言い訳

尾手メシ

第1話

「箱を開けてはならん」

 老人が口角泡を飛ばす。

「箱は神のもの、神の領域だ。神に手を出してはならん、神の領域に踏み込んではならん」

 箱を受け継ぐ血筋の若い当主が同意し、他の者も当主に従っている中、老人だけが頑強に反対していた。周りが老人に向ける視線は厳しい。それは、ただただ面倒な邪魔者に向ける膿んだ視線だった。


 箱はいつから受け継がれているかも分からないほど古く、確かに見ようによっては神秘性を感じる。木製の箱の表面には、文字とも模様とも判断がつかない何かが彫り込まれている。老人がそこに神を見たとしても、それはそれで納得できるものがある。しかし、箱である。たんなる箱である。どれだけ神秘的であろうとも、箱であることに変わりはない。

 今では箱の由来を知る者は誰もなく、ただ神からの預かりものだという眉唾な話が伝わっているのみだ。一族の者でも、この話を心から信じている者はいない。例外といえば、頭の固い老人くらいのものだ。他の者にとっては、箱はいわくつきの古臭い厄介物であって、それ以上の意味はなかった。だから、今回の学術調査の依頼は、厄介事を片付けられる渡りに船だった。


 一人で喚き続ける老人を、数人掛かりで押し留める。文字通り、老人をそのまま部屋から引きずり出してしまった。尚も喚く老人の声が響いていたが、それもだんだんと遠のいていく。部屋には、どこかシラけた空気が漂っていた。

 この箱によほどの思い入れがあるのは分かったが、だからといって、神がどうこうというのはいかにもお粗末な言い分だ。科学の時代に神などと、あまりに時代錯誤で、誰も彼もがまともに取り合うことはなかった。老人など最初からいなかったように、粛々と箱は開けられた。


 これが、この悲劇の顛末だ。あの時、私たちがそうしたように、下手な言い訳だと断じてくれて構わない。そうできる者が、まだ残っているのなら。

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言い訳 尾手メシ @otame

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