第51話 帝都近習長ヴォイス

ビリニュス家、帝都近習長ヴォイス=オ=カ=メサーンは、主の厳命を果たすべくアリール邸に向かう。

忠義心の厚く、まっすぐな性質の26歳の若者。

主の厳命を疑うことなく全うする信念を持ち、部下からの信任も厚い。

武力で鳴らす北方辺境伯領でもその剣技や忠節は広く知られていた。


メサーン家はノーザンテリトリーでも有数の名家である。

メサーン家の3男として生まれたヴォイスは3男であるが故に、家督を継ぐことは出来ず、他家に奉公するか、皇帝に出仕するか、通常はどちらかの道を選ぶものと考えられていた。

しかしながら、他人とは異なる特技を持っていたヴォイスは、その特技と忠節、剣技でメサーン家の仕える北方辺境伯の帝都近習の長に成り上がったのである。


 ヴォイスの特技とは……他人の声と寸分違わぬ声を作り出すことだった。

ビリニュス家の呪い騒動。

クォスやアクア、イーサ厶が今も苦しむ呪いをそれぞれ身に受けたとき、捕らえた2人の呪術師の声を寸分違わぬ声で真似ることで、疑心暗鬼になった他の呪術師の口を割らせる手柄を立てた。

情報を聞き出したビリニュス家北方辺境伯軍は主導した呪術師グループを追い詰め、壊滅に追い込むことが出来たのである。


若い雑兵時代には、上司から同僚の居場所を尋ねられた際に、

「兵舎でございます。」と、同僚のサボりを庇ったり、

上司の訓話の復唱が早すぎて誰もついていけない、

捜査の邪魔をする猫たちを威嚇するも、まるっきり効果の無かった「カァァッッ!!!」などの逸話がある。

また別の物語で語る機会があれば語るとしよう。


ヴォイスがアリール邸に到着する。

ヴォイスはアリールが術式解除で用いる紋様の入った剣を丁重に持ち帰る役目を仰せつかっていたから、レイアの申し出に困惑していた。


「闇魔術の術式解除であれば、この剣であろう。我が持っていく故、主人にその旨を伝えるが良い。」

威厳のある声がヴォイスの耳に届く。

ヴォイスは声、という特技があったからか、レイアのに圧倒されていた。


声、などと馬鹿にしてはいけない。

声を聞けば、その者の心理状態や魔力状態も簡単に診断できる。

嘘偽りを申している者の声は圧倒的に不安定な響きになる。


だが、忠義に厚いヴォイスである。

レイアの言葉に、はい、そうですか、お願いします。とは口が裂けても言わない。

自分の主たるクォスから厳命されているのだ。


「レイア様。どうかお願いいたします。私は一刻も早く、その剣をアリール様に届けなければならないのです。」


ヴォイス=オ=カ=メサーンはレイアに負けないよう、重く低く、対抗するような声でお願いする。あくまで丁重に。


その昔、若い兵士の悪質な悪戯で、下着の中に毒グモを入れられて白目を剥き、泡を吹いて倒れた際にも、出血が止まらない中、その若い兵士を執拗に尋問する精神力を持った男。

例えるなら薔薇。

スポンジや潤滑油などでは無く、聞きたいような聞きたくないような第二章を語れる男だった。


自分と同じくらい年齢の、凄まじい美女だったとしても女には負ける訳にはいかない。


しかし…今回は相手が悪かった。

相手は伝説の黒き竜の王であるのだ。

もちろん、ヴォイス=オ=カ=メサーンは知る由もない。


結局、触媒である剣はレイアが持ち、

ヴォイスはレイアの護衛となることで忠節を守ることになった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グリムワール帝国史 @m_iga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ