言い訳は甘いものと同じ

双 平良

言い訳は甘いものと同じ

 海の見える丘の住宅街には看板のない喫茶店カフェがある。

 赤い屋根と洋煉瓦の建物が日本の住宅街の中では目立つ、とてもおしゃれな店だった。入口に一番近い窓際にはガラス製の青い猫の置物があるのが特徴で、猫は三角の耳とアーモンド型の瞳を外へ向けて、坂道から来る客を待っていた。

「あの店のケーキ、美味しそう」

 ぼんやりとつぶやいたのは、右隣を歩く陽菜ひなだった。

 実は、かなでも目に入っていたが、あえて無視していた。しかし、彼女の一言でつい目が行ってしまった。そして、目が離れない。

 道沿いの窓際の席は、薄いレースのカーテンがかかっているのだが、客のプライバシーは守りつつ、絶妙な開き加減でその席の注文品が見えていた。

「ちょっと、陽菜!誘惑しないでよ」

「だってー」

「ふーむ。どれどれ……」

 左隣の夕花ゆうかは奏と陽菜の会話を気にせず、スマホで何かを検索していた。

「グルメサイトには載ってないけど、地図案内には口コミがあるよ」

「夕花……!」

「名前のない喫茶店カフェ……?が、お店の名前? 青い猫が目印だから間違いないかな。"西欧の田舎風の落ち着いた店内で飲む珈琲、手作りケーキは絶品!"だって」

「へぇ」

「他には、"ソーダ水がレトロでかわいい"、"店のマスターがイケメン"!!」

「それは、ちょっと気になる」

 夕花が読み上げる口コミ内容に、陽菜が反応する。

「だめだよ!二人とも、甘いものなんて!約束したじゃない!」

 すっかり坂道を下る足が止まり、店の方へと足が向いている陽菜と夕花を奏は止めた。

 そう、三人は約束したのだ。

「今年の夏休みは、三人ともスリムアップして南のリゾート地をエンジョイするんじゃないの!?」

 話は遡ること二か月前、初夏大型連休も終わったばかりの頃、高校からの友であり、同じ大学に通う三人は、夏休みの話で盛り上がっていた。夏ならばやはり海と言わんばかりに考えた南の島への旅行計画には、一つ問題があった。

 体重である。

 三人とも傍から見ればそこまで気にする必要がない体形であるのだが、そこはお年頃。己の理想体重や体形があった。そうして、旅行計画とともに発起されたのが、三人でスリムアップをすることであった。

 ジムに通うことと高カロリーなものの摂取禁止、時間がある時はウォーキング。この三つは目標達成の共通項目であった。

 一人では怠け癖などが出てしまうところも、三人で切磋琢磨すれば頑張れる。

 最初に言ったのは誰だったか。

 今では、三人とも覚えていないが、宣言通り三人はお互いを励まし合う……悪く言えば監視し合うように、ダイエットに励んでいた。

 今日もこれから三人で坂の下、駅前のジムに行くところである。

 なのに、

(とんでもないものに足をとられてしまった……)

 奏は心の中でつぶやいた。

 彼女もジムへの行き帰りの度にカフェがあることは認めていた。窓辺でよく素敵な喫茶をしている人々がいることも、内装が西欧風なこともケーキが手づくりでソーダ水はレトロかわいくて、マスターがイケメンなことも知っていた。

(だって、私もこのお店検索したの!)

 その行為は今より二か月も前のことだった。

 しかも、一人の時に何度か入店しようとしたことがあった。その度に、友人二人との約束を思い出しては入店を止めたのだった。

 奏が苦悶したように、陽菜と夕花は苦悶しているようだった。

 普段から、スイーツには目がない三人にとって、ジム通いより、高カロリー禁止は苦行であった。飲み物だけで済ませればよい所なのだが、メニューを見た時にそこで踏み止まれるか、奏には自信がなかった。

 すると、陽菜が小さく提案した。

「あと少しで目標達成だし……、旅行の直前か後に行こうよ」

「それなら、体重気にしなくても良いし、がんばったご褒美にもなるね」

 夕花が賛成すると、奏も続けて頷いた。

「がんばろう!」

『おー!』

 元気な夕花の掛け声に合わせて、三人は喫茶店を背にジムへと向かった。



 ―――――三日後。


 奏なぜか例の喫茶店の入口の前にいた。

「ど、どうして……」

 思わず声が出る。

 喫茶店の入口そばの窓辺には相変わらず青い猫の置物がこちらを見ており、昼の白い太陽光を浴びて、青い光を乱反射させている。

 その奥に、両手を合わせて謝るジェスチャーをする陽菜と夕花友人二人がいた。

「ふーたーりーとーもー」

 二人が座る席に行くと、奏はわざとらしく言った。

『ごめん!奏!』

 奏は彼女らが指定した待ち合わせの場所を聞いた時に、何となく嫌な予感はしていたが、案の定であった。平謝りする二人をジト目で睨みながら、奏は陽菜の隣に座る。

 二人の前にはすでに、注文品が届いていた。

 陽菜の前には、アップルケーキ。細かく編まれた生地はきつね色で、つやが美しい。バニラビーンズの黒い粒が入ったアイスクリームが添えてある。

 夕花の前には、クレープがあった。食べ歩きするような円錐形のクレープではなく、平皿に薄く焼き畳まれた扇形のクレープだった。三枚のクレープはシロップに浸されており、その上にはバニラアイスクリームとオレンジの甘煮が乗っていた。

 クレープシュゼットという名のお菓子だという。

 二人は申し訳なさそうにしながらも、同罪にせんと奏にメニューを持たせた。

「二人そろって、裏切りだぞ!」

 そう言いつつも、目はスイーツのページを追う。

 結局、奏もあの日、店の前に立ち止まって以来、頭から離れないものがあった。

「だって、夢に毎日見ちゃって……!」

「そうそう、私も!」

「夢?」

 先に失礼とそれぞれの注文品を幸せそうに口に入れる二人に奏は尋ねた。

『スイーツの夢』

 二人曰く、先日の喫茶店前の一件以来、夜寝るとどんな夢も最後はスイーツが出てくるようになったという。夢のシチュエーションはさまざまで、おなじみの大学キャンパスや駅前の時もあれば、南の島や行ったことがない異国、しまいには宇宙もあった。しかしどれも夢の筋書きは同じ。

 この喫茶店の青い猫の置物が何故か動いており、それを追いかけていると、パイやケーキ、クレープなどが現れる。

 そして、それを食べたいと手を伸ばした瞬間、遠くに飛んで行ったり、突然空いた穴に落ちて消えたりする。大変、口惜しい夢ばかり見るのだった。

 そうして、夕花に至っては電車内の転寝にすら見てしまい、駅前で偶然会った陽菜ととともに、例の店へと向かったのだった。

 なお、陽菜も同じ理由で、駅前にいたのだそうだ。

 二人の話を聞きながら、

「それ、私も見た……」

 奏は青い猫の置物を横目に呟いた。

『奏も?!』

「うん、三人とも同じ?夢見るなんて、そんなことあるのかなー」

「うーん、甘いものを極限まで断ったための集団幻覚?」

 夕花がもっともらしい、いい加減なことを言った。

「でも、青い猫が出るまで一緒なんて不思議」

「……なんにせよ、三人で同時に約束破ったんだから、言い訳はなしってことで」

「賛成!」

「たまには、休息も必要だよね!」

「うんうん。大事!」

 彼女たちはそれらがすでに言い訳だと気が付かずに言った。

「明日からまたがんばろう!」

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