裁定官の憂鬱
柳生潤兵衛
魔道具
とある王国の首都。
王城内の小さな一室。
入り口扉には調停室の立て札。いくつかある裁定室のうち、最も小さな部屋。
一つだけ置かれた机には、黒い法服に身を包み木槌を握った若き裁定官。貴族学院を出たばかりの子爵子息ジュストが就いていた。
その向かいには椅子が少し離れて二脚、裁定官に向いて並び、そこには法服の男よりもやや年上の平民男女がそれぞれ所在無げに座っている。
男は魔道具師ペドロ。
女は書籍修復士ダフネ。
国政を司る城内で起こる問題の解決を図る裁定官が、なぜ魔道具師と書籍修復士の仲裁をするかというと――。
ペドロもダフネも王城で働く国家技能者であり、あろうことか城内で痴話喧嘩を繰り広げたからである。
その裁定を任せられたのがジュスト。
彼の初仕事である。
「それで……お二人は何故いさかいを起こしたのですか?」
ジュストが先ずペドロからと視線で促すも、そこにダフネが割って入る。
「ペドロが浮気をしているんです!」
「おいダフネ! 俺は浮気なんかしていない。何回言わせるんだ!」
「嘘よっ!」
「嘘じゃない!」
タンッタン!
勝手に言い争いを始めた二人を、ジュストの木槌が止める。
「鎮まりなさい。周囲からの話では、二人は結婚を考えるほどの中だそうではありませんか。そんな貴方達がどうして白昼の城内で争ったのです?」
ペドロさんから、と口頭で促す。
「あの……その……ダフネとは一緒に暮らしているんですが、俺――私が仕事で帰りが遅くなるのが不満みたいで……」
「それはペドロがっ……」
またもダフネが口を挟みそうになるのを、ジュストが制した。
「ダフネさん。ペドロさんの帰りが遅いのは事実ですか?」
「はい! 仕事を言い訳にゼッタイ女と逢ってるんです、コイツ」
「ダフネさん……決めつけてはいけません。ペドロさん、本当にお仕事で遅くなるのですか?」
「は、い、その……」
「裁定官の僕が、職場にペドロさんの勤務実態を訊けばすぐに解かるのですよ?」
「あ、の、それは……」
「ほら! 嘘を吐いてるから、しどろもどろになるのよ」
怒り心頭といった感じで、ダフネがペドロを責める。
ジュストも、ペドロが真実を語っていないと捉え、怒るダフネを宥めつつ彼と問い質していくと――。
「ほ、本当は……ダフネに内緒にしておきたかったんですが、実は――」
ペドロは、長年付き合ったダフネにプロポーズすべく、彼女に贈る為の指輪――守護の祈りを込めた指輪を自作していたのだという。
祈りの込められた指輪は、魔道具師にしか作製できず、貴族ですら欲しがる貴重品だ。
ましてや守護の祈りは、装着者の命を護る物で、それを込められる能力を持つ者は王国でも数少ない。
貴族子息のジュストでさえ購入が難しく、平民なら尚更手に入れられない代物。
ペドロは指輪を用意し、あとはプロポーズに向けて何日も掛けて祈りを込めていたそうだ。
「ダフネを驚かせたくて、仕事終わりに、内緒で同僚の家に行って製作していたんです。お、男、男の同僚ですよ?!」
「ペドロ……」
それを聞いたダフネは、口に手を当てて瞳を潤ませる。
そして、そんな彼女を見てペドロは椅子から立ち、胸のポケットから箱を取り出し、彼女の前に跪いてその蓋を開けて彼女に向ける。
「ようやく完成したから、貴女に求婚できる。俺と結婚してくれ」
ダフネは、椅子に座ったまま感涙に咽んでいる。
そして、首を何度も縦に振り、彼から指輪を着けてもらう。
彼から差し出された手を取り、立ち上がると二人で厚い抱擁。
長い抱擁。
気の済むまで抱き合った二人は、ふと我に返り、気恥ずかしげに並んでジュストを見遣った。
「まあ……とりあえず、お幸せに?」
ジュストは二人をお咎め無しで解放する。
二人が出て行った調停室に残るジュストは、大きなため息を吐いて一言。
「ここは調停室だよな? 僕は何を見せられたんだ……」
裁定官の憂鬱 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee
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