気になる同期

井上 幸

気になる同期

── なんでこんなことになってんの? 前回まで問題なんか起きてなかったでしょ。担当が君になってからだよね?

── 申し訳ありません。


 フロア中に響く怒声と謝罪。関係者以外、いや発生源である彼ら二人以外はぴりついた空気に息を潜めている。

 チームも部署も違うが、責められている方の彼は僕の同期だ。顔を見れば挨拶するくらいの仲。

 仕事は二人以上のチーム制のはず。にも関わらず彼だけが責められているということは、大規模チームのリーダーなのだろうか。何にせよ事情も知らない僕にはどうすることもできなかった。

 それにしても。同じチームの人間は何をしているんだろう。言い返すことは出来ないにしろ一緒に並ぶくらいは、と考えたところで腑に落ちる。そもそもこの叱責自体が無意味なのだ。


「もったいないよな」


 ぽそりと隣の席で呟かれた声に、視線は向けず頷きだけで同意する。

 問題の解決にも、次のための改善にもならない、ただの小言を聞くだけの時間。ぴりついた空気に感染して増えていく周囲の細かなミス。希望も見えず下がり続けるチームのモチベーション。そして、言い訳のひとつもしない彼。本当に、もったいない。

 何故。辛くはないのか。悔しくはないのか。無関係な僕の方がよっぽど感情を乱している。

 集中力も途切れ、気分を変えようと席を立つ。幸い休憩コーナーには人影もなく、ほっと息を吐いてミルクティーを買った。カコン、と軽い音がして、取り出し口に身を屈めると。


「あ、お疲れさま」

「…… お疲れ」


 さっきの同期が入ってきた。一瞬、何と声を掛ければ良いのか分からなくなったが無難に返す。けれど、微妙な空気を感じ取ったらしい。同期はへにゃりと眉を下げて口を開いた。


「なんか、ごめんね」

「…… あんな好き勝手言われて、悔しくないの」


 つい、口が滑った。


「あはは、やっぱり聞こえてたか」

「笑いごとじゃない。聞いてるこっちが苛々するんだよ」


 うん、と一つ頷いて彼はもう一度ごめんねと呟いた。溜息が溢れる。軽く頭を振って、別の話題を振ってみた。


「なぁ、ミルクティー好き?」

「え、まぁ。好きかな」


 きょとんとした顔に、ふっと笑いが込み上げる。ぴっとボタンを押して追加で買った熱い缶をその胸に押し付け、僕はそのまま戻ることにしたのだが。すれ違いざま、腕を掴まれる。


「待って。えっと、ありがとう」

「…… なんで」

「え?」

「なんで言われっぱなしにするんだよ。言い訳の一つくらいできるだろ」


 掴まれた腕の控えめな力加減と困ったような嬉しいような複雑な表情に、言わずにいられなかった。けれど口に出してすぐに後悔する。これでは彼を責めているようではないか。

 同期は目を丸くした後、少し考えてから口を開いた。


「できるけど。それってやっぱり『言い訳』だから、かな」

「それでも、評価とか」

「関係ないよ。あの人に評価されても嬉しくない。だから」


 無駄でしょ、とにっこり笑った彼から目が離せなくなる。自分はきっと、どんなに頑張ってもそんな風には割りきれない。憧れに近い気持ちが生まれた気がした。

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気になる同期 井上 幸 @m-inoue

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