第19話 大天使ネレマの『変な話』⑪

 私たちはめいさんのお店がある山を歩いて降りることにした。

「春さんのメイド服は何でスカートがそんなに長いんですか?」

 まるでここに初めて来たかのように、周りをキョロキョロと見回す春さんに話しかける。

「スカート? あー、乃瀬ちゃんのはミニスカタイプのメイド服だもんね」

 そう言って春さんは、自分のスカートを軽く持ち上げながら私の方を見る。

「そうですよ、これっておかしいと思いません? 何で私は短いのを履いてるのに春さんは長いんですか!」

 私の言葉に春さんが困り顔を見せる。

「え〜〜、何でって言われても……みみちゃんが長い方が良かったからじゃないかな?」

「――――そ」

 そんなのはわかっているんですよ……! と言いかけた口を咄嗟に閉じる。

 そう、わかっている。簡単に言うならこれは、持ち主の好みだと思う。

 憂梨那さんが、スカートの短いメイド服を着たくてめいさんに作ってもらったということだと思うから、このメイド服の持ち主ではない私に文句を言える権利はない。

 頭の中でなら、ちゃんとわかっている。

 だとしても「でも……」と言いたい気持ちがある。

 だって、私は浴衣を着ていてメイド服なんて着るつもりはなかったのに、ほぼ強制的に着せられたんだから。

 わかってはいる、そんなことを考えたって結局、めいさんの元へ行くために着ることにしたのは私だから憂梨那さんは悪くない。

 無理やり、憂梨那さんのせいにすることも出来なくは無いけれど。

「そういえば乃瀬ちゃんは、みみちゃんって知ってる? なんか生きているときは、どっかのお嬢さまだったらしいよ」

 何も言わない私を見て、春さんが他の話題を振ってきた。

「お嬢さま?」

「そうお嬢さま! どこの時代に生まれてたのかは知らないけれど相当良い生活していたのかな」

 ここに来てから二日、それなのにこんな短期間で三回は聞いてる『どこの時代』という言葉。

「春さん。少し訊いてもいいですか?」

「いいよいいよ! このあたしが何でも答えてあげよう!」

 せっかく振ってくれた話題を遮ってしまったのに春さんは気を悪くすることもなく、何でも訊いていいよ! と、前に突き出した胸が私に語りかけているように感じた。

「その……時代ってどういうことなんですか?」

 そんな春さんの言葉と振る舞いを見て、そう訊いた瞬間――。

「え……? どういう事って? 時代は時代だよ……? 人が歩んできた歴史…………とかの事だった……気がする。あーもう説明難しいよっ!」

 キョトンとした顔になってそう言ってから、詳しく説明してくれようとしたのか、私に背を向けて考え込み始めてしまった。

「――あっそうだ! えっと……、あたしが産まれたのが二〇〇二年だったんだけど、その時は平成時代だったよ。それであたしが産まれるずっと前のことを〇〇時代とか言ってた。江戸時代とか飛鳥時代、色々あって授業で習うの大変だったよ〜。たぶん乃瀬ちゃんが訊きたい時代のことってこれでいいんだよね⁉︎」

「えっ……た、たぶんそうです……?」

「よかった! それで乃瀬ちゃんはなんでそんなこと訊いてきたの?」

「昨日初めて聞いた言葉が頻繁に出てくるから知りたかったんです」

 とは言いつつも、正直なことを言えば春さんの教えてくれた事だけでは理解をすることはできなかった。

 それも当然だ。なぜならその意味を理解する為に必要なものすら私は持っていなかったから。

「時代って言葉とか意味を知らなかった訳ね。ふんふん、ということは乃瀬ちゃん! 君は自分の生まれた西暦を知らない訳だね?」

「えっ、そ、そうですけど……」

「うっふふ〜ん! 驚いた? 凄いでしょ! ねぇねぇ今のあたし名探偵っぽくなかった? 名探偵っぽかったよね! これからはメイド名探偵春ちゃん! って呼んでもいいよ?」

「春ちゃん……ですか?」

「違う違う! メ・イ・ド名探偵春ちゃんだよ!」

「メイド……名探偵……春ちゃん」

「何で言葉と言葉の間に間があるの⁉︎」

「あの、言いづらいので春さんでいいですか」

「え? ダメ! 一万歩譲っても名探偵が抜けるのはダメだからね」

「じゃあ名探偵春さん?」

「おお! なんか知的な人物像が浮かんできたよ〜」

「それならこれでいいですか、名探偵春さん」

「いいよいいよ! なら次は降りながら乃瀬ちゃんのも考えよ〜!」

 と、言って突然私の手を取って、獣道を降りていく。

「見た目に何の特徴もない私のはいいですよ〜」

「とは言いつつどんなのが付くのかドキドキしてるんでしょ! 声がさっきより柔らかくなってるからバレバレだよ〜」

「そんなことないです……!」

「またまた〜」

「そんなことありません!」

「え〜、そんなこと言っていいの〜? その言葉を間に受けて付けるの辞めちゃうかもしれないよ?」

「いいですよ別に。でも……でもですよ、付けるならどんなのになるんですか?」

「ほら〜やっぱり気になってドキドキしてるでしょ!」

「ドキドキなんてしてないです。笑ってないで教えてくださいよ!」

「仕方ないなぁ。じゃあ候補を出してあげよう! 乃瀬ちゃんの好きなものとか教えてくれる?」

「知里です!」

「おお、食い気味だね〜。でもそれは乃瀬ちゃんの好きな人でしょ?」

「そうです! もう本当に可愛くて一つ一つの行動全てが愛おしいくらいに愛していて――」

「乃瀬ちゃんストップストッープ‼︎ それもしかして長くなる? というか……えっ、ちょっと待って乃瀬ちゃんもしかして……えっ」

 春さんがその場で足を止めたことで、手を繋がれている私も足が止まってしまった。

 そうして、春さんの言葉を訊いて、焦りの感情が込み上げてきた。

 しまった……。私はあの村から解放されたからって、何で同性が好きなんてこと言っちゃってるんだ――。

 真帆や憂梨那さんに知里のことは伝えても、好きな女の子とは言わないできたのに、咄嗟に出てしまったせいで自分の感情を制御しきれなかった。

 このままだと否定される……。知里が好きなことを、好きであることを否定されてしまう……――。

「ちが――」

「――乃瀬ちゃん女の子が好きなの⁉︎ えっいいないいなぁ〜、あたしは好きな人作ろうとして男の子と付き合ってみたんだけど全然ダメでさ。そっか〜女の子も好きになってみるのもいいんだね」

 ほら、否定がはじま――らなかった。

「えっ、春さん……否定……しないんですか…………?」

「なんで? 否定なんてするところあった?」

「だって……だって私は知里が、女の子が好きなせいでお父さんに狭い牢屋に閉じ込められて、村に住んでいる皆から石を投げられたりされたんです……。それで…………お父さんに最後は山に捨てられて、二日かけて私のことを見つけてくれた知里と崖から飛び降りたんです……」

 思い出すだけで涙が溢れてきてしまう。

 これだけはいくら忘れようとしても、どうしても鮮明に記憶されてしまっているせいで忘れられない。

 涙のせいで前がよく見えないながらも、春さんが近づいてきているのがわかった。

 目の前に立った春さんが、私の後頭部に手を回して胸に引き寄せられる。

「そんなことが……。――こんなこと言っていいのかわからないけどさ、辛いそこから逃げられてラッキーじゃん! もちろん死んじゃうこと自体は褒められるようなことでは無いんだけどね。でも、辛いそこから逃げる選択をした乃瀬ちゃんと知里ちゃんには誰かが褒めてあげないといけないから、あたしが褒めてあげるね、偉いよ二人とも。逃げる行為はそう簡単にできないから、――でも次からは違う逃げ方をしようね。死んじゃうんじゃなくて」

 自殺を選んでしまった私たちのことを否定しつつも、褒めてくれた。

「……はいっ」

 涙声で震えながら返事をした。

「でさ、生きてるときに何を言われたのかわからないけど、あたしは女の子が女の子を好きな人がいても何もおかしくない普通のことだと思ってるよ! 誰にも恋をしたことないあたしが言うのは変な気もするけどね。あ、この自虐は聴かなかったことにしてね。――そんなことより、そろそろ憂梨那ちゃんのところに向かおうか乃瀬ちゃん!」

 そんな言葉が聴こえてきた次の瞬間、私の後頭部からは手が離され、代わりに脇の下に手を入れられていた。そうして突然身体が宙を浮く感覚に襲われた。

「……‼︎」

 咄嗟に顔を春さんの胸から離す。

「びっくりした? ちょっと待ってね、今お姫様抱っこしてあげるから」

「……ありがとうございます。あの……お願いしてもいいですか。今度私たちの今までをゆっくり聴いてもらえませんか」

 何でこんな事をお願いしているのか自分でも理解できなかった。けど、私たちの最後を知ってる春さんになら話せると思ったんだと思う。

「うん? 乃瀬ちゃんの過去を詳しく教えてくれるってこと? いいよいいよ! なら教えてくれるお礼に空を飛ぶ練習をしてあげるね」

「何でお願いされた側の春さんがお礼をしてくれるんですか。でも自分でも飛んでみたいのでお願いします」

「それはそうだよ! 乃瀬ちゃんの過去は興味湧いてきちゃったからね、だから聴かせてくれる乃瀬ちゃんにはお礼するの。まっ! 今日はとりあえず憂梨那ちゃん達と合流しようか」

「はい!」

 返事をすると、春さんは色々な建物が建ち並ぶ場所へと、私をお姫様抱っこで飛んで行った。

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天使のわたしは禁断の恋をする はなさき @Mekuru153

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