8.対公国戦 part6

 「な……そんな……」


 翼は明らかに動揺していた。今まで考えつかなかった事を指摘され、思考が追い付いていないように見えた。


 「やっぱりな。なんか変だと思ったんだ。姫愛奈さんから『馴れ初め』を聞いたとき、何か辻褄のようなものが合ってない気がするってな。……お前、盛大に勘違いしてたんだろ」

 「!?」

 「そうだろ、そうなんだろ? 物心ついた頃から何でもそつなく出来て、皆から褒められて、世界は自分に優しいんだと思いつつ十数年、ある時お前は挫折したんだ。人生初の挫折を」


 芝居がかった口調で、左右に行ったり来たりしながら政臣は話し始める。


 「周囲から期待され、自分もそれに答えようとしていた矢先、眼中に無かったヤツに追い越された。初めての負け、初めての屈辱、初めての憐憫れんびんの視線……。きっとお前は悔しさと恥ずかしさで塞ぎ込んだんだろう。周囲が近づけないくらいに」

 「……」

 「そんな時、光がやって来た。姫愛奈さんだ。スポーツドリンクを持って来て一言、「飲む?」と。お前は大いに励まされただろう。お前はそれをきっかけに立ち直れたんだろう。お前はいつの間にか、姫愛奈さんに恋をしていた」

 「そ、そうだ……! 俺はそれで姫愛奈への気持ちに気づいたんだ。それで俺も、姫愛奈の気持ちに──」

 「しかしここにはある問題がある」


 政臣は右の人差し指を立て、翼の言葉を制止する。


 「それは、果たして姫愛奈さんはお前が好きだから励ましたのか? という問題だ」

 「何言ってる……」

 「お前は落ち込んでいる自分を励ましてくれるから姫愛奈さんは自分に好意を抱いていると考えている。しかしそれは間違いだ。陸上部での姫愛奈さんの役割は何だ?」

 「マ、マネージャー……」

 「そう、マネージャー。マネージャーというのは、部の庶務全般を担う役割だ。その中には、部員の世話も含まれている。世話というのはただ疲れた部員に水を渡す事だけではない。心が折れてしまった者に声を掛けるのもマネージャーの役割に含まれない事はなくないか?」


 翼は唐突に頭を押さえた。苦しんでいるようにも見受けられる。


 「じゃ、じゃあ……姫愛奈が俺を励ましたのは……」

 「マネージャーとしての通常業務だ。何もお前を特別視していた訳でも、懸想けそうしていた訳でも無い。要はお前の勘違いだ」


 翼はわなわなと震え始めた。剣を持つ手が震えている。政臣はチャンスとばかりにモーゼル・フェイクの照準を翼に定める。


 (ふっ、余裕じゃないか。何の事もな──)


 突然、翼のまわりをまばゆい光が包み込んだ。あまりの眩しさに政臣は腕で視界を塞ぐ。


 「んなっ!?」

 「……そうだ。なら、お前を倒して何かもリセットしてから、きちんと告白する!!」

 「はあっ!?」

 「うおおおおおっ!!」


 翼は突進し、政臣に斬りかかった。政臣はサーベルを生成して剣撃を受け止めた。 


 「この化物が! 精神攻撃で上手く行くと思ったのに……!」

 「姫愛奈をたぶらかしてぇーー!!」


 今度は橫なぎに政臣を叩き斬ろうとする。政臣は器用に手首を動かして剣を防ぐ。


 「政臣くん!!」

 「翼! ああもう! 何でこんなことになるの!?」


 姫愛奈は政臣の名を呼び、蓮香は翼の大暴走に頭を抱える。政臣と翼の戦いは激しく、周囲が近づけるものではなかった。剣に不得手な政臣は辛うじて翼の剣を受け流しつつ至近距離でモーゼル・フェイクを撃ちまくっていた。


 「何でお前なんかに……何で姫愛奈はお前みたいなヤツにいいぃぃーー!!」


 翼は力いっぱい込めて剣を振り下ろす。政臣は人間離れした俊敏さでそれを避け、翼の背後に回ってエネルギー弾を直撃させる。


 「俺が姫愛奈さんの気持ちを優先する良い男だからだぁーー!!」

 「俺だって姫愛奈の気持ちは分かってる!姫愛奈は優しい──」

 「それが思い込みだと言ってるんだ!」


 政臣は更にエネルギー弾を翼に叩き込む。翼は吐血するが、全く関係ないと言わんばかりに剣を振るう。


 「人間風情がぁ!!」


 後方宙返りで翼と距離を取ると、政臣はルドラーを召喚する。政臣の影から重武装のルドラーたちが現れ、翼に射撃を開始した。


 「クソッ、ホントに人間か……?」


 翼はルドラーの銃撃の中を掻い潜り、近づいて次々に破壊していく。数分と経たないうちにルドラーたちは撃破され、翼のチートぶりに政臣は愕然とする。


 「うおおおお!!」

 「ひっ」


 気迫に押され、政臣は反応が一瞬だけ遅れた。剣が右肩に振り下ろされ、肩が血を吹いた。


 「いッ!?」 


 政臣は右肩を押さえ、久し振りの激痛に悶える。しかしすぐに傷口が再生し、痛みが引く。それを見た翼と蓮香は唖然とする。


 「再生魔法……? にしては高度過ぎる気が……」

 「悪いが、俺はもう人間じゃないんでね」

 「……! お前、悪魔に魂を! やっぱり姫愛奈を洗脳して──」

 「姫愛奈さんも人間じゃないぞ」

 「!?」


 翼は姫愛奈の方を見る。姫愛奈は胸を張って言った。


 「そうよ。私と政臣くんは不老不死の存在なの。誰にも殺せないし、絶対に老けない。素晴らしい契約だわ」

 「な、そんな……」


 再び動かなくなった翼に政臣は銃撃する。


 「ぐあっ!」

 「よそ見か? ええ?」


 胸から血を流す翼。政臣はいかにも悪役らしい残忍な笑みを浮かべて仰向けに倒れた翼を踏みつける。


 「うぐっ……」

 「全く、自分のクラスがこんな癖の有りすぎる奴らばかりだったとは……」


 政臣は翼の脳天に照準を定めた。


 「じゃあな。──言っとくが、俺はお前を憎んではいないぞ。ただ、姫愛奈さんの思い描く世界にお前はいないってだけだ」


 引き金が引かれ、モーゼル・フェイクのエメラルド色のエネルギー弾が脳天を貫き、翼は絶命した──。


 ……はずだった。


 「!?」


 政臣は困惑する。どんなに引き金を引いてもモーゼル・フェイクが発砲出来ない。エネルギー弾が出てこない。政臣はパニックに駆られた。


 「何だ、何なんだ!? どうなってる!? 何でここで不具合が起こるんだ!?」


 どちらのモーゼル・フェイクも政臣の言うことを聞かない。拗ねた子どものように全く反応しない。


 「何で、どうして──さっきまで上手くいってたのに……! 伯父さぁん!!」


 恐慌をきたした政臣は基臣を呼ぶ。しかしその叫びは空しく夜の空に響き渡る。何だかんだ上手く行っていた事に気を良くし、完全に調子に乗っていた政臣は、突然の異常事態に動揺し、サーベルで止めをさせる事すら忘れてしまっていた。


 そんな隙を翼は逃さなかった。最後の力を振り絞り、政臣の足を退けて立ち上がった。


 「このッ……クソカスがああああぁッ!!」

 「うおおおおおおおおおッ!!」


 翼の剣は政臣の心臓を貫いた。意識が消えるその直前、政臣は自分が契約した神の性格を思いだし、突然モーゼル・フェイクが使えなくなった理由を何となく悟ったのだった。


 「あの……暇神が……」


 アマゼレブに対する恨み言を呟き、政臣は倒れた。完全に死んでしまったので、生き返るのに時間が掛かってしまう。翼が姫愛奈を連れて行ってしまうには余りある時間である。


 「ふふ……やった……これで、姫愛奈に告白すれば──」


 達成感に酔いしれていた翼は、自分の背中に大きな鎌の刃が刺さり、腹を貫いていることに気づくのに時間を要した。政臣に撃たれた時よりも多くの血を吐き、振り返ると、想い人の顔があった。


 「姫愛、奈……」


 翼は地面に突っ伏した。もはや痛みは感じない。信じられない速さで血が無くなっていく。自分が死ぬのだと悟った時、頭上から声がした。


 「──ごめんなさい。あなたに明確な恨みは無いの。ただ、あなたは私にトラウマを思い起こさせるの」

 「……」


 その言葉の意味を理解する前に、翼の意識は完全に途絶えたのだった。



******



 姫愛奈は倒れている政臣を抱え、その頭を自分の太ももに乗せる。


 「……アマゼレブ」

 (何だ)

 「政臣くんの銃が撃てなくなったの、あなたのせいでしょ」

 (……さあな。だが、見事にお前がフォローに入ったではないか。全くお似合いのカップルだな)

 「やかましいわ……」

 (さて、思ったよりも早く最大級の障害が消えた訳だが……。アレはどうするのだ)


 アマゼレブの言う『アレ』とは、蓮香の事である。気配を消して逃げようとしていた蓮香は、傑たちに捕縛されていた。


 「ちょ、ちょっと待って。話し合いましょう? 殺すかどうかはその後決めても良いんじゃない?」

 「ねえ、蓮香」

 「はいっ!?何でしょうか!?」


 蓮香は恐怖のあまり、姫愛奈に敬語を使う。


 「敬語じゃなくて良いわよ。あなた、連盟では何をやってたの?」

 「へ?」

 「二度も質問させる気?」

 「申し訳ありません!連盟に背く奴らを暗殺してました!」

 「えっ……」


 傑たちは言葉を失った。


 「……そう。なら、結構使えそうじゃない。良いわ。仲間に率いれましょう」

 「本気なの?姫愛奈?」

 「邁進させて頂きます!」

 「完全に犬か何かになっているでござるよ……」


 自ら地面に這いつくばる蓮香を見て、士門はドン引きする。


 『……司令部、司令部、こちら第一部隊!敵野戦司令部へ突撃!敵は総崩れ!繰り返す!敵は総崩れ!』


 政臣の持っていた通信機から声が聞こえてきた。


 『こちら第二部隊!第四部隊と共に敵主力の撃破に成功!多数の敵兵を捕虜にしました!』

 「向こうの戦いもこちらの勝ちのようね」


 それを聞いた傑たちは、安堵の声を漏らす。


 「取りあえず、これからどうするの?」


 利奈が姫愛奈に尋ねる。


 「そうね。まずは司令部に戻って、一休みして──」


 そこまで言った所で姫愛奈は未だ目覚めぬ彼氏を見つめる。


 「政臣くんを起こさないと」



******



 『黒い森』での戦いの後、神聖バラメキア帝国は、バラメキア公国内部へ侵攻を開始した。密約により、連盟の援軍という最大の懸念を排除した帝国軍は、各地で公国軍を破り、開戦から三ヶ月で公国を降伏に追い込んだ。公国上層部は戦犯として処刑され、シャルロットを頂点とする神聖バラメキア帝国が公国全土を支配下に置いた。


 帝国の排除を望む世論で湧き立つ中、勇者の一人である蓮香が、連盟が意に沿わない者を組織的に暗殺していた事を公表。支持者に対し全ての情報を開示していると謳っていた連盟に対する不信感が人々の間で芽生え始め、再び反対派による活動が活発化した。


 またもや戦火に焼かれようとしている大陸。そんな様子を高みで見物している二人がいた。


 「また戦争を始めようとしてる。定命の者というのは懲りないな」


 アマゼレブはやれやれといった様子で首を振る。


 「煽ったのはあなたでしょ。よくそんな顔が出来るわね」


 ピスラはアマゼレブの厚顔無恥っぷりに若干呆れていた。


 「定命の者は等しく私のオモチャだからな。なるべく楽しみたいんだよ」

 「……」


 ピスラはため息をついた。


 「そうやってまたあの二人に面倒な仕事をあたえてるんでしょ」

 「その通り。今は別の大陸に出向かせている。他の大陸も面白いモノがいっぱいありそうだからな」

 「本当に楽しそうね」

 「ああ。とても愉しいよ」

 「……二人が可哀想ね。私がなるべくサポートしてあげないと」

 「おい、余計な手出しはするな」

 「ふふん。私より背が高いのに私より非力なアマゼレブに、私が止められるかしら?」

 「な……おい、ちょっと待て、にじり寄って来るな!」


 ピスラはアマゼレブの首根っこを掴む。


 「ご無沙汰だったからね。激しくしちゃうわよ!」

 「待て、待ってくれ、話せば分かる! たっ、助けてくれーー!」


 アマゼレブの空しい悲鳴が領域に響き渡った。


 「……ん?」

 「どうしたの?」

 「いや、暇神の悲鳴が聞こえた気がして……」

 「そんなの気のせいよ。ほら、もうすぐ着くわよ」


 空中要塞フィロンは、緑豊かな大地の上空を飛んでいた。政臣と姫愛奈は私室の巨大なモニターからワイバーンよりも遥かに巨大な生物が飛び、地上ではオーガのような生物が闊歩かっぽしている外の世界を見ていた。


 「ここにいる竜の王を倒せだなんて無茶苦茶な仕事だよ……」

 「無茶苦茶なのはいつもの事でしょ。ほら、あれ見て」


 空中要塞の進行方向には、今まで見たこともないほどに大きい積乱雲がそびえ立っていた。


 「あれが竜の王の住みかね。こんな仕事さっさと終わらせて、みんなの所へ帰りましょ」

 「随分と変わったね。ちょっと前までは俺以外の奴を敵視していたのに」

 「昔の話よ」

 「ふうん」


 政臣はソファーに座っている姫愛奈の手を握る、姫愛奈もそれに応えるように握り返す。


 「じゃあ、ちょっとだけ頑張りますか」

 「調子に乗って死なないでね」

 「大丈夫だっつの。……いや、努力はします」


 二人は突き進む。自分たちの幸せを守る為に。どんなに悪と非難されようとも二人には関係ない。二人の唯一の関心事は、お互いでしかないのだから……。



(終)





*打ち切りエンドです。この拙作を楽しみにしていた方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。願わくば、次回作にご期待下さい。ご愛読、本当にありがとうございました!

 

 


 


 

 

 


 

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クラスのアイドルと一緒に邪神の使いとして悪役ロールプレイを試みる 不知火 慎 @shirnui007

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