30歳、無職、実家暮らしの女のいいわけ

折原さゆみ

第1話

「結婚か、仕事か……」


 女は頭を抱えていた。2023年1月末日に、女は大学卒業後から働いていた会社を退職した。8年近く勤めていたが、諸事情があってこれ以上は続けられないとの判断だった。その後のことはどうにかなると楽観的に考えていた。しかし。


「今日は3月16日。これで辞めてから2か月近くになるわけだが……」


 現在無職の実家暮らし。両親にパラサイトしている甘えた生活を送っている。転職先を決めていたわけでもなく、結婚を理由にした寿退職でもない。女は人生の岐路に立たされていた。



 退職した女はとりあえず、市役所とハローワークに赴いて退職後に必要な手続きを行った。健康保険、年金、雇用保険などの手続きは案外スムーズに終わった。その後、市役所から健康保険、年金、市民税などの切り替えの書類と振込用紙が届いた。女はこんなに税金を払っていたのかと絶望した。仕方ないので期日までにコンビニで払った。


「仕事をするなら、前職の事務職がいいです」


 ハローワークに登録をして求人探しを始めたが、女はそこで現実の世知辛さを知ることになる。前職は事務職と言っても、それ以外に出荷業務も兼任していた。その分なのか、給料は事務職にしてはそこそこもらえていたことに辞めてから気づいた。土日祝日休み、残業も一時間あるかないか程度で、昼は弁当が支給されていた。長期休みもあってGW、お盆、年末年始はカレンダー通りにとっていた。通勤時間も車で20分ほどで、問題なく通勤できていた。


 出荷作業以外は恵まれていた会社だった。ハローワークの求人は前職の月給を下回る会社ばかりだった。接客を伴う事務のために土曜出勤があるところや、賞与(ボーナス)がないところなど、なかなか厳しい世の中の事情を知ることができた。


「ありえないだろ。試用期間の時給、私の大卒の時より安いぞ。私が卒業したのは8年も前なのに」


 ほかにも、給料の割に任せられる仕事量がおかしな会社もあった。一般事務3年以上、人事や採用担当、経理経験者優遇などと言っていながら、一般事務と大して変わらない給料だとか、試用期間中の時給が安いとかいろいろあった。


 とはいえ、仕事をしたいのならえり好みしている場合ではない。実家から通えそうな距離にある、事務職を募集している会社に求人申し込みをすることにした。



 女には致命的な短所があった。それは、仕事においてとても重要な能力が欠けているところだ。そのせいで大学生時代に就活が長引いたといえる。


「人見知りで、人前で話すことが苦手。コミュ障」


 自分の短所を知り、克服するために面接対策をするなどすればよかったが、女にそんなやる気はなかった。就職できたことが奇跡だった。そのため、30歳になった今でも、面接も人前での発表も苦手でコミュ障も健在だ。


 さて、そんな女が面接を受けたところで結果は知れている。おまけに昔と違い、年齢が転職に大いに影響を与えている。30歳という、仕事か結婚かを迫られる年齢なので、企業も面接では聞かないが、内心この子はどうだろうと、頭を抱えているだろう。


 仕事の割に給料が低い、少し大きめの会社は案の定、落とされてしまった。とはいえ、まったく落ち込んではいない。福利厚生はしっかりしているが、従業員が多すぎて女はそこで仕事ができる気がしなかった。まあ、給料の面でお断りだった。こちらにだって選ぶ権利はある。


 無職のいいわけである。


 給料や休みの条件も大事だが、通勤時間というものも視野に入れなければならない。すこし遠い場所に事務職を募集している会社があった。しかし、そこは高速道路入り口近くの車の通りが多い、激込みスポットだった。女は面接を申し込んで会社に向かったが、行くだけで大変だった。いくら仕事内容が魅力的でも通勤が大変な場所は遠慮したい。



 そんなこんなで、なかなか女が求める仕事の条件に合致する会社が見つからない。女は転職活動と同時に結婚相手も探そうと考えた。昨年の3月に結婚相談所に登録をして、月会費はしっかりと払っている。


 いっそのこと、無職のうちに実家から遠い場所の相手を見つけて結婚してしまうのはどうだろうか。そうすれば、相手の勤務先近くに引っ越してそこから仕事でも探せばよい。もしくは年齢が年齢なので、仕事をせずに妊活に励んでもいいだろう。


 実家近くで仕事を決めたとして、そうなると数年は実家を離れられなくなる。近場で結婚相手を見つけるか、一生、独身でその職を続けるかのどちらかになってしまう。



 いろいろ悩んでいるが、とりあえず、2023年3月16日現在、30歳無職の女が実家暮らしをしていることに変わりはない。グダグダ言っているが、両親にパラサイトしている事実が揺らぐことはない。


 今までの話は単なるいいわけだ。世の中、両親に頼ることも出来ずにその日の生活だって苦しい人はたくさんいる。そんな中で、実家で両親の世話になっている女は恵まれている。


 いったい、何が正解なのだろうか。仕事を決めることが先か、結婚相手を探してその相手の元に嫁ぐのか。選択肢は多岐にわたる。


 無職で時間がある女は今日もまた、仕事が決まっていないことをいいわけに、家でゴロゴロしながら将来について考える。

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30歳、無職、実家暮らしの女のいいわけ 折原さゆみ @orihara192

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