西ノ賢者と東ノ勇者(バカ)~天才令嬢はご都合展開が分からない~

すー

第1話:小姑とクソガキ


「やあ、初めまして! よろしく!」


 勇者アズマの第一印象は悪くはなかった。

 擦れてる様子はなく、とはいえ貴族のボンボンって感じもしない。 けれど世界の悪い部分を全く知らないで育った感じ。


 これくらないなら許容範囲と思っていたーー




ーーしかし今となってはどうして勇者のパーティーに賢者として入ることを断らなかったのか、とひどく後悔している。


「もう限界です」

「まあまあそう言わずに」


 私は勇者パーティーを監督する役人に辞表を叩きつけた。


「何がそんなに気に入らないんです?」

「何がって……っ」


 何がってあいつの全てが気に入らない。

 生活習慣から、笑い方、好み、行動ーー知性がない、思慮がない、行き当たりばったり、私が正しい道を示しても根拠もなく否定する。


 生理的に無理だ。


 私とは対極的、種族が違うとすら思える。


「彼は異世界人なんだ。 慣れないこともあるだろうし」

「それを考慮しても! です!」


 悪い奴じゃないのは分かってる。

 理解する能力もある。


 私の言うことを聞いておけば、効率良く問題を解決できるっていうのに。


「もう少しだけ様子を見てくれないかな? 君の代わりを務める人材が見つかるまで、ね?」

「……………はい。 お願いしますよ!」


 私の代わりなんて見つかるのだろうか。 そもそもこのニコニコ愛想笑う上司は探しているのだろうか。


 嫌とはいえ辞めれないうちの、仕事は完璧にこなさなければならない。


 それは勇者と良好な関係を保つことも含まれる。 勇者を他国に奪われれば、私の首だけでは済まなくなる。


 だから私は勇者パーティーの拠点である一軒家に戻り、入る前に深呼吸して心を静めた。


「ヘイヘイヘイ!」

「当たれー!」


 リビングでクッションが宙を舞っている。


 仕事帰りに寛げるよう、最高級の家具を選び、最適な位置に配置した完璧な空間だったはずなのに。


「「あ」」


ーーぼふん。


 私の顔に柔らかい衝撃。

 さすが最高級品である。


 こんなことのための柔らかさではないのだけど。


「勇者アズマぁ……っ」


 私はやっぱりお前が嫌いだ!



 異世界に勇者として召喚され、勇者になって、順風満帆の人生だ。


「サルビアと申します」


 綺麗な人だと思った。


「初めまして! これからよろしく!」


 努力だけで勇者に選ばれたわけではない。

 けれどこの力で誰かを、もちろん目の前の彼女も守りたい。

 物語とは違って苦しいときもあるだろう。 けれどきっと彼女と一緒なら、そう思っていたーー




ーーしかし今となってはまるで小姑のようで、彼女がいると息が詰まる。


『勇者アズマ、遅刻ですよ』


『勇者アズマ、顔を洗ってください』


『勇者アズマ、食事は音を立てずに』


『勇者アズマ、笑うとは不謹慎ではないですか』


『勇者アズマ、そのやり方は非効率です。 こうした方が』


『勇者アズマ』


『勇者アズマ』


『勇者アズマ』


「あーもう! いちいちうるさいな!」


 勇者は戦士なんだ。 大事なのは強いかどうかなのに、細かいことをぐちぐちと。


 確かに俺は彼女のように賢くはない。 けれどなんだかんだ結果は出してるし、少しくらい褒めてくれたっていいじゃないか。


「アズマ殿、勇者としてのお仕事は順調ですかな?」

「順調ですよ! しいていえばサルビアがいちいち細かくて疲れます」

「あー、生真面目な方ですからねー」


 上司である男は人の良さそうな、しかしどこか胡散臭い笑みを浮かべている。


「全然合わないっす」

「まあそうかもしれないですね。 嫌いですか? 彼女には劣りますが、代わりの人材を呼ぶこともできますが」


 サルビアは悪い奴じゃない。 むしろ良い奴だあることは確かだ。


 絶望的に性格が合わないだけで。


「嫌い……ではないです」


 勇者パーティーというのはこの世界の人にとって特別で、名誉なことらしい。

 サルビアに助けられた場面も多いし、小言が嫌だからといって彼女を外すのはさすがに違う気がした。


「……あんまり気にしないことにします」

「分かりました。 何かあればおっしゃってください」

「ありがとうございます」


 上司と話て少しモヤモヤしたので、家に帰ってパーティーメンバーを誘って遊ぶことにした。


「おかえりアズマー」

「なあなあ枕投げしようぜ!」

「お、いいね!」


 せめて他のメンバーにノリの良い奴が居たことが救いだ。


「勇者アズマぁ……っ」


(やっべえ)


 その後、セルビアにめちゃくちゃ怒られた。


「なんだよ、枕投げくらいでよ」


 やっぱりあいつとは合わねー。


 

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