かぐや様は小説家 ―弁解篇―
藤光
いいわけ
KAC2023、7つめにして最後のお題は「いいわけ」である。
お題が発表されてから締め切りまで丸二日。世界中のカクヨム作家たちが、どんな小説にしようかと頭をひねっているKAC月間。
ここ月の神殿に住むカクヨム作家のカグヤ・ツクヨミの夫婦は、月面にやってきた意外な来訪者に驚いていた。
☆
「藤光がやってきたって? いったいどういう風の吹き回しだろう。アイツがこんなところにやってくるなんて」
カグヤは怒っている。
「う~ん、どうしてだろうね」
ツクヨミは考え込んでいる。
「カクヨム学園では同窓だったかもしれないけれど、藤光はあたしなんかとちがって、立派な書籍化作家さまだろ。原稿の執筆に忙しいはずじゃないか」
「そうか。そうだったね」
カグヤとツクヨミの夫婦は、無尽蔵にある月面の退屈な時間を小説の執筆に当てている。作品発表の場は小説投稿サイト「カクヨム」。しがない自称Web作家である。いまふたりを月面に訪ねてきたのは、小説家養成学校「カクヨム学園」の同窓生、藤光らしい。
「そうだったじゃない。あたしたちをネタにした小説で書籍デビューしたんだからね。忘れられるもんじゃないわよ」
「あー。『かぐや様は小説家 ―純情篇―』ね。あれは面白かったなあ」
「ツクヨミもWeb作家なら、おもしろがらずに、くやしがれっての!」
――書籍化作家なんて、いっときのことさ。
声と共に、カグヤたちのいる神殿にひとりの男が現れた。
「藤光!」
「やあ、ふたりとも元気そうだね。いつぞやはどうも」
カグヤたちの同窓生、藤光だった。
「ひさしぶり……にしても、ずいぶん藤光は変わったねえ」
「うん、なんだか、痩せたようにだし元気がないね」
「ははは……元気もなくなるってもんだよ。じつはね――」
なんだか元気なく、疲れて見える藤光は話し始めた。
☆☆
書籍化のときは、ほんとお世話になったね。ありがとう。
カグヤが「あたしのことネタにして」って怒ったらしいね。ごめんよ。いつかきっと埋め合わせはするからね。でもいまはちょっと、難しいんだよ。
書籍化作家だなんて言って持ち上げられるのは、いっときのことだよ。世間はすぐにそんなこと忘れてしまうし、出版社だって二作目の出版を約束してくれたわけじゃないからね。印税生活なんて夢のまた夢だよ。え、いや、原稿は書いているんだけどね、編集からボツをくらってばかりいるのさ、世知辛い話ですまないねえ。
いったように二作目がなかなか出版してもらえないから、作家専業はあきらめて仕事をしながらWeb小説を投稿しよう、もう一度賞を狙おうと考えたんだけどね。それが裏目にでちゃってさ。執筆する時間がとれなくなっちゃったわけ。そう、よりにもよってブラック企業に就職しちゃったんだ。
夜の9時、10時まで働くのはざらでさ、寝る時間を確保してたら、小説を書く時間なんてとれやしないの。でも、投稿しないとWeb作家でいられなくなるから書こうと頑張るんだけど、一日に30分や1時間じゃ書ける分量も、クオリティも低くなっちゃって。ただでさえ更新が少なくて読まれないのに、質量ともに低くなっちゃ致命的だろ。壊滅的に読まれなくなって。。。
いやもう、仕事をやめようかとも思ったんだけど、去年からのインフレで蓄えがなくなっちゃったんだよ。いま無職になるのはリスクが高いだろ。やめるにやめられなくて。
おかげて、Web作家としてのおれはボロボロなんだよ。カクヨムコン8の中間選考みた? おれの名前なかったでしょ。
さすがにショックでさ。仮にも元書籍化作家だよ。いくら執筆の時間が取れなかったとはいえ、中間選考すら通過しないだなんて……。
旧作に新エピソードを追加する形で参加したんだけどね。新作と違ってPVが集まらないのよ、絶望的に。新作を書く時間がないから仕方がないんだけどさ。☆やレビューを集められないということは、読者がいないってことだろ。打ちのめされたなあ、もうおれはだめだ。
それといま、KACが開催されているだろ。KACも目を覆うような結果でさ。ぜんぜんPVが伸びやしないの。こっちは新作を上げてるんだけどね、もちろん。それでもダメ。
原因はふたつ。
ひとつ目は、内容がしょぼいこと。おれってスマホで文章を打ちながらあれこれストーリーを練り上げていくタイプじゃん。あ、知らないか。そうなの。以前は通勤電車の中でそれができてたんだけど、いまはクルマ通勤だろ。ぜんぜん小説が練り上がらないんだよ。結果、駄作のオンパレード。嫌になるよ。
ふたつ目は、ほかのカクヨム作家さんの作品を読む時間がないこと。カクヨムコンだってKACだって結局は☆とレビューの数でしょ。日ごろ仲良くしてる作家さんとの読み合いや、感想のやりとりの中で生まれる新規読者さんの獲得は必至なわけ。それがね〜時間がないとコメントつける時間が取れないんだよ。結果的に今回のKACでは☆の数が激減してる。
えっ、最後のお題が発表されてるって? もうどうでもいいよ、そんなこと。KACを皆勤したところで300リワードにしかならないんだぜ。300リワードごとき、焼石に水さ。もう書くのやめようかな。
☆☆☆
「いったいなんなのアイツ。ひとしきり【いいわけ】めいたことを吐いたと思ったら、帰っちゃった」
カグヤの言うように、神殿にはすでに藤光の姿はない。
「だれかに胸のうちを聞いてもらいたかったんじゃないかな。わかるよ藤光の気持ち」
同性のよしみか、ツクヨミは藤光に対して同情的だ。
「ふうん。あたしにはわかんないや。ところでツクヨミは、KAC最後のお題――書き上げた?」
「まだだよ。げっ、あと4時間しかないじゃん。どうしよう」
KACの〆切は、今日は11時59分だ。
「仕方がない。藤光のことを書こう」
「え」
「たくさん言い訳していったじゃない。ちょうどいいわ。ネタにしちゃえ」
「だって、カグヤはさっき『あたしをネタにして』って怒ってたじゃないか」
「だから仕返しよ。今度はわたしが藤光をネタにして書籍化作家としてデビューを目指すわ!」
「ひどい……」
月の神殿には住むカグヤとツクヨミのWeb作家夫婦は急いでパソコンに向かうと、KACに向けた最後の作品を打ちはじめた。
KAC20237タイトル『かぐや様は小説家 ―弁解篇―』
(了)
かぐや様は小説家 ―弁解篇― 藤光 @gigan_280614
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