6.対公国戦 part4
入れば二度と出られないと言われる『黒い森』。鬱蒼と生い茂る木々の間を一匹の小動物が駆け回っている。夜行性の哺乳類、〈クルリス〉である。渦巻き状の尻尾を持つその生物はリスに酷似していたが、大きさは子犬ほどあった。クルリスは地面を凝視する。赤い斑点が特徴的なトカゲが夜の散歩に繰り出していた。クルリスは何の躊躇も無くそのトカゲを掴むと、頭からかぶりついた。口を小刻みに動かしながらご満悦の体でいるクルリスは、突如として上空が光った事に気付き、当然の如く空を見上げた。流星が降ってきている。それも複数。それらは遠くに見える大木に降り注ぎ……爆発した。
「攻撃を続けろ!森を焼き払ってしまえ!」
VTOLもどきに乗っている政臣は、モニターに映る燃え盛る森を見ながら興奮気味に叫んだ。砲塔から発射される魔力エネルギー弾は地面や木に触れた途端に爆発し、周囲を焼き尽くす。
「なーにが迷いの森だよ!全部焼けば関係無いじゃないか!ほらほら、あそこにはまだ火が及んでないぞ!」
森の上空にいる合計八機のVTOLもどきは絶え間なくエネルギー弾を射出する。数分と経たぬ内に森は夕暮れ並みの明るさを放つようになった。
「ハーッハッハッハ!環境破壊は気持ちイイZOY!」
「デ○デ大王がいるでござる……」
「これ、大丈夫だよな?俺たちが降りる場所があるんだろうか」
「私が耐火魔法を掛けてあげるから安心して」
不安を口にする傑に利奈が身を寄せて言った。姫愛奈は大はしゃぎの政臣を見て微笑んでいた。
「子どもみたいにはしゃぐ政臣くん、可愛い……」
おおよそ信じられない発言をした姫愛奈を政臣を覗く全員が見つめた。
「白神、青天目の言うこと成すこと全部が良く見えてないか?」
「なるほど、恋愛マジックでござるな」
「これが?これが恋愛マジックなの?」
姫愛奈の尋常の無さの余り、暁斗が疑問を口にする。それを士門が考察を口にし勝手に合点し、それに葉瑠が突っ込むというなんともめちゃくちゃな状況に陥っていた。
「よし!頃合いだな。ニーラヘル投下!」
VTOLもどきが揺れ、政臣たちは体勢を崩す。投下されたニーラヘルは着地と同時に指先からビームを発射し、森に破壊をもたらしていく。
「これだけ騒ぎを起こせば森の主も出てくるだろ。行こうぜお前ら!」
「うん!」
姫愛奈は大喜びで政臣についていく様子を見せるが、傑はわずかに躊躇う。
「い、今か?結構危ないんじゃ──」
「私が耐火魔法で守ってあげるから大丈夫よ!行きましょ!」
「利奈!?なんでそんなにノリノリなんだ!?」
「私たちが早く動かないと帝国が負けるわよ!」
というのは建前で、
(今、向こうには少なくとも三人の勇者が来てる……。一人屠って生け贄にするチャンス!!)
利奈はローブの下に隠している金色に輝くナイフに触れる。アマゼレブとの契約を達成する為、利奈は二人のクラスメイトを殺さなければならないが、前に夏井隼磨をターゲットに試みたが、返り討ちにあって捕まってしまった。傑以外の男に触れられるというこれ以上無い不快な出来事に見舞われたが、傑が颯爽と現れて助けてくれた。パーティー分裂前、自分が絶体絶命のピンチに襲われた時のように。傑はどんな時でも助けてくれる。病気や寿命ごときで失ってたまるものか。今回は絶対に一人持っていってやる。
やる気を満々の利奈を見て、傑は若干の疑問が浮かぶも、首を振って余計な事は考えまいと思考を切り替えた。
「……分かった。行こう」
政臣たちが乗ったVTOLもどきは森林のギャップに着地し、ルドラーたちを降ろした後に大地に足をつけた。
政臣たちはVTOLもどきが飛び立ったのを見届けると、自分たちの目の前にある巨大な洞穴に関心を向ける。
「ここだけ木が生えてないわね」
「ふむ、戦うにはちょうど良い広さでござるな。これなら葉瑠どのの誤射にも心配しなくて済むでござる」
「なっ、何よ。ちゃんと練習して最近はちゃんと目標に当てられるようになってるから!」
葉瑠が杖を掲げる。すると突然先端から火球が発生し空に飛んでいった。
「ちょっ!?」
「葉瑠!?」
「ち、違っ、ちょっと炎をイメージしただけで……」
「確かに才能はあるんだな。問題は制御出来るかどうかだな。……ん?」
洞穴の奥から足踏みの音が聞こえてきた。洞穴の闇の中に、二つの光が灯る。それはかなり高い位置にあり、足踏みの主が視認出来るようになる頃には、それが目であることが分かった。
「……」
「……えっ、でかくね?」
(ふむ、でかいな)
「ちょっとアマゼレブ!敵のサイズくらい教えなさいよ!」
(いや、聞いてこない方が悪いな)
「暇神が……。いやいや、変なことは考えるな。──打ち合わせ通りだ!とにかく敵の硬さを確かめるぞ!暁斗を援護しろ!」
暁斗がオーガに駆け出すと同時に遠距離攻撃を主とする政臣、士門、利奈、葉瑠が各々攻撃を開始する。士門はオーガの目を狙って三本同時に打ち出す。弾丸並みの速度で飛ぶ矢が目を庇った右腕に刺さるが、一瞬の痛みで呻いただけで効いているようには見えない。
「ドラゴンもぶっ倒れる猛毒でござるよ!?」
「何らかの魔法的処置が施されてるんだろ!」
政臣はモーゼル・フェイクを連射する。ぶくぶくと太った腹に穴が開くが、すぐに再生する。
「やっぱこの銃ってオモチャだな!」
「
「──っ!」
利奈は呪文を詠唱し、葉瑠は脳内に炎を強くイメージして火球を発射する。二つの火の球は見事に命中する。が、全く効いている様子は無い。
「っ、何で!?オーガは炎が効くんじゃ──」
「しゃおらっ!近づいたああぁ!!」
暁斗はオーガの足下に接近し、とんでもなく太い脚に魔法で最大限に強化したパンチを食らわせた。脚の肉が波打つが、オーガにダメージは無く、煩わしそうに暁斗を踏み潰そうとする。
「うおっ!」
颯爽と避けた暁斗は政臣と傑の近くに行き、所感を口にする。
「やっぱおかしいぜ。殴った時の感覚が変だったぜ。なんつーか、肉じゃなくて壁を殴ってる感じだ」
「壁!?」
「……。ひょっとして、ヤツの表面に魔法のシールドが張られているのか?」
(なるほど、オーガ風情には持ち得ない魔力を帯びていると思ったが……そういうことか。強力な魔法障壁を表皮に張り巡らしているようだ)
「何で魔力と魔法の区別がつかない」
(世界を隔てると見えないモノもある。まあ、継続的に攻撃を加えればその内破れるだろうな)
政臣は腕時計を見やる。カウザー将軍の命令が発令されるまで一時間と数十分。それまでに倒さなければ、帝国軍は魔物たちに蹂躙される。帝国軍所属の魔導士たちも森に突入して魔物と交戦しているが、目の前の化物は他のそれとは比べ物にならない。森を掌握するには何としても殺さなければ。
「チッ、どうしてこうなったのか……」
「?」
政臣が何か呟いた事に気づいた傑は、政臣の顔を見る。
「一気に火力を叩き込むしかない。ヤツのシールドは鉄壁じゃない。繰り返し攻撃してシールドを破る。そうすればヤツはただのデカイ魔物だ」
政臣は一瞬思考を巡らせた後、全員に聞こえる声で指示を出した。
「宇治田と住良木、それと士門は距離を取ってシールドを破る事に集中。姫愛奈さんは三人のカバーに回って。俺と暁斗は撹乱を担当するぞ」
「わ、分かった」
「爆破魔法で威力を高めるでござるよ」
「姫愛奈を私たちのカバーに回すって……姫愛奈は大丈夫なの?」
「余裕よ。こんなに楽な役割は無いわ」
「俺……どうやって撹乱するんだ?」
「近づいて適当に殴れ」
「正気か!?」
「待て、政臣。俺は?俺は何をすれば」
つま弾きにされた傑が慌てて政臣に尋ねる。
「何言ってる。お前が一番瞬間火力を出せる人物なんだぞ。ヤツのシールドが剥がれた瞬間に渾身の一撃を叩き込んでもらう。それまでは一切力を使うな。──要は後ろで見てろって事だ」
「だが──!」
傑が反論するより先にオーガが動き出す。オーガは政臣、傑、暁斗の三人に向かって握り拳を振り下ろす。政臣は二人の前に立ちモーゼル・フェイクをクロスする。握り拳は政臣を潰してしまうと思いきや、アマゼレブの〈祝福〉によって完全に防がれた。
「久しぶりにアンタの〈祝福〉が役に立ったな!」
(言ってろ。さっさと獣を殺せ)
「暁斗、突撃してヤツをぶん殴れ!傑は下がってろ!いいか、手を出すなよ!」
「マジかよ……」
「──っ」
二人は躊躇いつつも行動を開始する。それに呼応して利奈、葉瑠、士門の三人が絶え間無い遠距離攻撃を始める。
「そおらッ!」
暁斗は脚に蹴りを入れる。普通の魔物相手なら内臓破裂と複雑骨折を引き起こす威力だが、少しよろめいただけでオーガにダメージは入っていない。
「くうっ!もどかしいぜ!」
「
利奈は氷の矢をマシンガンのように撃ち出す。矢はオーガの体には刺さらず張り巡らされたシールドに弾かれる。
(雷……雷のイメージ……!)
葉瑠は電撃魔法を使う為にイメージを脳内で固める。はっきりとしたイメージが出た瞬間、葉瑠は杖先をオーガに向けた。双頭の電気の龍頭が現れ、オーガに直撃して爆発する。
「負けていられないでござるよ!」
士門は矢に爆破魔法をかけ、また三本同時に発射する。爆発に次ぐ爆発でオーガは怯む。
「爆発で怯ませられるぞ!」
政臣はそう叫びつつモーゼル・フェイクを撃ちまくる。人間離れした速さで引き金を引き、エメラルドグリーンの閃光がオーガに飛んでいく。当たる度に血が吹き出す。しかしオーガにダメージが入っている様子はやはり見受けられない。
「ホントにシールドは破れるんだろうな!?」
(普通ならな……多分。いや、きっと破れるはずだ)
状況を楽しんでいるアマゼレブの声を脳内から閉め出し、政臣は戦闘に集中する。
(まずいな……。向こうの奴らが来ないうちに片付けないと……)
******
「彼らはまだ森の主を倒せていないのか?」
パールは幕僚の一人に尋ねた。
「はっ。どうも苦戦しているようで……」
「他の魔導士たちは?」
「何人かは既に担当区域での掃討を終わらせております。が、完全な掃討にはまだ時間が……」
(各地で魔物を打ち破ってきた彼らでも駄目か……。だが──)
パールは腕時計を見る。
(あと三十分。それまでに倒してもらうぞ。でなければ──)
「報告!公国陣地に動きあり!」
「何!?」
幕僚の一人が愕然としたように言った。一方パールは極めて落ち着いた様子で通信兵に尋ねた。
「詳細は?」
「複数の魔導士部隊が森に入ってきたようです。──いや、待ってください!」
通信兵は通信機に耳を当てながら通信先の言葉を必死に聞いているように見えた。
「公国軍の部隊が前進を開始しました!……えっ、公国軍じゃない……?……勇者軍?」
「連盟の勇者か」
パールは
しかし、公国側は勇者軍なるものを送り出し、勇者軍は馬鹿真面目に街道を通ってやって来て、予想通り手痛い損害を受けて逃げていった。意図が分からない行動だったが、これだけならまだ良かった。しかし今回のでますます向こうの意図が分からなくなった。
帝国軍は公国の偵察器を複数確認していた。おそらくこちらの魔導士の動向を監視し、政臣たちの姿も確認しているはずだった。この時点で公国軍は帝国が森を強行突破して自分たちの側に侵攻してくると予想がつきそうなものだが、不思議と動きは無く、魔導士たちと政臣たちは心置きなく魔物と戦っている状態だった。パールと幕僚たちは、公国が迎撃態勢を整える方針を取ったのだと推測し、強力な抵抗を想定した部隊編成を急いでいたのだが、突然の勇者軍突撃によりパールと幕僚たちの計画は修正を余儀なくされていた。
(まだ魔物の掃討は終わっていない……。突撃するなら我々が魔物をある程度掃討した段階で来ると予想していたが……何故今なんだ?今入ったら魔物に殺されるというのに……。魔物に対抗出来る兵器を持ってきているのか?いや、なら昼間のあの攻撃は何なのだ?……ええい分からん!兵士を無駄に損耗する可能性を有してまでこのタイミングに動き出した意図が理解出来ん!)
「閣下!」
司令部のテントに一人の士官が入ってきた。
「何事か!?」
「外をご覧下さい!」
外に出たパールたちは森を見て驚愕した。第三管区──政臣たちが担当しているオーガの洞穴がある方角にまばゆい光が見えたからである。
「何だあれは!?」
「昼のように……明るい……」
「──報告です!」
光が収まってから少し間を置き、テントの中にいた通信兵が叫んだ。
「今度は何だ!?」
「我が方の勇者部隊が森の主を撃破しました!」
「おお!」
「他の魔導士たちは!?」
「第一管区、第三管区が掃討完了。第二管区、第四管区は依然掃討中です!」
パールが幕僚と共に定めた侵攻ルートは、森の中でも比較的木々の間隔が広く、かつ戦車でも通れる平坦なルートである。その内の二つが進撃可能となっている。
「勇者軍とやらは今どこに?」
「ええと……第三管区。勇者部隊がいる場所に向かっています!」
「連中は勇者が狙いか!?」
「公国軍は?公国の連中はどうしている?」
「事前に流した欺瞞情報に基づき、第二管区付近に迎撃部隊を差し向けています。兵数にして三個大隊程度です」
「勇者軍の規模は?」
「およそ一個中隊です」
(一個中隊……こちらの勇者たちに対処出来るか……。第一、第三管区は今にも進撃出来る。当初の目標である敵野戦司令部へ進撃させるか……?)
パールはしばらく考えた後、命令を出した。
「第一、第三管区の部隊に通達!進撃開始、可及的速やかに森を突破し、敵野戦司令部を目指せと!」
「はっ!」
命令はすぐに伝達され、一個師団で構成された第三管区部隊が森に入る。数分遅れて第一管区部隊も森へ突入した。対公国戦は、様々な想定外の事態によって混乱の様相を呈し始めるのだった。
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