そんないいわけ聞きたくない

楠秋生

遅刻のいいわけ

「そんないいわけ聞きたくない」


 奈子はぷぅっと頬を膨らませた。


 って、じゃあ、どんないいわけならよかったんだよ。つまり、いいわけなんてするなってことだろ? じゃなくて、いいわけしなきゃいけないような状況にするな、ってことか。

 確かに奈子が怒るのもわかるけどさ。連続でデートを五回もドタキャンした挙句の今日の大遅刻だったんだから。

 一回は接待。でも仕事なんだから仕方ないだろう?

 二回目は俺が熱出してぶっ倒れて。

 三回目は猫がけがをして病院へ走って。

 四回目は大雪で電車が止まって。

 五回目は……寝過ごした電車に鞄を忘れて。うん。これは俺が悪かった。けど、他のはどうしようもないじゃないか。

 いや、一番怒ってるのは、極めつけの今日の遅刻か。

「待ち合わせの喫茶店を間違えた」は、まずかったか。本当は違う嘘のいいわけなんだから、何かもっと奈子が納得できそうなのを考えるべきだったか。


「なーこ。そろそろ機嫌なおさないか? 久しぶりのデートなのに……」

「その久しぶりのデートに大遅刻してきたのは誰よ?」


 ぷりぷり怒る顔もかわいいけどさ。

 

 珍しく中々機嫌を直さない奈子をなんとか宥めすかして、映画を見に行く。奈子の好きなアクションの入ったロマンス映画だ。もともとさっぱりした性格の奈子だから、終わるころにはすっかりいつも通りになっていてほっとひと安心する。


「連続ドタキャンと大遅刻のお詫びに、今日はちょっとリッチな飯にしよう」

「あ、ほんとに悪いと思ってるのね?」


 奈子はくすくす笑って肩に頭を寄せてくる。




「ね、ちょっとリッチどころじゃなく、かなりリッチなんだけど、いいの?」

「五回も連続だったしな。五回分のデートと思えば全然だよ」


 一流ホテルのレストラン。夜景の見える席。準備は万端だ。

 

 これでもうドタキャンはなくなるだろ?  奈子は喜んでくれるだろうか?


 俺はポケットに手を入れ遅刻の原因を握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そんないいわけ聞きたくない 楠秋生 @yunikon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ