7.対公国戦 part5
パールが進撃命令を出す少し前──
「おい硬えぞ!本当にシールドは破れるんだろうな!」
腹にパンチを食らわせ弾かれた暁斗が空中で叫ぶ。政臣たちはオーガに苦戦していた。頑強過ぎる魔法シールドの前に世界の逸脱者であるはずの勇者や、神から力を与えられた政臣と姫愛奈の攻撃はことごとく弾かれていた。
「おかしい!確実におかしいぞ!何でこんなに強い!?」
政臣は思わず叫んだ。姫愛奈がエネルギー刃を二回連続で放ったが、爆発に怯むだけでやはりダメージを与えられているように見えない。もはや異常といえる状況であった。
「インチキのレベルでござるよ!遠距離攻撃が無くても、こっちが疲れるでござるよ!」
既に傑以外の勇者たちには疲弊が見え始めていた。傑はそんな彼らを見て前に出ようとするが、その度に政臣は釘を刺すような視線を向けた。
(作戦がまずかったか?だが、これほどとは……。突破口を見つけるしか……)
政臣はオーガを凝視する。ふと、オーガの顔面に視線が行った。
「……口の中」
「あ?」
暁斗は政臣が何か呟いたのが気になり聞き直そうとするが、政臣は突然オーガに向かって走り出した。
「おい!」
「青天目!?」
「政臣くん!みんな援護して!」
姫愛奈の号令に従い士門、利奈に葉瑠が攻撃する。政臣はオーガに突撃しながらアマゼレブに脳内で話しかけた。
(おい、戦闘前に施したっていう〈祝福〉がちゃんと発動するか確かめさせてもらうぞ)
(アレか?確認なんかせずとも発動するというのに……)
政臣は士門たちの援護のおかげでオーガに近づく事が出来た。オーガは自分の腹に足を掛けられた時点で政臣に気付いた。政臣はサーベルを生成し、今までに嗅いだ事がない臭さの口に向かって突き刺した。
「グオアアアッ!?」
「刺さった!?」
「口の中はシールドが発動しないっていうの!?」
「まだだ!」
政臣は自分を掴もうとするオーガの腕を蹴り、空中で後方宙返りを披露しながら叫んだ。
「起爆!!」
次の瞬間、オーガの口に刺さったサーベルが爆発した。辺りが一瞬昼のように明るくなるほどの大爆発である。
オーガの顔は炎に包まれた。そして炎はどんどん身体に広がっていく。
「えっ?炎が……」
「あれはどんなものでも焼き尽くす〈神代の炎〉だ。俺のサーベルに込めるよう暇神に頼んだんだ」
困惑する姫愛奈に政臣が説明する。オーガは火だるまの状態だったが、未だにしっかりと地に足をつけて立っていた。
「最後のダメ押しだ!みんな叩き込め!」
士門、利奈、葉瑠は最後の力を振り絞って渾身の一撃を放ち、暁斗は『気』を実体として撃ち出す。姫愛奈は三連続でエネルギー刃を放ち、政臣は四本のサーベルを投げ爆発させる。オーガはほとんど肉塊に近い状態になっていた。
「傑!トドメだ!」
政臣は満を持して傑に呼び掛けた。傑は既に最大火力の必殺技を放つ為、事前に力を溜めていた。燃え盛るオーガの正面に立ち、傑は瞑目する。
(これだけの巨体で、魔力が他に比べて無い魔物なら……この技だ!)
傑は深呼吸をし、剣の柄に手を掛ける。傑の剣は普段なら通常のそれと同じく刀身は銀に輝いているが、ゆっくりと抜いたそれは光すら吸収してしまいそうな闇に包まれている。傑は剣を振り下ろす態勢を取り、政臣たちは傑から距離を取った。
「……!」
オーガの目は既に炎で焼かれていたが、どういうわけか自分の生命の危機を察知したようだった。僅かに残った力を振り絞り、傑に歩み寄ろうとする。
「遅い!」
目を見開き、傑は満身の力を込めて剣を振り下ろした。刀身から漆黒がオーガめがけて飛んでいく。それはオーガに直撃すると、その部分から小さなブラックホールを形成した。空間が歪み、オーガの身体を無理やりに捻れさせて吸収していく。周囲の草や葉も同様である。政臣たちは寄り添って、傑は地面に剣を突き刺し吸い込まれないように踏ん張った。
「ぐッ──!」
やがてブラックホールはオーガを吸収しきると、収縮して破裂した。政臣のサーベルの爆発よりも明るい光が一帯を包む。直視すれば網膜が焼ける光度である。幸いにも普通の人間ではない政臣たちは、目をきつく瞑って腕で覆うだけで光の影響を受けずに済んだ。
光が弱まり、また夜の静寂が戻った。いつの間にか倒れていた政臣たちは立ち上がって土埃を払う。
「やったか……?」
暁斗が呟く。
「そういう台詞は往々にしてフラグなんだが……今回はそうじゃないな」
オーガがいた場所は綺麗な円形の穴が開いていた。底には何か結晶のような物が落ちていた。政臣は穴に向かい、結晶を手に取る。結晶は両手で持たなければいけないサイズで、抱えるとずっしりと重かった。
「こいつがヤツの腹の中に入ってたのか?」
(これがあの鉄壁のシールドの正体だろうな。魔法を使う脳が無いオーガが魔法を行使するとなれば、それは行使しているのではなく魔法の効果を発現する何かが体内にあるはずだと踏んでいたが、その通りだったな)
「予想してたなら言ってくれても良かったよね」
(言わない方が面白いと思ったのだ)
相変わらずの邪悪さに政臣はため息をつく。穴から上がると姫愛奈以外はみな疲労困憊の状態だった。一撃しか繰り出さなかった傑も同様である。
「一回しか使った事が無かったけど、やっぱり疲れるな。体から魔力が一気に抜けて、ちょっとフラフラしてる」
若干呂律が回っていない状態で近づいてきた政臣に傑は言った。傑が使ったのは『ブラックホール』という。文字通りのあらゆる物を吸収する技だ。本物との違いは、一定量物質を吸い込むと、収縮した後失明する程度の光を発する事である。一発で体内魔力をほぼ全て使うため、使用後はしばらく体に力が入らなくなる弊害がある。
「これで帝国軍も動けるな──っと」
立ち上がろうとして倒れ掛ける傑を政臣は支える。
「休んでろ。少なくとも脚の震えが止まるまではな」
傑の脚は目に見える程小刻みに震えていた。傑は苦笑いする。
「そうだな」
政臣は思い出したように携帯型の通信機を取り出し、周波数をパールのいる司令部に合わせる。
「忘れない内に報告しなければ。──司令部、こちらは勇者部隊だ。森の主の撃破に成功した。ヤツは跡形もないよ」
通信を切り、政臣は地面に座り込む。深く息を吸う。土と草と焦げ臭い匂いが鼻をつく。制帽で顔を扇いでいると、遠くの方から戦車の走る音がかすかに聞こえてきた。
「戦車の音……結構近くだな」
『こちら司令部。第一、第三管区の部隊に進撃を命令しました』
通信機から声が聞こえてきた。
「こちら勇者部隊。了解した。──俺たちの仕事は終わりだな。早く帰ろう」
政臣の言葉に傑たちは首肯し、重い体を持ち上げる。上空では政臣たちの様子を観察していた偵察器が司令部へと帰っていく。政臣たちは疲れ、今にも休憩したい気分でいた。「警戒心を怠ってはいけない」という考えよりも「司令部で用意されているジュースは何味か」という考えが先行し、敵の接近を許してしまった。
「──ッ!?」
突然、政臣と姫愛奈は鼓膜が破れんばかりの耳鳴り音と共に頭蓋骨が割れんばかりの頭痛を覚えた。
「ぐうっ──!!」
「姫愛奈?」
「政臣どの?どうしたでござる!?」
「痛い……頭が……割れる……!」
政臣と姫愛奈は地面に四つん這いになり、口元を押さえる。
「……ヤバい」
二人は遂に耐えきれず嘔吐する。突然の事態に傑たちは困惑する。
「何……?」
(小娘……利奈という名前だったか?)
利奈の頭の中に声が響く。利奈は一瞬心臓が跳ね上がるが、アマゼレブと契約した時に脳内通信が出来るようになっていた事をすぐに思い出した。
(最近カルマが高い者と触れ合っていなかったからな。突然のカルマの煌めきにやられたな。──さっさと二人を担ぎ出せ。コイツらの体調不良の原因が近づいてきている)
(原因……?──まさか!)
利奈は姫愛奈に駆け寄り、無理矢理に立ち上がらせてその腕を自分の背中に回す。
「逃げるわよ!」
「宇治田どの!何でござるか!?」
「暁斗!青天目くんを背負いなさい!アイツが……アイツが来るわ!」
「アイツ……?」
傑が何の事か分からないといった様子で利奈に聞き直そうとすると、この場にいる者たちとは別の声が傑の耳に入った。
「……姫愛奈」
******
「報告!第二、第四管区の掃討完了!」
「部隊を発進させろ!」
偵察器からの映像では、戦車と兵員輸送車に乗った歩兵部隊が森に突っ込んでいく様子が見て取れた。
「第一、第三部隊はどうした?」
「森を突破しました!真っ直ぐに敵野戦司令部に向かっています!」
「第四管区の部隊に通達しろ。森を突破後、第二管区と相対する敵部隊を挟撃せよと」
「はっ!」
(この戦いは勝ったな……)
パールは長年の経験からそう推測した。敵は保有している兵力の大部分を偽情報によって出払わせている。野戦司令部にいるのは最低限の守備部隊しかいないはず。こちらの戦車部隊の敵ではない。
「勇者たちは?」
ふとパールは政臣たちの事が気になった。任務を果たしたというのに帰って来ない。どうしたのだろうか。
******
「姫愛奈、姫愛奈だ……。やっと会えた……」
翼は感激のあまり震え、一緒に来ていた蓮香の制止を完全に無視して姫愛奈に歩み寄る。
「姫愛奈、良かった……。一緒に帰ろう。洗脳を解いてあげるからね」
「い、嫌……」
利奈の肩を借りている状態の姫愛奈は恐怖に駆られた。自らのトラウマを想起させるモノが近づいてくる。もしも触られたら……考えただけで身がすくむ。
姫愛奈の様子を見た傑、士門、暁斗、葉瑠は咄嗟に利奈が慌てた理由を察し、翼に立ちはだかった。
「……傑?」
「翼、ダメだ。頼む。今回は見逃してくれ」
「……? ああ、そうか」
翼は一瞬困惑するような表情を見せたが、すぐに合点がいったようなしたり顔をした。
「みんなも洗脳されているのか。本当に酷いな。悲しいよ……」
「ちょっと待って。私には正気に見えるんだけど?」
蓮香がツッコミを入れる。
「翼、私たちの任務は森の主の撃破でしょ? さっさと倒して部隊を森に進撃させなきゃ──」
「あっ、それならもう倒したでござるよ」
「はっ?」
士門の言葉に蓮香は面食らうが、すぐにクレーター跡のような深い穴に気づき、駆け寄って覗き込んだ。
「もしかして……これ?」
士門が頷く。
「……。何だぁ、手間が省けたじゃない。なら、早速部隊に連絡して──」
蓮香は携帯通信機を取り出したが、次の瞬間にエメラルド色の閃光がそれを破壊した。
「きゃあっ!?」
「……させるか……」
撃ったのは政臣であった。歯を食いしばって立ち上がり、姫愛奈のもとに向かう。
「政臣くん……」
姫愛奈は利奈から離れ、政臣に抱きつく。それを見た翼は絶句した。
「苦しい?」
「ううん。政臣くんのおかげで今は苦しくないわ。でも……」
化物か何かを見る目で姫愛奈は翼を一瞥する。
「アイツがいるから、嫌……」
「姫愛奈!? 何で──」
「そう。じゃあ、どうしてほしい?」
「……殺して」
姫愛奈は潤んだ瞳で政臣を見ながら言った。政臣は頷き、利奈に姫愛奈を任せて翼と相対する。傑たちはそそくさと下がった。
「……お前だな。姫愛奈を洗脳したのは!!」
「自分に都合が悪いのは全部洗脳なのか? 姫愛奈さんは自分の彼女だって言いたいのか?」
「当たり前だろ! 姫愛奈は俺が落ち込んでいた時、親身になって支えてくれた……。
「そうか? 姫愛奈さんは目的の為なら躊躇いなく人の命を奪う人だぞ?」
「それはお前が洗脳したからだろ! 本当の姫愛奈はそんなことしない! 俺の姫愛奈は、優しい彼女なんだ!」
「高評価で嬉しいわ」
不快感に見舞われた姫愛奈は、この感覚を吐き出すためにぼやいた。
一方の政臣は、翼の言葉を聞いて何やら考えていた。ややあって政臣は、一つの仮説を確かめる為、翼に質問をした。
「……お前、姫愛奈さん以外で好きになった人はいるか?」
「何でそんなこと──」
「いるのか?」
有無を言わせぬ口調で政臣は
「……いない。だからこそ、この初めて抱いた気持ちを──」
「そこだ。お前が姫愛奈さんに好意を抱くというのは分かる。けど、何で姫愛奈さんがお前に優しくしたら姫愛奈さんがお前を好きだって事になるんだ?」
「えっ?」
「お前は姫愛奈さんに優しくされて勘違いしたんじゃないのか?自分の事が好きなんじゃないかって」
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