愛しい言い訳

三咲みき

愛しい言い訳

 私はお姉ちゃんが大嫌いだ。7つ上のお姉ちゃんは美人で、賢くてなんでもできる。


 私がしょっちゅうケンカで顔に傷をつけて帰るから、よくお母さんに「お姉ちゃんみたいに、もっとおしとやかになりなさい」と言われた。そうやって比べられることが嫌。


 歳が離れているせいで、私だけ話についていけず、除け者にされるのも悲しかった。悲しくて、お姉ちゃんに八つ当たりしたら、お母さんに叱られた。また悲しくなって自分の部屋に引きこもっていたら、お姉ちゃんが温かいミルクを持ってきてくれた。


 なんでもできて、気配りもできるお姉ちゃん。大嫌いではあるが、自慢の姉だったりもする。


 そんなお姉ちゃんは今日、大学受験だ。いや、正確には共通テストっていうの?

 ここ数日はずっと浮かない顔をしている。私はまだ受験を経験してないから、どれだけ大変なことなのかわからない。


 でも、あの賢いお姉ちゃんでさえ、元気がない。そんなに受験って難しいの?


 お姉ちゃんのことは大嫌いだけど、元気がないのはもっと嫌だ。


 私にできることをしようと思って、こっそりお守りを作った。裁縫なんて家庭科の授業でしかやったことがない。作り方を調べて、間違えて何度も指に針を刺して、やっと完成させた。


 できあがったお守りはとんでもなく不恰好で、決して自信を持って人にプレゼントできる代物ではない。布が歪んでいるし、所々糸が見えている。


 お姉ちゃんにあげるかどうか、すごく迷った。でもせっかく作ったんだから、渡さないともったいない。


「お姉ちゃん!」


 玄関で靴を履いているお姉ちゃんに声をかけた。


「これ、あげる!」


 お姉ちゃんは、驚いた顔をして受け取った。


「私に?」


「そう!なんか、元気なかったから。テスト頑張ってね」


 お姉ちゃんは私の顔を見て、またすぐに視線をお守りに戻した。


 不恰好なお守りをマジマジと見られるのがなんだか恥ずかしくて、聞かれてもないのに、言い訳じみたことを言った。


「しょうがないじゃん!はじめて作ったんだから!あんまり時間がなかったから、きれいに作れなかったの!もっと時間があったら、私だってうまく作れるの!」


 きっと私の顔は真っ赤になっていたに違いない。


 そんな私を見て、お姉ちゃんは優しく微笑んだ。


「ありがとう。すごくうれしい。頑張ってくるね」


 お姉ちゃんは私をギュッと抱きしめて、玄関を出ていった。ちらっと見えた横顔はいつも通りの明るい表情に戻っていた。




***




 私は妹が大好きだ。7つ下の妹はとても素直な子だ。自分の感情にとても素直。


 両親との会話で自分が除け者にされていると感じたら、プリプリと頬を膨らませて、私にパンチをいれる。お母さんに怒られたら、今度は拗ねて引きこもってしまう。私があとで大好物のホットミルクを持っていったら、顔を綻ばせて受け取るが、喜んでいるのを悟られまいと、一瞬でムスッとした顔をする。


 そういう自分の感情にとても素直なあの子が愛しくてたまらない。


 でも素直であるがゆえに、あの子はしょっちゅう友だちとケンカして、よく傷を作って帰ってくる。


 先生やお母さんに叱られたら、言い訳したり変に取り繕ったりせず、素直に謝る。そういう潔さみたいなところが、年下ながらすごいと感心してしまう。


 普段まったく言い訳をしないから、このお守りをくれたとき、必死で言い訳しているあの子が、かわいくて仕方なかった。


 正直、模試の結果は芳しくなかった。もしかしたら今年はダメかもしれない。


 でも、このお守りのおかげで、実力以上の力が発揮できるような気がする。


 私はお守りをギュッと握り、気合いの一歩を踏み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛しい言い訳 三咲みき @misakimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ