小悪党ノートと裏切りの少女 16



 ノートはすぐに身を隠す。



 (おいおい……例の黒いミノタウロスじゃねぇか!?しかもあんなにたくさん!?

  あのロメオって奴らがここを開けたのか!?)



 様々な疑問が出てくるが、迂闊に飛び込めない。


 前回はブレアの力で一掃できたが、ノート自身には黒いミノタウロスたちを討伐する力はない。

 そんな相手が複数体いるため、ノートができることはない。



 (できることがあるとすると……まずはあの黒いミノタウロスの正体を暴くくらいだな)



 早速ノートは自作の魔道具『辞書視』を装着し、黒いミノタウロスの分析を開始した。

『辞書視』はノートが現在所持している情報資料から検索し、必要な情報を吸い上げて表示する。

 逆に言えば、ノートが資料として持っていないと何も表示されないという弱点がある。



「あ、表示された。ってことは調べたことあるのか………………!?」



『辞書視』に表示された結果に驚く。

 予想していない結果が出てきた。


 その時ちょうどシエラが戻ってきた。



「あ、師匠!ここにいたのですか!微かな気配を感じたから来ましたけど……」

「あ、ああ、お帰り。っていうか、オレが消した気配を辿れるのかよ……気配を消すの、結構自信があったんだけどね……」



 シエラがノートに近づき、同じように扉の奥を見る。

 そして、顔を青くして慌て始める。



「師匠、ヴァレイが!?それに黒いミノタウロスもあんなに……!」

「慌てるな。あの黒いミノタウロスは――――」



 ノートはシエラに黒いミノタウロスについて知った事実を話そうとした。

 だが、シエラは話を聞かずに駆け出していた。



「あ、おいシエラ!?」



 ノートの声は届いていない。

 シエラの目は黒いミノタウロスたち、そしてヴァレイしか捕えていなかった。



「イストリア流……『疾風』ぅ!!」



 黒いミノタウロスたちに、シエラの高速剣が何度も振り下ろされた。



「!?……そんな!?」



 だが、初遭遇の時と同じ。

 黒いミノタウロスたちは自発的に体を分解して全てのシエラの剣を避けた。


 腕を上げた今回なら、最低一刀は当たると考えていたシエラだが、まさか全部避けられると思わずに動揺する。

 だが、黒いミノタウロスたちもシエラの攻撃の速さと鋭さに驚いたのか、一旦距離をとって様子を伺うようになった。



「し……シエ、ラ……?」

「ヴァレイ、大丈夫!?これ、回復薬だよ、飲んで!」



 そう言うとシエラはヴァレイを支えながら薬を飲ませる。

 咳き込みながらもなんとかヴァレイが薬を飲み、少しずつ力が戻ってくることを感じた。


 他のメンバーにも回復薬をシエラは渡した。

 彼らには特別な感情は何もないため、渡すだけ渡して終わり。


 シエラはそれよりも黒いミノタウロスたちの警戒を続けた。



「し、シエラ、僕たちは――――」

「今は貴方達の相手をする暇はないの。あのモンスターたちをどうにかしないと」

「はっ!テメェみたいな雑魚に、な、何ができんだよ!?すっこんでろ!」

「貴方こそ邪魔しないで、アルク。何もできずに今までボロボロだったくせに」

「ぐっ……」

「あ、ランさんもね?先に釘刺しておきます」

「…………」



 ランは忌々しげな視線を向けるが、何もいい返さない。

 こちらはシエラとの力量さも理解しているため、無駄なことはしない。



「思うところも多々あるし、なんでここに、という思いはあります。ですがとりあえず、貴方達は何もしないでください。邪魔になるので」

「ま、待ってくれシエラ!これは僕たちの戦いだ!助けてくれたことには感謝するが、ここは僕たちに任せてくれ!!」

「……?どう言うことですか?」



 お前らじゃ勝てないだろ、とシエラは内心毒付いたが、ロメオの言葉に引っかかり思わず反応してしまう。

 この期に及んでまだ格好をつけているのだろうか?



「僕たちがこの扉を開いて見つけたんだ!誰も……あのEランクも見つけていないさらなる隠し部屋を!!だからここのモンスターも僕たちが倒さなきゃ!!」

「…………」



 聞いたことを後悔したシエラ。

 まだロメオこの男は世間体やら自分の格好良さ…………自己陶酔を追い求めているのか?

 

 結局ロメオはシエラがどれだけ言っても何も変わらないのだった。



「はぁ〜…………本当に、もう………………」



 シエラが片手を額に当てて大きくため息をつき、がっくりと頭を下げる。


 これを隙ありと見られたのか、黒いミノタウロスたちがシエラに殺到する。


 ロメオ達は気がついたが動かない…………いや、動けない。

 今までの恐怖と自分の身可愛さに沈黙を本能が選んだのだ。


 このままシエラに何とかしてもらおう、と。

 自分たちが何とかすると言ったくせに。



 黒いミノタウロス達の暴力が、一斉にシエラに降り注がれようとしていた――――





「どいつもこいつも………本っっっっっ当に腹立つなぁ!!!!」




 ドンッと言う爆音が聞こえるようだった。

 シエラを中心に猛烈な爆風が吹き荒れた。

 

 ただ魔力を込めて思い切り外へ放っただけ。

 魔法でも技でもない、魔力操作の練習でよくやっていた行為。

 威嚇攻撃に近い。


 だが、感情がのったその行為は黒いミノタウロスには非常に強力だったようだ。

 一瞬で吹き飛ばし、跡形もなく消えていった。



「う、嘘だろ……あんな簡単に……!?」

「や、やばい、ば、化け物すぎる……あんなのが自分に向けられたら……」



 アルクとランはここで決定的になった。

 もうシエラには敵わない。到底勝てっこないことを認めた。

 そして、今まで散々と酷いことをしてきた自覚があるため、仕返しを恐れてビクビクしている。

 

 実際は、シエラにとって二人は取るに足らない、仕返しするほどの価値もなく、すでに眼中にない。



「す、素晴らしい…………や、やはり、キミは僕たちといるべき…………」

「…………」



 ロメオに至っては存在を頭から追い出している。

 未だに自分に都合のいいように変換し、シエラを仲間に戻そうとしている成長しない点がアルクとランにも劣る。


 それよりもシエラはヴァレイが気になる。

 そちらに意識を向けようとしたが――――



「油断するな!まだ終わっていねぇぞ、シエラァ!!」

「!?」



 突如聞こえるノートの声。


 そして気がつく嫌な気配。

 シエラはバッと振り返る。



「……な、何で!?」



 そこには、黒いミノタウロス達が再び現れた。

 接近に気が付かなかった?急に湧いてきたのだろうか?


 シエラがグルグルと新たな黒いミノタウロスの出現に動揺していた。



「何体現れようと、もう一度………」

「違う!!こいつら、さっきお前が消し飛ばした奴らと同じだ!」

「師匠!」



 ノートがシエラの近くに走ってきた。

 その目には変わったメガネ――――『辞書視』をかけていた。



「復活するんですか!?いや、ダンジョンならあり得るかもしれませんが、速すぎません!?」

「復活とは違う。正確に言うと、『再集結』したんだ」

「さい、しゅうけつ?一体…………?意味がわかりませんが?」



 シエラがノートに疑問を投げかける。

 その間に黒いミノタウロスと思われている・・・・・・・モンスター達は一箇所に集まり、形が崩れ始める。


 そして、徐々に互いに混じり合い、一つのモンスターになろうとしていた。



「し、しし師匠!?こ、これ、何ですか!?」

「だから、再集結してるっつってんだろ!話聞け!」

「いや、訳分かりませんって!説明してください!師匠は何を知っているんですか!?」



 徐々に黒いミノタウロス達は一つになって大きくなる。

 もはやミノタウロスですら無くなっていく。



「まず、黒いミノタウロスは一体じゃない」

「そんなの見たら分かりますよ!?こんな時に冗談ですか!?いや、今は一体になりつつありますけども!!」

「ちょ……襟元を締め上げるなぁ!力つよ……あ、しぬぅ………………!?」

「あ、ごめんなさい!つい興奮して…………」



 テヘッと可愛く誤魔化そうとするシエラ。

 仕草はあざとさを感じるが、力はノートよりもはるかに上なので洒落にならない。

 見た目と実力の高低差がありすぎる。



「ゲホゲホ!…………い、一体じゃないって言うのはそういう意味じゃねぇよ。この黒いミノタウロスは、複数体で構成されている・・・・・・・・・・・んだよ。いわば擬態だ」

「ぎ、擬態!?ミノタウロスに化けていたと言うことですか!?誰が!?」

「奴らの正体は、『マスビー』って蜂のモンスターだ。一匹一匹はか弱いが、ああやって群れで行動して数の暴力で敵を威圧し攻撃をしていく」

「!?だからですね、私が斬っても斬れなかったのは!蜂たちが私の剣の風圧で飛ばされてミノタウロスの状態を保てなくなっていたんですね!!」

「ああ。避けたんじゃなく、『群れを切り離された』が正しかったんだ。

 さらに言うと、さっきお前の魔力爆発でミノタウロスを消せたのは、暴風で全体的に蜂が飛ばされて形を作れなくなったからだ」



 ノートの答えに全てに合点が言ったシエラ。

 そして、目の前でさらに巨大になった黒いミノタウロスは、今までのマスビー全てが集合した状態だと言うことも理解した。


 この薄暗いダンジョンならば、小さな蜂なんて見づらい。気が付かないわけだ。



「だったら話は早いですね!こいつら全員をまとめて燃やし尽くせば――――」



 

 その時だった。


 


「ギャァアア!!?」「イタイ!?」「ッァ…………!!」「ァァアッ!?」



 後方から悲鳴が複数聞こえ、ノートとシエラは振り返った。



 そこには、ロメオ達が倒れていた。

 ピクピクと微かに動いているから生きているが、全員が苦しそうに倒れている。



「ヴァ、ヴァレイ!?みんなも!一体――――」

「オレが様子を見る!シエラは一旦こいつらを焼き尽くせ!!」

「え、あ……」

「混乱する暇ねぇぞ!早く!!」

「は、はい!!」



 ノートの一喝で乱れた集中力を再び整えて魔力を練り上げるシエラ。

 だが、黒い大きなモンスター――――マスビーの群れは、そんなシエラを待つほど優しくない。


 大きな波のように、シエラに黒い塊が襲いかかる。

 それはまるで、巨人から放たれる拳のようだった。

 力強く、その拳が切り裂く風の破裂音が聞こえてくる。



「遅い!」



 だが、スピードは緩慢だった。

 シエラは瞬時に動いてこれを避ける。

 その間も魔力は練り上げている。



『動きながらでも、詠唱や魔力を込める作業を止めない!攻防を常に同時に考えなさい!』



 (修行してくれたエレノア様の声が聞こえてくるみたい!)



 Sランクのクエストに同行し、容赦ない実践教育を受けてきたシエラ。

 その甲斐あって、教えは体と頭に染み込んでいる。


 今、教育の賜物が結実していることを実感できる。



「多重魔法陣展開…………『フレアドライブ』!!」



 シエラの詠唱が終わると、マスビーたちの周りに多くの魔法陣が現れる。


 そして、豪炎の雨がマスビーたちに降り注いだ。

 エレノアの十八番である炎魔法によってマスビー達を焼き尽くそうと、全力の魔力を込めるシエラ。


 轟々と大火が燃え上がっている。

 

 魔法が終わると、その場にマスビーたちはいなかった。

 あるのは細かな灰のみ。

 それもすらもひらひらと空中を舞い、やがて消えていった。



 (倒せた……かつて苦戦したモンスターをこうもあっけなく…………!!)



 ふと蘇るダンジョンでの忌々しい記憶。

 ロメオ達に裏切られて生贄にされた辛い気持ち。

 黒いミノタウロス三体(実際はマスビーの集合)に殺されかけた恐怖。


 今、その全てを清算できたようにシエラは感じた。



「なんて感傷に浸っている場合じゃなかった!師匠!!」



 すぐにシエラはノートの元へ向かった。


 そこには相変わらず苦しんでいるヴァレイと他三人。



「師匠、ヴァレイ達はどうしたのですか?」

「……治癒士じゃねぇから何とも言えねぇけど…………こりゃ毒だな」

「毒?マスビーのですか!?」

「いや……マスビーにそんな毒はねぇはず――――!?待てよ!!」



 そう言うとノートは『辞書視』を操作する。

 モノクル型の魔道具である『辞書視』フレーム部についているボタンを何回か操作したノート。

 その動作が終わり、何かをしばらく見ていると「チィッ!」と舌打ちをして慌て出す!!



「くそ、見逃していたぜ!何でこの可能性に気が付かなかったんだよ、オレ!!」

「な、何がわかったんですか!?」

「あいつら、ただのマスビーじゃねぇ!!あいつらは――――ガァ!?」



 話の途中、突然ノートは吹き飛んだ。

 咄嗟に腕を差し込んでガードできたが、相当な力で吹き飛ばされて腕がジンジンする。



「師匠!?…………ッ!?」


 

 明確な殺気を感じてシエラは大きく跳躍し、攻撃した『何か』から距離をとる。

 そして、攻撃した『何か』を見て驚愕する。



「ヴァ、ヴァレイ……何で?」

「ブ……ゥ、ゥウ…………シ、エラ………………」



 そこにはヴァレイが杖を振り下ろしていた。

 ヴァレイだけじゃない。他の仲間達も起き上がり、全員武器を構えている。


 先ほど、ロメオがノートを、ヴァレイがシエラを攻撃したようだ。



「どうして……」

「精神系の毒だ。これでモンスターたちを洗脳や興奮状態にさせてスタンピードが起きたんだ!」

「!?師匠、どう言うことですか?」

「あいつら、マスビーの変異種だ。正確には、『あるモンスター』に変異させられたマスビーたちだ」

「『あるモンスター』!?そいつがヴァレイたちをこんなにした敵!そして、スタンピードの元凶ですか!!」

「多分な。そして、その『あるモンスター』にマスビーは絶対に逆らえねぇ。

 奴らにとっては絶対的な存在…………女王様・・・だからな」



 ヴァレイたちは幽霊のようにフラフラと足取りが不安定だ。


 そして、その後ろに大きな蜂がいた。

 

 マスビーの十倍はあり、非常に毒々しいカラー、首と言える部分にはゴージャスなふわふわな白い毛。

 身体中から毒なのか、オーラなのか、禍々しいモヤが見えている。


 そのモンスターこそ、スタンピードの原因にして、マスビーの絶対的女王――――





「変異したマスビー達の女王蜂――――『トキシック・マスビー・クイーン』」


 

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