星降る夜のクオリア ~あるいは相対性理論と恋愛論におけるイベント・ホライゾン~
永庵呂季
星降る夜のクオリア ~あるいは相対性理論と恋愛論におけるイベント・ホライゾン~
君がなぜ、僕のようなつまらない男と一緒にいるのか、それは分からない。
「アインシュタインはきっとロマンティストだったに違いないわ」
口唇を重ね合わせたあと、僕の胸に顔を埋めるようにして君は呟いた。
星空の下。流星が降りしきる午前二時四〇分。
「どうして?」と僕は訊いた。
「時間は絶対的な概念でもイデアでもない。そこにあるのは私が体感する時間という流れの感覚や、君が感じているであろう時間の速度だけ」
「それを相対的という」と僕は言った。「なぜなら絶対的ではないから」
「茶化さないで」と彼女が僕の耳を軽くつまむ。「観測者の状況と条件によって、時間は伸縮する。いまこの瞬間だって時間は動いている。普段感じる一分間より数倍の速度で進んでいる気がするわ」
「楽しい時間はいつも早く過ぎ去ってしまう」
「どうしてなんだろう。ずっと一緒にいたいと思うほど、時間が早く進んでしまうなんて……残酷」
「でも、君はそんな理論をロマンティックと言っている」
「君と一緒にいる時間の分だけ、私の気持ちは加速する」と君は続ける。「光速まで気持ちを加速させれば、時間の流れはゆるやかになって、光を超えれば……」
「時間はとまる」
「ほらね。ロマンティックでしょ」
「つまり、永遠の愛を欲するならば、ブラックホールの中心に突っ込むことが最良だということかな」
「もう! 言ってることは一緒だけど、どうして君の言い方にはロマンがないのかしら」
君は僕の胸元から顔を離す。そしてゆっくりと流星群の降り注ぐ空を見上げた。
――美しい。
星空も、最愛の君も、この世界のすべてが美しく、愛おしく思える。
流星群が降り注ぐ時間は777秒。だから僕は時間を引き伸ばすのだ。
「君にはもう少し恋人との語らいを演出するロマンを勉強することを勧めるわ」と彼女が睨む。「そのままじゃ、つまらない男になっちゃうわよ」
……それでいい。
君は想いを加速させることで、時間を引き延ばそうとする。
そして僕はつまらない男でいることで、君が体感する時間を引き延ばすのだ。
――君との一秒が永遠になりますように。
それが、
僕がつまらない男として存在し続けるための、
他愛もないいいわけだ。
星降る夜のクオリア ~あるいは相対性理論と恋愛論におけるイベント・ホライゾン~ 永庵呂季 @eian_roki
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