抹茶色の放課後

膳所我楽

第1話

「それでは。これより『言い訳会議』を始めます!」

元気よく栗毛色の髪を揺らしながら、毛馬けまなぎさは宣言した。


大利おおとし高等学校茶道部―――

大利校生の間ではあまり知られていないが、今年で創部50周年を迎える歴史ある団体だ。

毛馬はその部員であり、いままさに茶道部を窮地に陥らせている張本人であった。


・・・どういうことかというと。

もともと茶道部では、節目の年に記念茶会を催す伝統がある。

毎回、茶道部OBはもちろん、いつもお世話になっているお茶の先生や京都の茶道関係者まで招いた大きな茶会となるらしい。

そして今回、50周年という節目の年にあわせるべく、とあるOBより抹茶が寄付された。

――定価で買えば、十数万はくだらないだろうという家元好の最高級抹茶だ。


それを毛馬が誤って飲んでしまった。


「そして、今回の特別ゲストとしてお迎えいたしました、内代うちんだいつむぐ君です。はい、みんな拍手―。」


僕がこれまでの経緯を追想していると、毛馬がいきなり僕を紹介しはじめた。


「彼は今回、茶道部の危機を知り、茶道部員ではないにも関わらず、一肌脱いでくれるそうです!」


言ってない。僕はそんなこと一言も言ってない。

僕はただ、放課後の教室で勉強していたところを毛馬に拉致されただけだ。


・・・とはいえ、彼女とは小学生の時からの付き合いだ。ここで何か言っても聞く耳を持たないのは、経験上分かっている。


かつて「暴走馬」と陰で言われていたくらいなのだから。


仕方ない。少しは手伝ってやるか。


「いま、茶道部は危機の只中にあります。もし、お抹茶を飲んだことの弁明いいわけができなかった場合、怒り狂ったOBの手によって我々は海の藻屑となるでしょう・・・」


ふむ。触らぬ神に祟りなしだ。帰ろう。


「ちょ待って! 帰らないで!!」


僕が部室を去ろうとすると、毛馬に腕を掴まれた。


「ただでさえ部員のみんなは愛想尽かして帰ってしまったのに、紡にまで帰られたら私1人になっちゃうよ!」


ちなみに今、僕と毛馬以外には熊のぬいぐるみ達しかいない。

毛馬が二人だけでは寂しかろうと、部室の押入れから引っ張り出してきたのだ。


・・・完全に方向性が間違っているが、毛馬だから仕方ない。


僕が半目になりながら諦観していると、彼女は早速アイデアを思いついたらしい。


「いやー、あのお抹茶、凄く美味しそうだったのですよ。だから飲んじゃいました、ってのはどう?」


「それは言い訳じゃなくて開き直りだな。」


◇◇◇


あれから毛馬がいくつかアイデアを出した後

少しの間休憩となり、僕は彼女が持ってきた鶯餅うぐいすもちを食べていた。


「そういえば。毛馬はどうして抹茶を飲んでしまったの?」


ふと、疑問が口をついた。


もともと僕は、毛馬が茶会用の抹茶を飲んでしまったということしか知らない。

それも、あくまで彼女がそう言っているというだけの話だ。


もともと、茶会用にと贈られた抹茶だ。相当な量だろう。

本当に全部飲みきったのなら、過失では済まされないレベルの失態だ。


「・・・なあ。あの抹茶って、本当に本物だったのか?」


もし、あの抹茶が偽物だったなら。

本来、抹茶の銘柄当ては非常に難しいとされる。

しかし、京都の茶道関係者まで招くお茶会だ。露呈する可能性も考えられるだろう。

そうなったとき、茶道部が受けるダメージは計り知れない。

人をもてなす茶会で食品偽装をしていたことになるのだから。


・・・もっとも、毛馬が何故偽物と考えるに至ったのか疑問が残るが。


ひょっとしたら、お茶の先生から指摘されたのかもしれない。


とはいえ、善意で寄付してくださったOBに面と向かって「偽物かもしれないから使いませんでした。」とは言い難いだろう。


だから・・・いや、だからこそ毛馬は・・・


「紡」


ふと、毛馬に名を呼ばれた。

我に返ると、唇にそっと人差し指を置かれる。


「・・・それ以上は言わないでね。」


そういって、彼女は微笑んだ。


〈完〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

抹茶色の放課後 膳所我楽 @zezegaraku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ