とくべつ

音崎 琳

とくべつ

 虹の紫が盗まれて、朝からみんなてんやわんやだった。

 盗まれた紫のところには、ぽっかりとすきまが空いてしまっていた。そのままにするわけにはいかないので、夜と朝が交わる空から紫をとってきて、すきまをふさいだ(だって、まさかぽっちりと咲き初めたすみれの花からとってしまうわけにはいかないでしょう)。そして今、ぐったりと長椅子に倒れこんだわたしの前で、両手をうしろに隠してうつむいているのが、この騒動の犯人だった。

「こんなに大変なことになるなんて、思わなかったの……」

「大変に決まっているでしょう」

 わたしの声はため息まじりになる。

「言い訳はそれだけ?」

 つとめて厳しくたたみかける。返事はない。

 じゃあ、と口をひらきかけたところで、かれはまなざしを上げた。おずおずと背なかに隠していたものをさしだす。透明な玻璃の器に、にじむように光る紫のこんぺいとうが幾つものっていた。

「紫が綺麗だから、あげたかったの……」

 わたしはいっぺんに理解する。これでは、怒るに怒れない。

「座って」

 かれはわきにある小さな円卓にこんぺいとうをおいて、そばの椅子にしょんぼり腰かけた。

わたしは立って、玻璃のポットに茶葉とお湯を注ぎ、玻璃のカップを二つ用意した。ポットはじきに、明るい空色に染まる。そのお茶を、二つのカップに注ぎ入れた。

 かれがもってきたこんぺいとうを、匙ですくう。かれは黙りこくって、わたしの手の動きをみつめている。カップに落とすと、こんぺいとうはするすると解けて、お茶が宵空の色に変じた。わあっと、部屋の外でみんなの歓声が上がる。紫がもどったのだ。

 わたしは再び長椅子に腰を下ろして、カップを傾けた。きらきらした甘い香りが広がる。

「あとで、一緒にみんなにあやまりに行くんだからね」

「うん……あのね」

 もうひとつのカップを抱えて、かれは頬を赤くして、ちいさく笑う。

「お誕生日、おめでとう」

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とくべつ 音崎 琳 @otosakilin

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