断りの言い訳
九十九
断りの言い訳
言い訳を考える。どうにか断る言い訳を考える。けれども結局、何も思い浮かばす、男は溜め息を一つ吐いた。
男が少女を拾ったのは、少女が未だ喋りが拙いような幼い時だった。男の依頼主の家に転がっていた骨と皮ばかりの踏み潰してしまいそうな小さな命が少女だった。行きずりの関係で男が少女を拾い、そうして共に暮らし始めたのは数年前だ。
男が拾った少女は、拾った頃よりも身体に肉が付き、言葉だって達者になった。がらんどうだった心にも何時しか感情が宿っていった。男が与えれば与えるだけ成長する少女は、何も持たないで生きて来た男の楽しみになった。
少女は成長し、年相応の子供になった。それは良い。少女が成長する事は良い事で、拾ったばかりの昏い目より今の輝きに満ちた目の方がずっと少女に合っている。我儘だって可愛いものだった。
問題なのは、年相応に成長する子供の我儘に男が追いついていない事だ。
少女はずっと我慢して、男が抜け道を用意してやるとそこから我儘をやっと言うような子だった。今回の遊園地への約束も、ずっと行きたかったのだろうに、男が忙しいからと黙っていた。少女の様子に気が付いた男が、そろそろ出掛けないか、と言ってようやく少女は遊園地の事を話し出したのだ。
その遊園地を既に一度、男の仕事のせいで中止にしてしまっている。少女は気にしていない、と口にするけれど、笑っている顔はどう見たって無理していた。
遂に二回目の約束がもう目と鼻の先に近づいて来た、と言う今まさにその時にも、男の携帯に仕事の電話は入った。
何処かの誰かを始末して欲しい、そんな電話で知らされた何時も通りの仕事の日付は間違いなく少女と遊園地に行く事を約束した日だった。
断ってみても、どうしても頼みたい、と押し問答が続く。普段断った事が無かったから余計に誰も手が付けられなかった仕事が回って来ているのだろうが、こんな事なら日頃から自分の都合に合わせて断っておけば良かった、と男は舌打ちをする。何処かの誰かじゃなく、仕事を斡旋してきた連中を始末してやろうか、と考えてみてもそれが出来る訳でもない。
無情に切れた電話は黙したまま何も語らない。また掛け直すしか無いようだ。仕方がない、と携帯を懐に仕舞い、何か断る良い言い訳はないものかと考えながら、男は少女との待ち合わせの場所まで急いだ。
言い訳を考えながら辿り着いた待ち合わせの部屋は、荒らされており、中には誰も居なかった。男が数人、土足で入り家の中を歩き回っている足跡もあった。幸い流血なんかは見られない事から、少女に出血を伴う傷を付けずに連れ去ったようだった。
やられた、と男は舌打ちをし、自身の銃の残弾を確認してから玄関から飛び出した。昼間とはいえこちら側の人に知られている場所を待ち合わせ場所にするのではなかった、と歯噛みする。少女を見張らせていた人物は見事に複数人によって伸されていた。
今の標的に男の情報は漏れようは無く、今までの標的は全て始末して来ている。となればこのような事をしたのは男側の人間である。
男は盛大にため息を吐きながら、仕事を斡旋してくる連中の元まで急いだ。
銃を突きつければ、仕事を斡旋してくる連中の中でも下っ端のそいつはべらべらと喋った。
依頼人はどうしても仕事を引き受けて貰いたいらしい。金を積んで下っ端から情報を買取ると、男の最も弱い所、少女を攫っていった。
男は溜め息を吐いて、下っ端の頭から銃を退けた。下っ端は涙ながらに謝罪を繰り返すが、男にとってもうどうでも良い。
さっさと方向を変え、下っ端から聞き出した依頼人の元へと足を向ける。後ろで下っ端が何やら助かった感謝なんかを喚いて居たが、男には興味が無かった。信用がなければやっていけない世界で信用を地に落としたあの下っ端は他の連中によって処分されるだろう。どっち道あの下っ端には未来はなく、男と関わる事もこの先二度と無い。
下っ端の潜んでいた建物を出る瞬間、顔馴染みの連中が男へと深々と頭を下げ入れ替わりで建物へと入って行ったが、男は振り返らなかった。
屋敷の中、遠くで爆発音が響き渡り、幾つもの怒号が走って行く。
こうなったらもう言い訳もいいか、と男は頭からスーツを被せた少女を抱き上げながら部屋の向こう側へと手榴弾を放つ。遠くで爆発音と悲鳴が木霊し、怒号は更に大きくなった。
少女が捕えられていた部屋は、依頼人の部屋の奥にあった武器倉庫のような部屋で、様々な物資が手に入った。最悪、ここに籠城して少女を人質に仕事をさせる気だったらしい。
男が少女を抱えて部屋から抜け出すと、部屋の外で待ち構えていた連中が発砲してくる。もうとっくに交渉は決裂しているので、相手も自棄だ。もしかしたら依頼人の、ここの主人の仇打ちと言うのも有るのかも知れなかった。
男はさっさと相手の頭に銃弾をぶち込んで、部屋を後にする。時間で言えば少女はそろそろ眠る時間だし、彼女の身体に何かされていないとも限らないのでとっとと医者に見せたかった。
あちらこちらからやって来る連中を薙ぎ倒して出口に進む。途中、倒れた相手が持っている手榴弾を拾っては投げ、拾っては投げてを繰り返し、屋敷の中を壊滅させて行った。
時折、不安から少女が顔を上げようとするので、頭を撫でて伏せさせる。少女の状態で言っても、これ以上時間を掛けるのは得策では無い。
再び出てきた依頼人側の人間に鉛玉を食らわせ、その近くに落ちていたロケットランチャーを手に取った。何処から持って来たんだ、とか、建物内で撃つつもりか、とか首を傾げながらも、丁度良いので拝借する。
出口から出る寸前、背後から幾つか声が聞こえたので振り返り目視で確認すると、男を始末しようとしている連中が数人、こちらに向かっているのが見えた。どうやら彼等で最後らしい。後ろ手に幾つか銃弾を撃ち込み、足を早める。怒号はもう殆ど聞こえなくなっていた。
男は疾走し出口から屋敷の外に出て距離を取ると、少女をそっと後ろへと降ろしてロケットランチャーを構えた。数秒も待たぬ内にロケットランチャーを屋敷の中へと打ち込む。男の投げた手榴弾であちらこちらがたが来ていた屋敷は、ロケットランチャーによって跡形もなく崩れていった。
男は崩れ切った依頼人の屋敷を眺めて息を一つ吐く。もう断る相手もいなくなったのだから言い訳を考える必要も無くなった、と降ろした少女を抱き上げる。
少女が苦しそうにスーツの中で動くので、顔を出してやると不安そうな眼差しとかち合った。
少女に、大丈夫だ、と告げて、気を紛らわせるために懐にずっと仕舞っていた遊園地のチケットを渡してやる。本当は当日渡そうと思っていたが、今回の事で少なくとも少女との予定がある日に仕事が入る心配は無くなったので、約束の証として渡してしまう。
大事そうにチケットを握る少女に男は笑い、遊園地楽しみだな、と呟いた。
断りの言い訳 九十九 @chimaira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます