【KAC20237】エクストリーム遅刻【いいわけ】

なみかわ

美章園から天王寺まで

 5時過ぎ。

 電車は動き出した。

 俺はなぞの感動を覚えた。




「大回り? 何それ」

 モニターから目を離さずに、俺は側に立っている営業の橿原かしはらに問う。橿原はいわゆる電車オタクで、外回りの時はたいてい朝早く出て、いろいろ寄り道をして駅や電車の写真を撮りまくる。

「今日もそれで来たんですけどね」

「奈良から天王寺てんのうじなんてJR一択やろ」

「ふつうはそうなんですけどね柏原かしわら君」

 俺と橿原は名前が似ていて、メールアドレスも似ているので「営業のカシハラ」「庶務のカシワラ」と社員に区別されている。その縁で、たまに雑談をするくらいには交流がある。

「そこを、ただ、大和路快速を使うんじゃなく……久宝寺からおおさか東線で放出はなてん、東西線で京橋、環状線で天王寺……と来るんですよ、ああ、定期じゃなく、きっぷでね」

「はあ」

 俺はまだ興味が湧かず、エクセルのセルを見つめる。


「俺、美章園びしょうえんやで」

 美章園とは会社のある天王寺から、JRで一駅。しかし橿原は目を輝かせる。

「系路上のほかの路線を使うってのだけじゃないんですよ、大回りは。たとえばーー」






「対象区間は決まってるんですけどね、関西はそんなに難しくないですよ」

 橿原が言うには、いわゆる「一筆書」の要領で、同じ路線を二回通らなければいいらしい。つまり、美章園から天王寺に行くのではなく、反対の和歌山に向かって、天王寺に戻ってくれば、時間はかかるけど運賃は一駅分、とのこと。休みの日にでもチャレンジしてみませんか、とも付け加えられた。



 夜飯をMIOで食ってから、あらためて天王寺の改札を見上げる。路線図を目でなぞる。美章園から天王寺を、に。へえ、おもしろそうだな。




 木曜日、美章園から始発和歌山行きに乗った。今日は休みではない、それでも、わき上がってきた興味をおさえられなかった。いつもと違うことをするだけでこんなにワクワクするのも何年ぶりだろうか。

 もちろん、電車の時間を調べ、美章園から天王寺までの大回りなんてしていたら出勤に間に合わないのもわかっていた。だから今日はためしに、和歌山で一旦降りて精算してまた乗って……出勤したら橿原あいつに自慢してやろうという魂胆こんたんだった。




 しかし意外に寝てしまい、起きたら一時間半過ぎていて、和歌山に着いてしまった。予定ではここまでだったが、もうちょっとだけと、きのくに線に乗り換えた。一駅先の宮前というところで精算して乗り直せば、まだ8時半には天王寺に戻れるとスマホで調べ、安心した。







 ……




 ……





 スマホがずっと振動している……!!?


 電車を乗り換えてから、またちょっと目を閉じてしまっていた。はっと周りを見る。普段乗る路線じゃないから焦る。




『次は湯浅……』




 ど、どこやそれ?!


 とりあえず扉が開いた瞬間に飛び出す。

 時計は7時半を過ぎている……どんだけ寝てたんだよ!







 そして電話は会社からで、今日早めに来れる? といったメッセージが入っていた。ちょっと用があっていま湯浅にいるんですとか、ここから8時過ぎの特急くろしおでも9時には間に合わないんで時間休暇もらえますかとか、何を言っても通じなさそうだった。


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