小悪党ノートと龍の秘宝 20 完



 唐突なノートの問いかけにビクッと震えるマイ。

 笑顔を崩さずに首を傾げる。

 


「思惑…………というのは?」

「別に根拠とかないけど、『あ、この女は裏があるタイプだな〜』って思ってさ」

「………………どうしてでしょう?」

「まず、生贄の身代わり作戦の時。

あんたは積極的に村から脱出することを提案した。あと、これは聞いた話だけど、ブレアが襲来した際、真っ先に村を出ることをセリオに提案したそうじゃん」

「それは当然ですよ? 村にいたら危ないんですもの」



 何を言っているんでしょう?っと困ったように笑うマイ。

 傍から見たら淑女の笑みだが、ノートにはそう見えない。



「セリオから聞いたあんたの人柄は『とても優しい人間』だった。でもあんたは村の人たちに気は向かず、自分の身の安全が真っ先に口に出た」

「そ、それは…………そうですね。お恥ずかしい限りです」

「そもそもオレが生贄の身代わりになった時、あんた断るどころか拍手して喜んでいたよな? それにオレが作戦の文句を言った時、アーサーが考えを言う前にあんたは我先に反論しようとしたじゃん? 脊髄反射みたいにスッゲェ早く」

「………………」

「おまけにオレの生贄衣装を見て笑いを堪えていたし………………とても優しい人間とは思えませんね〜」



 嫌味ったらしく言うノートに、マイは何も言わない。

 ただ黙って聞いている。


 周囲は、セリオの奢りで楽しんでいて、こちらに誰も意識が向いていない。

 二人の間には、そんな喧騒とは真逆の静寂な空気が流れていた。



「だから思った。『この女は表面・・はいい女だけど、実際は自分大好きなんだろうな〜』って」

「………………」

「……で、そんな女があんな田舎で満足しないだろうな〜って。案外派手に遊びたいんじゃないかな〜って。…………まあ偏見だけど」

「……………………フフッ」

「あ?」



 急に笑い出すマイ。

 その笑いは、ノートが生贄衣装を着た時と同じだった。


 顔を伏せ、手で口を押さえて笑いを堪えている。

 

 だが、すぐに堪えきれなくなったのか、思い切り顔をあげて笑い声を上げる。



「フフ……ハハハ…………ハハハハハハハハッ!」

「き、急に笑うなよ……怖っ」

「ハー……本当に意外! 最初Eランクの冒険者って聞いてたから大したことないって思ったのに、蓋を開けてみれば大活躍! しかも私の本質を見破られるなんてねー。人は見かけで判断できないなー」



 今までのお淑やかさが嘘のように、ハキハキと話し出すマイ。

 一歩控えたような態度は消え、不遜な態度、挑戦的な視線をしている。



「それが本性なわけね」

「そ。大概男ってこんな感じのしおらしい女の子への警戒って解きがちじゃん? 特にセリオみたいに生真面目な男だとね」

「じゃあ最初からセリオを狙っていたのか?」



 そう言うノートに、マイはニヤリと笑う。



「この村を出られるなら誰でもよかったけど、セリオは当たりだったわ〜。真面目で収入もいい、おまけにイケメン!言うことなし! まぁ強いて言えば真面目すぎてハメを外しにくいところかな?」

「ふ〜ん」

「あの村はつまらなかったわ。風習とか、言い伝えとか、呪いとか…………息の詰まることばかり。娯楽も祭りくらいだし、お店も村のおっちゃんおばちゃんの個人商店だけ。みんなはそれが全てかもしれないけど、私には物足りなすぎた」

「へぇ〜」

「そんな時に前任者の徴税官と一緒にやってきた新人のセリオに出会ったの。向こうも私を好いてくれたからすぐに恋人になって、王都で一緒に暮らそうって言われて…………最っ高!って思った!」

「……でも生贄に選ばれちゃった、と?」

「そう! しかも聞けばお父さんのせいらしかったじゃん!」

「それは知らなかったのか」



 ハァっとため息をついてマイは近くに置いてあった水をグイッと豪快に飲む。

 喉を潤すと、頬杖をつき、飲んだコップの氷を回して遊びながら、再び話し始めた。


 

「私、お父さんのこと嫌いだった。自分はギーク村長のせいで不幸だったらしいけど、その煽りを受けて私とお母さんも大変だった。あいつがギーク村長の濡れ衣で捕まった時、母は体に強くないのに懸命に働いた。私も少しでも足しになればって子どもながら働いたわ」

「………………」

「そして父は出所後、また懲りずにギーク村長にコキ使われた。母はムリが祟って体を壊して死んだ。全部あいつのせい。全部ブレア村のせい。だから私は解放されたかった」

「…………あんたも色々とあったんだな」

「生贄になった時は頭が真っ白になったけど、セリオがSランクの冒険者で王族でもあるアーサー様を連れてきてくれた時、逆にチャンスって思った!この機会を活かして、この村からオサラバ出来るんじゃない?ってね!」

「ふ〜ん、なるほどね。だから生贄の身代わりや、王都への避難に積極的だったのか」



 相当不満に思っていたのか、噴火のように激しく言葉が吹き出してくる。



 命の危険にあったが、そこまでしてでもブレア村から出たい。

 マイという女は想像以上に逞しく、図太く、強かな女性だった。



「色々と危ない橋を渡ったけど、結果は大満足! ギーク村長、ヤブ医者のロビン、無能学者のジェラは揃って亡霊によって死亡。他にも生贄になった家族と前の村長とその一家も死亡。ほとんどの村人も大小のケガを負って周辺の町へ分散された。村は怨念が残した呪いが残っているから浄化作業のために当分立ち入り禁止!まぁ私は浄化が終わっても二度と行かないけどね〜」

「だから大手を振って王都へ行ける、と」

「父マルコは唯一全ての悪事を知っている生き残りってことで逮捕されてコッテリ搾られるそうよ。さっきアーサー様に聞いた。ザマァみろっての!!アハハ!!」

「…………」



 正直興味もないし、ノートにとってはどうでもいいことなのだが、このマイの本性と本音を知ってしまうと、流石に複雑な感情になる。


 全ての鬱憤を吐き出して満足したのか、マイは笑顔で席を立つ。

 そのままノートから離れると思ったが、「あ、そうだ」と言ってノートの耳元に顔を近づける。


 そして、小声で囁いてきた。



「私のことやさっきの話、誰にも言わないでね? ……まぁあなたの言葉よりも私の言葉の方が信頼されているだろうけど」

「…………言わねぇよ。興味ないし」



 断じてマイのいう通りと思ったわけではない。



「そぅ。それならよかった! これから仲良くしましょ! また愚痴を聞いてもらいたいし!」



 その言葉を最後にマイはお淑やかに去っていった。

 「本当にありがとうございます、ノートさん」と少し声を張って言い、セリオたちに合流した。


 その姿をノートは気持ち悪そうに見つめる。



「……オレに言っても特に影響がないからバラしたのね〜。おまけにストレスの吐け口もゲットしたか」



 これでマイはストレスなく、冒険の町という刺激的ウィニストリアやキルリア随一の都会である王都を楽しく過ごせる環境を整えたと言える。

 つい先日まで『生贄』という命の危険にあったポジションにいたとは思えない逆転劇だ。



「計算高い女…………結局一番あいつが得してんじゃん…………ハァ」

「はいエールお待ちどう様〜…………って何でそんな疲れてんの?」

「…………何でもない。ハァ……結局今回もそこまで大金を稼げなかった!」



 やけ酒とばかりにエールを一気に飲み干す。

 冷たい喉越しと、炭酸とアルコールの刺激だけがノートを癒してくれる。



「何言ってんの? クラフさんから金貨もらったんでしょ? それに変な弓も。価値あるらしいじゃん?」

「売れないから無価値も同然だ! まぁ武器として使えるからマシだけど…………金に関しては、もっともらえるほどの財宝を手に入れたの! なのに全部呪われてたし、唯一手に入れた指輪は変な物が入ったし…………」

「ああ、例の龍が封印された指輪ね? 『龍眠る呪樹林』のダンジョンマスターが封印…………それってすごい価値じゃない?」

「まだ生きているんだぞ?アーサーやエレノアも勝てないレベルでヤバい奴が入っている指輪なんて、危なっかしいわ!

「確かにね〜。でもよかったんじゃない? 危ないこと、嫌いなんでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどよ……」



 ノートとクレアが雑談をしていると、急にアーサーの大声が聞こえた。



「あ、そうだ!!」



 そう言ってアーサーがノートに近づく。

 ノートは、どうせ碌なことじゃないだろう、と考えて鬱陶しそうな表情を浮かべる。



「すっかり忘れてた! ノートにこれを渡すつもりだったんだ!」

「なんだよ…………ってこれ、あの指輪じゃん!?」

「わぁ、綺麗ですね!」



 アーサーが渡してきたのは、カーズドラゴン『ブレア』が封印された指輪だった。

 ノートは思わず自分から遠ざけるようにアーサーから離れる。



「今回の事件の証拠品として預かったけど、もういらないから返すね!」

「いいんですか? 話を聞く限り、結構取り扱いに慎重になるアイテムになっているように思いますけど?」



 クレアの言葉に、アーサーは苦笑いを浮かべる。



「そうなんだけどね〜…………国の人間も最初は興味を持って調査していたけど、ブレアの力の強さがわかってきて『こんな危ないもの、怖くて保管できない!』って言って突き返されたんだよ〜」

「何だそりゃ? 情けねぇなぁ………………っで、何でオレに渡すことになるんだよ!?」

「それは、本人からの要望だよ」

「ほ、本人?」



 指輪がカッと輝く。

 すると、指輪の宝石部分からニョキっと『何か』が出てきた。


 それはつい数日前に見た、凶悪な存在だった。



 “来ちゃったぞ、へっぽこよ!”

「カ、カーズドラゴンのブレア!? お前、眠ったんじゃ!?」

「え、これが噂の『龍眠る呪樹林』のマスター? 結構キュートな顔ね〜」



 クレアが言ったように、今のブレアは凶悪な龍には見えない。

 可愛らしさとあどけなさが残った幼龍になっていた。



 “仕方なかろう。肉体を失い、全快するためには消費エネルギーを抑える必要がある。本来の姿で現れてもすぐに消えてしまう”

「こちらとしても、その方が周囲への影響がなくてありがたいしね〜」

 “うむ。だから幼少期の体で出てくるしかないのだ。どうだ、へっぽこ? ワシのチャーミングな姿?”

「知るかよ!」

「ええ? かわいいじゃん!」

 “ほほう? そっちの嬢ちゃんの方がセンスがいいな! ワシは偉大なる呪いの龍、ブレアじゃ! よろしくね”

「丁寧なご挨拶どうも。クレアって言います。よろしくね」



 そんなほんわか挨拶を交わすブレアとクレア。

 ノートは「そんなことより!」と割って入る。



「何でオレがお前を持たなきゃいけないんだよ!?」

 “うむ、魔素回復には時間がかかる。何年、何十年、何百年かかるか…………流石に何百年眠るのはキツイ”

「その口ぶり、何十年ならいいんだ…………さすが長命種の龍、時間感覚が違うわ」

 “何十年なんて、瞬きじゃよ! とはいえ、回復中は暇なことに変わりない。故に娯楽が必要なのだ!”

「…………つまり、暇つぶしにオレの元へ来たと?」



 心底迷惑そうな表情を浮かべて答えるノート。

 対するブレアは満足げに頷く。



 “うむ! 貴様はへっぽこの癖に、頭の回転が早くて助かるわい! 貴様、いろんな所へ冒険するんじゃろう? ワシもその冒険に付き合おう!”

「ふざけんな! 誰かと一緒なんて御免だぜ!」

「あ〜…………あんたはそうよね」



 クレアだけは納得したような声を出すが、アーサーとブレアは首を傾げる。


 だが、そんな疑問そうな二人(一人と一体)に構うことなく、ノートが言葉を発する。



「だいたい、それならアーサーについていけよ! こいつの方が冒険者のランクが高いから、スリリングな冒険ができるぞ!?」

 “うむ、当然そう考えたんだが…………”

「僕とエレノアさんはクエスト中心だから、冒険とはちょっと違うかな? それに今は王族の仕事もやっているし…………」

 “……とまあこんな感じでつまらなそうだから止めた!”

「知るかよ!他の冒険者でもいいだろうが!」

「いや、ブレアがキミを指名したんだから…………」

 “貴様はいろいろと面倒ごとに巻き込まれていくような気がするからな! それにダンジョンにも潜るならワシにもメリットがある!!”

「あ〜?メリット?」



 ブレアのいうメリットがわからずに訝しげにするノートだが、その答えはクレアが教えてくれた。



「あ、そうか。ダンジョンは魔素が多い空間だから、モンスターたちにとっては過ごしやすい空間だったね。人間で言う空気みたいな」

 “その通り!ダンジョンに潜れば、ワシの回復スピードが早くなる!素晴らしいメリットじゃろう?”

「オレに何のメリットもねぇじゃん!?」

 “何を言う? ワシと共に潜れる、という栄誉があるではないか!!”

「ふざけんな! いらんわ!!」

 “冗談じゃよ冗〜談! これでも多少の力は使える。お主の冒険のサポートができるぞい?”

「…………例えば?」



 ノートの問いかけに応えるように、ブレアの指輪は不気味に光る。

 すると、指輪の宝石から強烈なビームが放出される。


 ビームは一瞬でクラフトホームの屋根を貫通し、天に昇っていった。


 急な出来事に、店内はシーン……となる。



「お、おま………………」

 “ふふん、どうじゃ? 乱発や連続発射はできんが、弱っちい貴様の武器になろう? さらにお前が持っていた弓?と言う武器。あれは闇の属性じゃから、ワシが近くにいるだけで威力が上がるぞい? 凄かろう?”

「そ、そんなことよりもお前なぁ――――」



 ノートの後ろからポンっと肩に手を置く人物がいた。


 クラフトホームのマスターだった。

 その笑顔は穏やかだが、口元がピクピクしている。



「ノート、屋根の修理費、弁償してくれるよな?」

「お、オレじゃなくてこの指輪――――」

「お前がもらうんだろ? なら、お前の責任だ」

「ま、まだそうと決めては――――」

 “まだ文句があるのか? へっぽこの癖にいけずじゃのぉ。何と言おうが、お前さんについていくからな! ワシがサポートするから、もっと強くなれよへっぽこ!”

「頼むからお前は黙ってくれや!………………って、勝手に指にハマるな! この…………ぬ、抜けねぇ!?」



 勝手に指にハマってきたブレアの指輪を全力で外そうとするが、全く抜ける気配はない。


 これでは、完全にブレアの指輪これの所有者は自分になってしまう。



「ははは!ノート諦めなよ! ブレアはキミを気に入ったんだ。キミの強さ・・にね! それにサポートもしてくれるなら、戦闘力に自信がないキミにはありがたいだろう?」

 “感謝しろよ!”

「ノート…………金貨一枚で手を打ってやる。本来はもっとかかりそうなんだからな。感謝しろよ」



 ブレアの押し付けがましい『感謝しろよ』。

 自分は悪くないのに、マスターが賠償金をまけてくれたことを『感謝しろよ』。


 非常に不本意な感謝の強要にノートは卒倒しそうだ。


 アーサーは苦笑いを浮かべる。

 そんなショックを受けているノートを不思議そうに見つめるセリオ。

 うるさい声を出してノートを見て、不愉快そうなエレノア。

 面白そうに、ニヤニヤして見ているマイ。



 そして、クレアは可哀想なものを見る目をしながらノートに優しく語りかける。


 

「あんた…………今この世で一番『呪い』にかかってるんじゃない?」

「うぅ………………ちくしょぉおおおおおおお!!!」



 こうして今回の冒険は終わった。

 そして、さらなる受難が続いていく予感がした。



 ノートの報酬:魔弓ヒュドラス、ブレアの指輪





 ――――小悪党ノートと龍の秘宝  完――――

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小悪党ノートの奮闘記 ゴロー @goro-ten

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