後編

 一週間後、お城から使いが来ました。

舞踏会で出会った女性が素性不明で、王子様の結婚相手の決め手に欠けるため、足のサイズで決めるとのことでした。


足のサイズで決めるなど、前代未聞でした。


 あの時の招待客は爵位のある娘たちばかりでしたのに、家柄すらも無視するのでしょうか。

国王様の考えも、王子様の意向もわかりかねます。

「足のサイズでなにがわかるのかしら」

妹は訝しがり、私も少し気味悪く思いました。

お使いの人は恭しく箱を持って来ると、蓋を開け、金色の靴を取り出しました。

「この靴にぴったりの娘を連れて来いとのお達しです」


 見るからに贅沢なつくりの金の靴。

足の甲を入れるところが狭く、先も細い。

私の足では、入ったところで靴ずれを起こし、一歩歩くたびに締め付けられ、痛くて動けないことが容易に想像つきました。

「私には無理です」

見ただけで辞退した私に、義妹が駆け寄ってきました。

「お姉さま、試して見なければわからないのではなくて?」

彼女は目を輝かせて見つめてきました。

「いいえ、無理なのは一目でわかります。私の足では履きこなせません」

「お姉さま、この靴で歩けとは言われていませんのよ。履ければよろしいのですよ」

彼女の囁きが、なにか怪しい響きを帯びていました。

「私はいいわ。あなたたちが試してちょうだい」

私は妹と義妹に勧めました。

たとえ靴が履けたとしても、あの夜の女性は私ではないのです。

王子様があの女性に夢中だったことは、あの場にいた誰の目にも明らかでした。

それがわかっていて自分が名乗り出るのは、あまりいい気がしませんでしたから。


 妹は金の靴を触ると、恐る恐る足を入れました。

「あ……は、入った……?」

城からの使いは妹の足を舐めるように見つめ、ぴたりと入っていることを確認すると、妹を馬車に連れて行きました。

「えっ!? ほ、本当にこんなことで決めてしまうの……?」

連れて行かれる妹は、驚きと不安で何度も私たちを振り返り、心配になった母が一緒に同行していきました。


 家に残った私と義妹は、しばらく無言で立っておりました。

これから家はどうなるのでしょうか。

妹が王子様と結婚するとしたら、私たちは国王一家と親戚になってしまいます。

私たちでは家格の維持もままならないところですが、国王様はどうお考えになるでしょうか。


「お姉さまはつまらない方ですね」

義妹がつぶやきました。

「夢がないのですね。お母様も下のお姉さまも、今の生活に馴れきってしまって、向上することを簡単に諦めておしまいになる。自分たちが掴める幸運が鼻先にぶら下がっていても、積極的に掴もうとなさらない。終わってるわ」


彼女の言い草に、私の顔は熱くなりました。

「あなたから見たら、私たちは惨めな生活を平気でしているように見えたかもしれないけれど、一家離散したり飢え死ぬよりは、貧しくても生きながらえることを優先しているのよ。あなたはそんなに贅沢な生活に未練があるのね」

「当然ですわ。私に限らず、誰でも今以上の裕福な生活を望んでいると思いますけれど」

「そうかしら。そんなにおっしゃるのなら、あなたがお付き合いされてる仕立て屋の男性は、贅沢な暮らしをさせてくれそうな方なのでしょうね」

私が皮肉を込めて言うと、義妹は弾かれたように笑いだしました。

「いやだわお姉さま。彼はお友達です。針仕事がとてもお上手で、不器用な私を何度か助けてくださったので、仲良くお話していただけですわ」

「お友達……? おかしいわね。気安く髪に触らせたり、口づけして抱き合ったりする男性が、ただのお友達だなんて。爵位を気にする誇り高いあなたにしては、ずいぶん安売りなさること」

私の言葉に、彼女は静かに微笑むと口の端を吊り上げた。

「いいえ、お姉さま。自分の価値は自分で作るものです。金品の授受だけがすべてではありませんのよ」


 彼女が言い終わった時、家の外で物音がしました。

玄関口に出ると、先ほど城に向かっていた馬車が止まっておりました。

なにかあったのかと近づくと、扉が勢いよく開きました。


 中から両足首を切断された妹と、両目を傷つけられ顔が血まみれになった母が蹴落とされました。

「なにがあったの!?」

私は二人を抱き起しましたが、二人とも訳の分からない叫び声を上げてばかりでした。


「この娘と母親は嘘をついたのだ」

使いの者は冷たく言い放ちました。

「自分たちが、王子様の探していた人物でないとわかっているにも関わらず、靴が合っただけで偽って名乗り出たので、処罰された」

「なにをおっしゃって!? 妹は自分から名乗り出たりなどしなかったでしょう! 靴のサイズが合ったと知った途端、そちらが無理矢理馬車に乗せたのです!」

「我々は『靴のサイズが合った娘を連れてこい』としか指示を受けていない」

「なんて詭弁をおっしゃるの! そんな一方的なやり方で処罰なさるなら、誰も靴など履きませんわ!」

「我々は確認して連れてこいとだけしか承っていないのですよ。あなたのように辞退する者には関知しない」

「こんなやり方、まともな統治者のすることではありませんよ」

「貴様、国王様を愚弄するのかッ!」


 使いの者が激高し私の髪を鷲掴みにした時、「お待ちになって」と義妹が前に出ました。

「お姉さまはご辞退されましたけど、私はまだですの。試してみてもよろしいでしょうか?」

彼女がふんわり微笑むと、使いの者は顔を緩ませ、箱の中から金の靴を取り出したのです。


止める私を無視し、義妹はするりと靴を履いてしまいました。

ぴったりでした。

青くなる私の顔を見て、義妹は冷たく微笑むと口を開きました。

「お姉さま、本人であれば、問題ないのでしてよ」

そう言うと、彼女は使いの者に促されるまま、馬車に乗って行きました。


 外に放り出されていた血まみれの母と妹を何とか部屋に運び、窓の外を見ると、家の前で一人の男が佇んでおりました。

見ると、義妹と仲良くしていた仕立て屋の男でした。

「……さっきの馬車に乗ったのは、彼女でしょうか……?」

呆然とした顔で呟く彼に、私は答えました。

「ええ、あなたと親しくしていた妹です」

それを聞くと彼はがっくりと肩を落とし、下を向いてぼそぼそと言い出しました。

「ああ……そんな気はしてたんだ。やっぱりあの日、お城に行っていたんだ……」

気の毒になった私は、彼を家の中に招き入れました。

詳しく話を聞こうとお茶を出すと、彼は一口飲み、また落ち込みました。

「お姉さん、お茶淹れられるんですね。……しかも、美味しい。お姉さんたちは家事一切できないから、彼女に押し付けてたというのも嘘だったのか……」

私は舞踏会の夜、なにがあったのかと尋ねますと、

「あの日は煤まみれでボロボロになったドレスを持って来て、『お姉さんたちがドレスを破いて、暖炉の中に撒いた豆が全部取れるまで外出禁止だと言われた』と彼女が泣きついて来たんです。前から最高級品のドレスを一度は着てみたいと言っていたので、少しでも舞踏会気分を味わってもらおうと、僕は一番いいドレスをこっそり彼女に貸してあげたんですよ……」

「あの子はそんなことを言っていたのですか」

「お化粧して、しばらく鏡の前で楽しんだら気が済むだろうと思っていたんですが、そのうち扇なんかも手に取って雰囲気を味わいたいと言っていたので、小物を探している間に、彼女は消えていました」


 なんという手腕でしょう。これは詐欺です。

彼女は、彼女を大切に想ってくれている男性を欺いて、自分の都合に利用したのです。

「そんなことになっていたなんて、私たちまったく存じ上げなくて……申し訳ありません」

「いいえ、僕には過ぎた夢でした……。あんなに綺麗な彼女が、僕に……」

そう言うと、彼はぽろぽろと涙をこぼしました。

私は堪らず、彼の手を握り、一緒に泣いてしまいました。

こんなひどいことが平気で行えるなんて、彼女の『向上心』とは、どんなに恐ろしいものでしょう。


 数日後、城に行ったきり戻ってこなかった義妹がお城の馬車に乗って家に来ました。

「今後のことについて、お話がしたいのです」

怪我を負って、思うように動けなくなった母と妹は寝室に寝かせたまま、私はひとりで彼女と対峙いたしました。

「この家はもともと亡くなったお母さまのもので、お父さまが間接的に引き継いで、いずれは一人娘の私の財産だったのですけれども。残されたお姉さまたちは今後の生活が大変でしょうから、すべて進呈いたします」

彼女は微笑み、白々しく言い放ちました。


「私はいずれ妃になります。お母さまに売られた元の領地は買い戻していただけることになりましたので、ご心配には及びません」

私は親切でしょう、と言いたげな彼女の顔を見ていると、私は抑えられなくなりました。

「あなたを想って力を貸していた彼はどうするおつもりなの? まさか、何もなかったことにするおつもり?」

彼女はピクリと片眉を上げると、口の端を吊り上げました。

「なにをおっしゃっておられるのか、私にはわかりかねますわ。爵位ある家の娘が、平民の男と親しくなることなど、あるわけがございません。私が異性として意識したことは一度としてございません」

「恋人がするようなことをしていたのなら、それは勘違いではなく、あなたが仕向けたことなのよ! 爵位だのなんだのおっしゃるまえに、人としてご自分の行いを恥じなさい!」

堪らず叫んだ私に、義妹は少し困ったような顔をいたしました。


「……昔からお姉さまは生真面目で、お世辞にも要領はよろしくありませんでした。それでも、その正直さや公正さについては、一目置いておりましたわ」

「いちも……、やはりあなたはずっと私たちを見下していたのね」

「生まれ育ちもあまり高貴でない方たちですから、上に立つ者として寛大に見るよう、亡くなった父からは言い含められておりましたのよ」

「あなたのように生まれ育ちが恵まれた方でも、性根が腐ってしまうということが、よくわかりました」

「なんとでも、お言いになってくださいませ。……あまり本をお読みにならなかったお姉さまにはわからないことかもしれませんが、昔から高貴な血は『青い血』と呼ばれておりましたのよ。色の意味ではなく『冷たい血』ということですわ。支配する者は何事も動じず、汗もかかない。下々の血がいくら流れようとも、なんとも思わないことが、統治者としての素質です」


 ふふっと彼女は笑い、立ちあがり玄関に向かうと、一度こちらを振り返りました。

「そうそう、お姉さま。城下に、私と恋仲だったと吹聴していた者がいたのです。あまりに不敬ですから、王子様は公開処刑なさいましたの。……お姉さまの勘違いを正しておかなければ、お命が心配ですわ」

そう言って、彼女は城へ戻って行ったのです。


 あの子は、あの娘は悪魔です。性悪です。

あの娘は魔女です。

一国の王妃になど、すべき人間ではありません。

どうか、お裁きを。

お願いします判事様。

義理の妹に、神の裁きを与えてください。

私は恐ろしい。


――あの娘の名前? シンデレラ。

自ら灰を被って周囲を欺いた娘は、シンデレラでございます。

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