ!!」



 掛け声と共にノートは両手を壁に思い切り叩きつける。

 すると、叩いた箇所から魔法陣が浮かぶ。



 瞬間、ロメオたちのいる場所の地面が一斉に光だし――――




 轟音と共に激しい雷が大量に発生した。

 ノートが仕掛けた雷の魔法陣によるトラップだった。



 天地、前後、左右……あらゆる方向から生み出された雷の雨嵐がロメオ達とマスビー達に降り注ぐ。


 逃れる術はなかった。


 悲鳴もかき消す落雷の音と共に漂う肉が焦げる匂い。

 まさに『一掃』というにふさわしい惨状が一瞬で生み出された。


 ロメオ達もマスビー達も全く動かずに全身火傷で倒れていた。



「や、やべぇ……ちょっと威力が高すぎたか?」



 殺してしまったか?と疑問に思ったが、まぁ先に襲ってきたのは向こうだし、正当防衛だよな?という正当化を行なって、気にしないことにしたノート。



「おーい……生きてるかぁ〜?」



 返事はない。


 用心しながら近づいて落としているロメオの剣で突く。

 すると、ピクッと反応があった。


 他のラン、アルクも同様の反応だったので三人とも生きてはいるようだった。



「マスビーは…………全滅だな」



 都合よくモンスター達だけ倒せてホッとしたノート。

 これで自分が責められる筋合いはない、として安心したようだった。



「でも、女王は倒せてねぇ……シエラの方にいるのか?」



 流石に心配になり、ノートはシエラの元へ向かう。


 …………その前に、マスビーの死骸を一気に回収しておく。

 素材として買い取ってもらえるかもしれない。

 

 非常事態でも、目の前の利益を優先するノートであった。




 *****




「シエラァ!生きってかぁ!?」

「し、師匠、無事ですか!?」



 マスビー達を回収したあと、シエラの元へ戻ったノート。

 こちらが心配していたのに、シエラもこちらを心配していたようだ。



「さっき、すごい大きな音が鳴りましたが!?」

「ああ、気にすんな!オレが向こうで片付けた!」

「え、えぇ!?ど、どど、どいうことですか!?」

「そんなことより、お前、さっさとそのお友達倒して女王蜂を倒せ!多分オレの力じゃ倒せねぇ!」



 相変わらずヴァレイを攻撃できないシエラに呆れるノート。

 だが、シエラがフリーに動けないと、トキシック・マスビー・クイーンは倒せない。


 試しにノートが倒そうとヒュドラスを構えるが、機敏に動いて狙いが定まらない。

 ノートでは倒す術はない。



 (さっきのトラップ部屋でなら倒せるけど、多分さっきので警戒して入ってこないだろうな……)



 かといって、女王蜂もこちらを攻撃してこない。

 正確な理由はわからないが、洗脳支配と命令に集中しているからだろう。

 まだヴァレイでこの戦況をなんとかなると考えているのかもしれない。

 一番強敵と踏んでいたシエラを抑えているヴァレイが強いと勘違いしているのかもしれない。

 現に、他のマスビーやモンスターをここに呼んでいない。



「お前が切り札だ!早く倒せ!」

「わかってます!わかってますけど………………」

「…………チッ、まだまだガキンチョだな、仕方ねぇ!」



 そういうと、ノートはヒュドラスの弓を引いた。


 標的は、ヴァレイだった。



「くっ!?」



 ヴァレイは咄嗟に炎の魔法で弓を迎撃する。



「シエラァ!当てなくていい!友達に攻撃しろぉ!早く!!」

「え、く、くぅ!!」

「!?」



 ノートの声に反応し、シエラは剣の峰をヴァレイに向けて振る。

 まるで当てる気がないことがわかりやすい腑抜けた一撃だが、ヴァレイはその迫力に驚いて大きくのけぞって避ける。


 ヴァレイが体勢を崩す瞬間をノートは見逃さなかった。


 全速力で走ってヴァレイ目掛けて飛び蹴りを喰らわす。

 老若男女の区別がない平等な暴力蹴り。



「ちょわー!!」

「キャァ!?」

「師匠!?声が情けない!?」

「そんな無礼なことはいいから、今のうちに女王蜂を倒せ!!」



 ノートはヴァレイの肩をつかんでシエラから引き離す。



「離せぇ!!シエラ……シエラを倒してやるぅぅぅ!!」

「イテテテ!?な、なんだこのガキ!?結構力つえぇぞ!?魔法使いのくせに…………あでで、噛むなぁ!!?」



 ノートの悲鳴が聞こえる。

 ヴァレイはノートの腕を噛んでいるが、視線はシエラを見据えている。

 獰猛な獣のようなその視線にシエラは心が痛んだ。



「シエラ!先に女王!こっちは見るなぁ!!優先順位を間違えるな………………イテテテ!?噛む力もつえぇ!?ギャァアア!!」



 ノートの発破にシエラは応えるべく、シエラは剣を構える。


 女王蜂トキシック・マスビー・クイーン。

 こちらもシエラの意思を汲み取り羽ばたき、周辺に妙な電磁波のようなものを発する。



「?…………………………!?マスビーが集まっている!?」



 大量のマスビーが集まり、一つのモンスターになる。

 それは伝説上のモンスター。

 まさにそれは――――



「ド、ドラゴン…………!?」

「違う!所詮は蜂の集合だ!ビビるな!」

「!?は、はい!」



 怯むシエラにすぐにノートは声をかける。

 言っている内容は格好いいが、言っている姿は身体中歯形とあざだらけだった。


 シエラはすぐに剣を構えて走り出す。


 マスビーの合体した黒龍は凶悪な爪をシエラ目掛けて振り下ろす。

 だが、その緩慢な動きはシエラには当たらない。


 素早く、細かい動きで翻弄して的を絞らせない。



「本当だ……アーサー様たちとクエストで戦ったドラゴンに比べたら、雲泥の差ね!!」

「…………え、シエラ、お前もう龍種との戦闘経験済みなの?怖っ…………」



 マスビーの黒龍は攻撃できず、シエラの動きについていけない。

 完全にシエラを見失ってしまったのだ。


 そんなシエラは、黒龍の背後を取っていた。



「多重魔法陣展開…………プラズマリボルバー!!」



 複数の雷撃が黒龍を襲う。

 その全てが黒龍に直撃し、体が瓦解し全てのマスビーが雷撃で消滅する。


 女王蜂は動かない。

 いや、動けない。


 黒龍と化した自分の兵隊が、こうもあっさりと倒されて動揺している。


 変異してから圧倒的な支配力を持ちこのダンジョンに敵はいなかった。

 敵対する者は、配下をうまく使ってはすぐに葬ってきた女王蜂トキシック・マスビー・クイーン。


 絶対的な頂点にいたが故に、今目の前に現れた強者の存在が信じられない。


 今まで築き上げてきた自身とプライドが、目の前の状態に対する理解の阻害となっていた。



 そんな動揺――――いや、恐怖が勝敗を決めた。



「イストリア流剣技……神風!!」



 疾風のごとく剣を振りながらシエラは走る。

 女王蜂はハッとなり、すぐに羽ばたき急上昇をする。

 生存本能で咄嗟に飛んで回避は見事に成功、ここから反撃として新たな兵隊を呼べばいい。



 それは一般的な相手の場合の正解だった。

 だが、今回は一般的な相手ではない。


 Sランクとともに龍種とも戦った猛者なのだ。

 



「風魔法……ウィンドスラッシュ!!」



 シエラは避けられても動揺しない。

 間もおかずに次の一手として風魔法を放った。


 高速の連続攻撃に流石の女王蜂も、体が反応できずに避けられない。



 ――――ィィィイイイ!?



 初めて聞いた女王蜂の声。

 それは悲鳴という絶叫。


 シエラの風魔法で両翼をもがれ、墜落していく。


 だが、まだ死んではいない。



 ――――――――!!



 人には聞こえない周波数と電磁波を併せた信号をダンジョン中に送る。



 “さっさと助けに来い、私の兵士ども!!”



 緊急事態に強めの命令を出す。

 まだまだこのダンジョンには兵隊がいる。そいつらを呼べば戦況はいくらでも変えられる。



 

 だが、シエラは手を抜かない。

 ここで仕留める気満々だ。



「イストリア流剣技『神風』……風魔法『ウィンドスラッシュ』……………………併せて!!」



 神速の風となったシエラは、自身の体と剣にも風を纏う。

 まさに、風そのもののように。


 その姿は、もはやこの場の誰の目にも映らない。



「剣魔合体……『風華』!!」



 シエラの声と同時に女王蜂に一陣の風が吹き抜けた。

 そしていつの間にか、シエラが剣を構えて女王蜂の背後にいた。



「……ど、どうなったんだ?」



 ヴァレイによってさらに酷い怪我を負っているノートがシエラたちの様子を伺う。


 女王蜂は自分に何が起こったかわからない。

 だが、無事な自分がいるなら今がチャンスだ。

 これであの人間の小娘に反撃できる。



 そう思った矢先に腹部に違和感を感じた。



 ――――!!?



 違和感は次第に痛みとなり…………やがて腹部が引き裂かれた。



「風華は風の刃を無数に刻む…………ただ、風のように流麗で素早い刃に喰らった自身は気づかない…………」



 ――――――ィィィイイイッ!!!?



「風の刃は喰らった場所にとどまり膨張し…………限界に達すると、爆発します――――」



 ボンッ!!



「まるで……風でできた華のように」



 引き裂かれた腹部から風が吹き荒れて女王蜂は消滅した。


 それはまさに、風と血で染まった華のような爆発だった。

 

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