禁書探しの依頼

禁書探しの依頼

 店の扉を開けて二人の男が入って来た。

 一人は筋肉質の大男。とぼけた顔でキョロキョロと店内を見回している。雰囲気が苦手で落ち着かない、といった具合だ。

 もう一人は真逆で落ち着き払っている、黒いローブを着た男だ。もう一人が筋骨隆々で目立たないが、その身は引き締まり、脱げば贅肉のない筋肉を纏っていることが想像出来る。背丈も高い部類だが、隣にいるのが大男なだけに小さく見えてしまう。

「おいおい、何か狭いし、棚は隙間だらけだぞ。大丈夫か?客も居ねえみたいだし。」

 大男は不躾な台詞セリフをサラリとこぼす。身体と比例して、その声もデカい。

「……」

 ローブの男が大男を無表情で見つめる。

「いらっしゃいませ。」

 そんな二人にそう声をかけたのは、白と黒のスーツに赤の蝶ネクタイ、両手に白い手袋をした、一見執事かバーテンダーかといった感じの年配の男だった。

「…えーっと、ここは本屋だよな。」

「左様で御座います。」

 大男の質問だか、独り言だかわからない言葉に、年配の男は柔らかい笑顔を見せてそう答えた。大男の質問通り、本屋とは少しイメージの違う格好をした男だった。

「あんたが店主か?」

「はい。わたくしはこの本屋のあるじ、スタンと申します。」

 ローブの男の質問に、年配の男、スタンがやはり柔らかい笑顔を見せて答えた。

「実はある本を探しているんだが…」

「何かありそうにねえぞ……」

 ローブの男の質問に、大男がかぶせるようにして呟く。やはり声がデカい。そして失礼な事を言っているのに、悪びれた様子が全くない。それでいて、どこか憎めない雰囲気を醸し出している。

「……」

 大男の様子に、ローブの男は黙って腰に下げた革袋から緑色の魔法石を取り出し、即座に唱える。

「沈黙。」

「―⁉――⁈――‼」

 大男が驚いた表情で口をパクパクさせるが、大男の言葉は全く発せられない。ローブの男は無表情だ。いや、少し口の端が上がったように見えたのは気のせいか。

 ローブの男は店主のスタンに向き直り、話を続けた。

「俺達は最近この街に来た冒険者なんだが、本探しの依頼を受けて町中の本屋を周ってるんだ。」

「左様で御座いますか。御本のタイトルはお判りでしょうか?」

「ああ。」

 そう言ったローブの男に、大男が遠慮気味に肩を指でつつく。その表情は反省しました。術を解いてくださいと訴えかけている。

「…戻せ。」

 ローブの男はやはり無表情で短く唱えた。

「あ、あ、あー。!」

 声が出る事を確かめて、大男は無邪気にはしゃいだ。

 ローブの男はそんな大男を放っておき、スタンに向き直り、顔を近付け小声で囁く。

「で、どうやら禁書のようなんだが…」

 囁かれたスタンは大仰に驚いた表情を見せ、こう答えた。

「生憎、当店ではそういった御本は扱っておりません。」

「…そうか。」

 それを聞いて、ローブの男は短く答える。しかしその視線は油断なくスタンを捕らえ、その言葉が嘘かどうかを判断しているようだった。

 スタンはそれを笑顔で見返す。動じた様子は全く窺えない。

「なら、情報はどうだ?禁書を扱っている店や人、知っていれば教えてもらいたいんだが。」

 ローブの男の質問に、スタンは非常に残念そうな表情を浮かべてこう答えた。

「残念ながら存じ上げません。」

「だから言ったじゃねえか。この店に禁書なんか…!」

 スタンの返事に即座に呟く大男に、ローブの男が口の端を少し上げた笑みを浮かべると、大男は慌てて口をつぐみ、掌をローブの男に向けてバタバタと振った。

 ローブの男がスタンに向き直ると、スタンは二人のやり取りが面白いというように笑みを浮かべていた。そしてローブの男が向き直ったことに気付いて、ニッコリと微笑んだ。

「存じ上げませんが、わかるかもしれません。」

「……」

「ん?どういう事だ?」

 ローブの男は黙ってスタンを見返し、大男はやはりデカい声で呟いた。

 スタンは胸ポケットから鍵を一つ取り出すと、店の奥にある店には不釣り合いなほど大きい机の引き出しから、一冊の本を取り出し、机の上に置いた。そして机の前に置かれた椅子に座るよう、手を椅子に向けた。

 ローブの男がそれに従うように座り、大男は興味津々といった具合で、机に両手を突いて、置かれた黒い少し厚めの本を眺める。

「今回はお近づきの印に、サービスとさせて頂きます。」

 スタンはそう言うと、本に左手をかざし、右手は中指と人差し指を立てて、そっと口元に持っていく。目を閉じ、何事かを唱える。

「――」

「!」

 本がその言葉に応じたかのように、ガバッと勢いよく開くと、最初は何も書かれていなかった真っ白なページに、文字が浮かび上がってきた。

「何だ⁉魔法か⁉」

 大男が驚いた様子でそう声を上げる。

「いや、精霊語ルーンだ。精霊使いか。」

 ローブの男が冷静に、返事とも呟きとも取れる言葉を口にする。

「はい。私は文字の精霊、リーボを使役出来ます。」

「……」

 スタンの返事に、ローブの男は無表情でスタンを見返す。

「何だ?占いみたいなもんか?当たるのか?」

 大男の言葉に、スタンはこう答えた。

「大抵の事は御返事出来ますが、残念ながら万能では御座いません。」

 そして、大仰に頭を抱えてみせる。

「ガハハ、早速いいわけか⁈」

 面白そうに大男がそう口にすると、スタンはニッコリと微笑みこう答えた。

「いえ。万能ではないと、事実を申し上げただけで御座いますよ。ラース様。」

「!」

「ガハハ、そうかそうか。ガハハハハ……」

 ローブの男はピクリと眉を上げ驚き、大男は名乗ってもいない自分の名を呼ばれた事に全く気付かずに大声で笑っている。

「…ん?俺名前言ったっけ?」

 しばらく笑っていた大男、ラースがようやく気付いたというようにそう呟いて首を傾げた。

「店主。本の在処もわかるのか?」

 ローブの男がそう訊ねると、スタンはニッコリ微笑みこう答えた。

「先程も申しました通り、万能では御座いません。まずは、御本のタイトルを…スート様。」

「オーッ!すげえぞ!お前ぇの名前も当てちまったぞ!」

 ラースがローブの男、スートの肩をバンバンと叩きながら素直に驚いている。

「うーん、…!俺達がどう出会ったかとかもわかるのか⁈」

 ラースがしばらく考え込み、良い事を思いついたというようにそうスタンに訊ねる。

 スタンはしばらく本を読み、微笑ましい笑顔を見せる。

「居酒屋の前で決闘ですか。フフフ、ラース様はこっぴどくやられたようで御座いますね。」

「!オーッ!また当てちまったぜ、スート!」

「……」

 肩をバンバンと叩き続けるラースに、スートは無表情で、ラースに顔を向ける。

「⁉」

 一瞬ビクリとして、ラースは手を止め、シュンと黙る。

 その後は禁書のタイトルを伝え、有用な情報をスートとラースは手に入れた。

 二人はスタンに礼を言って、店を後にしようとするが、スートが何かを思い出したように立ち止まり、スタンを振り返ってこう訊いた。

「こいつが俺の事をどう思っているかわかるか?」

「スート⁉」

 慌てふためくラースの声を、先刻と同じように魔法で奪うと、しっかりスタンの答えを、スートは口の端を上げた笑みを浮かべ、ラースは顔面蒼白といった具合で両手で頭を抱えながら聞いて、店を後にした。

 ラースがその後、困り果てたようにスートにいいわけを繰り返したことは言うまでもない。

 スートはやはり口の端を上げた笑みを浮かべていた。それはどうやってこの先この事でラースをイジメてやろうかと企んでいるように見えた。

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