小悪党ノートと龍の秘宝 19



「や、やった……やりましたよ、アーサー様!!」



 エレノアがアーサーに駆け寄る。

 アーサーは肩で息をしながら、膝をついている。


 イストリア流を連続で使い、聖魔法『ホーリーレイ』を制御していたため、肉体的にも精神的にも相当消耗したのだろう。


 だが、その甲斐あって巨大亡霊は倒れた。

 龍種を超える、『災害』とも言える怪物を倒したのだった。



 “む、むむぅ……まさか本当に倒してしまうとは…………”

「あ? 何言ってんだよ、あんたが助言した通りにやっただけじゃん」

 “正直期待しておらんかったからな。いやはや、まことに面白いな、あの男といい、貴様といい…………”

「あっそ………………ってそうだ! お宝!」



 ノートは思い出したかのように叫び、ブレアとの会話を早々に切り上げて『依代』となった木箱のあった場所へ向かっていく。



 “…………ワシを相手しながら、へっぽこの癖にここまで無礼な態度を取れる胆力もまた面白いのぉ”



 ブレアはノートを興味深そうにじっと見つめていた。



 一方、木箱があった場所へ向かったノートは衝撃を受ける。



「な、な、なんじゃこりゃぁあああ!? 粉々に砕けてんじゃねぇかぁ!!?」

「…………当然でしょ? そうしなきゃ亡霊は倒せないんだから」

「跡形もねぇじゃねぇか!! オレが見つけた唯一のお宝なのに! くそ、少しでも価値ある何かがなきゃ無駄骨じゃねぇか!!」



 そう叫んでゴミとなった『依代』の跡を探すノート。少しでもお宝が残っていることを信じたいようだった。


 その貪欲なまでに宝を求める姿に、アーサーは小さく笑い、エレノアは呆れる。

 そうやって皆が気を抜いていた時だった。





 ――――――ィイ!!






 亡霊の胴体だけが起き上がり、顔がないのに奇声が聞こえる。


 そして、驚くことに体が徐々に膨れ上がっていく。



 それはまさに、爆弾だった。



「や、やばい!?」

「ちょっと、どういうこと!?」

「ノート、危ない!」



 アーサーは駆けつけようと考えたが、疲労が溜まってうまく足が動かない。

 エレノアも身体能力的に厳しく、反応もできない。


 この最終局面、勝利確定の段階で、ノート最大のピンチがやってきた。



「って冗談じゃねぇよ!? さっさと逃げなきゃ………………げぇ!?」



 本日何回目の「げぇ!?」だろうか。


 ノートの足を、バラバラになった亡霊の腕が掴んでいた。

 最後の悪あがきだろう。



「くそがよぉ!! 執念深すぎるだろうが! そもそもオレはこの村と全く関係ないだろう!?」



 なんとか腕を外そうとするも、予想以上に力が強くて外れない。



 (くそ〜! ここまで来て、オレが助からないとか…………ありかよ!?)



 そんなことを考えている間に、もう亡霊の体は爆発直前と言える程膨れ上がった。



 もう、間に合わなかった。









 “ふん、やはりへっぽこだったか”




 ブレアが亡霊の腕を切り裂く。

 そして、解放されたノートを放り投げ、亡霊を掴んで上空へ飛び立った。



「グェ!?………………っててて……ぶ、ブレアのやつ!?」

「まさか、ノートを助けたのかい!?」

「呪いの龍…………!?」

 “面白い人間どもよ、貴様らへの借り、これで返したことにさせてもらう! 借りたままでは、龍種としての誇りが許さんからな!”



 猛スピードで亡霊を抱えながら飛翔するブレア。

 既に雲の上まで来ている。



「ぶ、ブレア……ブレアァアアアアアア!!」


 

 アーサーが叫び、エレノアは口を両手で押さえる。

 ノートも流石に表情を曇らせる。



 (もっと早く上へいけ! まだオレが危ないかも!)



 …………こんなことを考えて曇らせていたようだ。

 どこまでも外道な男、ノート。



 “さらばだ! このブレアの勇姿、目に焼き付けておけ!”




 カッ!!!



 轟音、閃光と共に、雲が吹き飛ぶ。

 気味が悪い濁った紫色の爆風が、割れた雲から見える。


 おそらく、亡霊の体内に蓄積していた、最後の怨念だろう。



「ほ、ホーリーレイ!!」



 エレノアは咄嗟に聖魔法『ホーリーレイ』を解き放つ。


 スピード重視の発動なので、非常に弱い。

 だが、少しだけ残った怨念程度ならば消すことができる。



「あ、ありがとうエレノアさん。ナイス判断だね」

「いえ、この程度は……」

「…………まさか呪いの龍に助けられるとはね」



 アーサーは悲しげに眉を下げ、空を見上げる。

 誇り高き龍の最期を、いまだに見届けているのだろう。



「ありがとう、呪いの龍ブレア…………あなたのことは、永遠に覚えておくよ」

「そうですね…………」

「………………お!? あった! 小さいけど、宝石付きの指輪だ! おお、唯一の生き残りよ〜〜!!」

「「………………」」



 なんという空気の読めないことをしているのか…………

 ノートの所業を呆れた――エレノアに至っては害虫を見るかのような冷たい視線をしている。







 “こら! ワシの最後よりも石っころとは、へっぽこは気品もへっぽこなのか!”

「「「!?」」」



 

 聞こえるはずがない声が聞こえて驚くノートたち。



 そこにいたのは、死んだと思ったブレアだった。


 だが、その体は非常に薄い。

 ブレアの向こう側が透けて見えるほどだった。



「ブレア!? 無事だったのかい?」

 “うむ……流石に肉体は無事ではなかったが、あの亡霊の本質が『呪い』であったことが不幸中の幸いだったようだわい”

「……? どういうこと?」

 “肉体は滅んだが、『呪い』のおかげでワシの魂までは壊されなかったようじゃな。同じ本質なので、『呪い』が魂を回復させたようじゃ”

「よ、よくは分からないけど、無事なら何よりだよ!」

「あのままでは、流石に寝覚めが悪いですからね」

 “おお、お前たちはワシの生を喜んでくれるか! 感心感心! ……じゃが、肉体という器がないままでは魂は徐々に消えていく。何か器が必要なのじゃが…………”



 透けているブレアはキョロキョロと器を探す。

 すると、『ある物』が目に入る。



 “おお!? おいへっぽこ! その指輪を見せろ!”

「えぇ!?いやだよ! これはオレが見つけたんだ!」

「子どもみたいなことを言わない! 貸しなさい!」

「あぁ!? やめろエレノア!?」



 エレノアが強引にノートが見つけた残りの宝物――指輪を奪って、アーサーとブレアに見せる。



 “お、おぉ! 思ったとおりじゃ! この指輪には魔力が込められておる! この指輪ならば我が仮の器足り得るじゃろう!”

「え、えぇ? こんな小さな指輪でいいのかい?」

 “仮の器だから問題ない! 魔力が少しでもあれば、我は生きながらえる! ”

「そうなんですね…………龍とは、不思議な生き物ですね」

 “生きていれば、空気中の魔素を吸収していける!そして、やがて体も戻る。何百年かかるかわからんがのう”

「魔素…………魔力の源だね。気の長い話だな〜」

「ちょ、ちょっと待てよ!? 何もう決定事項みたいに話してんだよ! まずは持ち主であるオレの許可を取れよ!」



 いまだに自分のことしか考えていないノートに辟易する一同。

 流石のアーサーも呆れている。



「ノート、これは元はキミのものじゃないだろう?」

「いや、オレが発見したんだから、オレのものだ!」

「そもそも、これだけ大きな事件になったんだから、国が調査のために押収するわよ?」

「……え?」

「呪いの『依代』の一つとして、重要な証拠だからね。ということで、王族権限で没収しま〜す」

「あ、あぁ〜!?」



 エレノアから指輪を受け取ったアーサーは、指輪をブレアに掲げる。



「キミには助けられた。キミがいなければ、僕たちは死んでいたと思う。だから、せめてもの恩返しとして、この指輪をキミに渡そう」

 “……良いのか? ワシもお前たちに借りがあったのだが?”

「それはさっきの爆発から守ってくれたことで返してもらったでしょ? これはそれ以前に助けてくれた恩さ!」

 “………………ふっ、真におもしろき男だ。ならば、恩を返してもらおう!”



 ブレアは手を指輪にかざす。

 すると、指輪は光り輝き、ブレアを吸収していく。



 “では諸君、またいつか会おう!”



 魔力のこもった指輪に完全に吸収され、ブレアは消えた。

 だが、指輪からはブレアの存在を感じる。生きていることはわかる。



「…………これにて、一件落着だね! さ〜て………………あれ?セリオくん?」

「……………………」

「……どうやら気絶しているみたいですね。まあ無理もありません。龍と龍種以上の亡霊なんて大迫力の戦闘が間近で繰り広げられていたのですから」

「あ〜そっか。戦闘経験がないセリオくんや村の人たちには耐性ないか!」

「そうですね。我々で介抱しましょう。村人たちも、無事な人たちはいるみたいですから…………ノート、あなたも手伝いなさい!」

「…………オレの…………指輪ぁ…………」

「まだショックを受けているの? 女々しいわね、ここまで大ごとになったのよ? 王族から褒賞とかもらえるかもしれないでしょ?」

「!!? ほ、ほんとか!?」

「ここで手伝えば、可能性は上がるわよ?」

「っしゃぁあああ! オラオラ、セリオ起きろオラァああ!!」


「…………エレノアさんも、ノートの操作がわかってきたねぇ」

「ええ、奴の性格がわかってきたので」





 この後、アーサーとエレノアを中心に村人たちの介抱や死亡した者たちの弔いを行った。

 一通り収束の目処が立ったところで、アーサーたちは王都へ帰り、今回の件を報告。


 あまりにも大きすぎる事件に、報告を聞いた者たちは騒然となった。

 そして、アーサーを中心に事件の調査と、後始末がキルリア国も絡んで行うこととなった。



 

 こうして、何百年も続いたブレア村の呪いと生贄の事件は、これにて幕を閉じた。







 *****







 キルリア国 冒険の町 ウィニストリア


 

 ブレア村の騒動が終わって数日が経過した。

 ノートは今、職人クラフの工房に来ていた。



「どうだ、クラフのおっさん?」

「う〜む…………おいらも長げぇこと職人やってきて、いろんなアイテムを鑑定してきた。だけど、魔剣の類を鑑定するのは数えるほどしかねぇよ」

「御託はいいよ。それで?」

「ああ、結構な年代物の魔武器だ」

「魔武器?」

「文字のまんま。魔法による特殊な武器、さっきも言ったが魔剣が代表だな。この魔弓ヒュドラスもその一つだ」

「そんなのもう分かってんだよ! それで、これはいくらだ?」



 ノートに急かされてクラフは色々な角度から観察する。

 弦を弾いたり、禍々しい本体を叩いたりして鑑定し、結論を伝える。



「専門じゃねぇから断言できねぇが、最低でも金貨百枚…………下手すると千枚いくかもな」

「ま、マジで!? おっしゃぁあああ!! 歴代最高の宝だぜ!!」



 両手を天に突き出して歓喜の声を上げる。

 そんなノートにクラフは待ったをかける。



「ただ、それは正規ルート・・・・・で入手した場合だ」

「………え?」

「お前、これ裏クランの連中から奪ったって言ったよな? だとしたら非合法の品だ。売買した時点で即逮捕、シャバとバイバイしちまうよ………………お、『売買』と『バイバイ』がかかった! うまいこと言ったな、おいら! ガッハッハ!」

「くだらねぇギャグはどうでもいいんだよぉ! それって………………これ、無価値ってこと!?」

「あ〜…………入手方法が悪かったな。お前さんの運の悪さを恨め」

「で、でも、入手ルートなんてわかんないだろ?」

「大金払って買うような奴は、用心のためにその品が問題ないか徹底的に調べることは多いぜ? それでもいいなら売れば? ちなみにおいらなら絶対に買わない」

「く、くそ! 結局何も報酬なしじゃん! 国からも褒賞なんてもらえてないし!」



 エレノアの嘘つき……と肩を落とす。

 あれだけ必死の思いをしたのに、結局ノートは何も手に入れていなかった。


 ブレアが封印された指輪はアーサーに押収され、ブレア村のコソ泥もやる暇がなかった。

 最後の頼みだった魔弓もハズレ…………ノートはショックで動けなくなった。


 そんなノートに、「やれやれ」と言ったように呆れながら、クラフが何かを差し出した。



「仕方がねぇな…………ほら、これ」

「あん?………………なんだよ、金貨一枚なんか出しやがって、嫌味か?」

「違うわい! …………お前さんにやる」

「!? マジ!?いいの!? やったぜぇ!………………でもなんで?」



 ノートの疑問も当然だった。

 貰う理由がない。貰えるなら貰うが、理由がわからないのは気味が悪い。


 クラフは少し照れながら答える。



「…………セリオって知っているだろ?徴税官の。あれ、おれの倅なんだよ」

「………………えぇ!? この間言っていた役人になった息子…………セリオのことかよ!」

「あぁ、あいつから聞いたんだよ。お前やアーサー様たちに助けられたって。まさかお前みたいな小悪党に倅と未来の嫁さんが救われるなんてな」

「うわ〜…………顔似てねぇ〜………………でも今思えばおかみさんに似てたかな? セリオめ、運が良かったな〜」

「ほっとけ! まぁ、なんだ、その…………一応礼だ。受け取れ!」

「サンキュー! でも息子の命を救ったんだから、もっと奮発しろよ」

「ず、図々しいんだよ! お前よりもアーサー様に礼がしたいんだ! おこぼれが貰えただけありがたく思え!」

「何だと!?」

「用が済んだら帰れ! おれはこれから王都引っ越しの準備で忙しいんだ!」

「引っ越し〜?」



 ノートが訝しげにクラフを見る。

 クラフのようなガサツな職人が、都会である王都に引っ越すことが似合わないからだ。


 そんなノートの心情を察知したのか、得意げな表情で答える。



「セリオが恋人と同棲するんだとよ! それで恋人が都会に慣れないから、おいらにいろいろとサポートして欲しいんだとよ!へへへ、おいらも『してぃぼーい』の仲間入りだな!」

「黙れよ『カントリーオールド』! おっさんも慣れてねぇだろ!」

「へへへ、僻むなよ! 自慢の息子と美人の娘との『してぃらいふ』! 楽しみだなぁ!羨ましいだろ!」

「ケッ、あほらし!これ以上ここに居ても意味ねぇや!じゃな、クラフ!親子揃って・・・・・痛い目見るなよ!」

「?」



 そんな捨て台詞を残して工房を乱暴に出ていくノート。

 その言葉の意味を、クラフは理解できずに首を傾げたのだった。



 

 *****




 酒場『クラフトホーム』



 クラフと別れたあと、ノートはいつものように酒を飲みに来た。

 手に入れたクラフの報酬で憂さ晴らしに飲みに来たのだ。


 しかし、それは叶わなかった。



「…………なんでお前らがいるんだよ」

「なんだいノート、そんなにブスッとして?ここは酒場だよ?パァーッと楽しく飲もうよ!」

「そのつもりだったよ、先までは…………お前ら今忙しいはずだろうが」

「たまには息抜きがしたいのよ。王都よりも、ここのほうがアーサー様も私もゆっくりできるの」

「そう言ってくれると嬉しいです!エレノアさん!」

「ふふ、ありがとうクレアさん」



 もう常連になりつつある、アーサーとエレノアがいた。

 さらに…………



「で、お前たちも何でいるんだよ?」

「いろいろと落ち着いたので、正式にみなさんにお礼をしたく、アーサー様に相談したところ…………」

「ここで奢ってもらおうってわけ!」



 今回の騒動を持ち込んだ張本人、セリオとマイも来ていた。



「ノート殿、途中途中思うところはありましたが、お礼をさせていただきます。あと、父がお世話になっていたようで…………」

「ああ、さっきお礼もらった。あんたクラフのおっさんの息子だったんだな。似てね〜」

「ははは、私は母似ですからね。これからは父と一緒に王都に住みますので、もし王都にいらっしゃたら案内しますよ?」

「…………気が向いたらな」



 王都は人が多すぎるので、正直いく気はサラサラなかったが、社交辞令として答えておいた。

 ノートの答えに満足したのか、「ここは奢りますので、楽しんでください!」っと言って、アーサーたちの元へ向かっていった。



「…………まぁいいか。ってことは金貨一枚分浮いたな! よ〜しクレア、まずはエール一杯!」

「はいはい、あまり飲みすぎないでよ?」

「あれれ? 心配してくれてる〜クレアちゃ〜ん!」

「あんたが粗相した時、誰が処理すると思ってんだ? あっ? 店員である私じゃないのか? お?」

「………………すみません」

「わかったら大人しく待っとけ」



 日頃の行いのせいで、ノートへのあたりだけが強いクレア。

 エールの準備をしに奥へと引っ込む。


 少しシュンとして待っていると、マイだけ戻ってきた。



「…………なに? オレに何か用事?」

「な、なぜ元気がないのですか?………………私からもお礼をと思いまして。ノートさんは生贄の代わりにもなってくれて、危険な目に遭って…………本当にありがとうございます。ノートさん、Eランク冒険者なのに、アーサー様たちと同じくらい頼りになりました!」

「………………ふ〜ん」



 マイはノートを褒めるが、ノートは無感情な顔でマイを見る。

 そんな顔で見られたことがなくて、どう反応すればいいか分からずに戸惑うマイ。



 そして、ノートは冷めた目でマイに言う。



 

「…………で、どこまでが思惑通り?」


 

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