雨が降って、予知夢。

ナナシマイ

音は光へ

 彼の言い訳はいつも綺麗な音がした。

 雨が好きなのに晴れ間みたく笑うわたしの嘘を、肯定してくれるような。

あまねの音楽は、本当に音を楽しんでるって感じだよね。俺はあんまり音楽に詳しくないけど、そういうのはわかる」

「ありがとう。啓太けいたにもそう聞こえてたなら、嬉しい」

 鍵盤を叩くわたしの隣で、恋人は本を読んでいる。

 互いの大事な時間を消費しながら大事なものを慈しめるのはなんとも幸せなことだと錯覚する。


 彼の言い訳はいつも綺麗な音がした。

 帳を下ろした雨が見たくないものを覆い隠すように。聞きたくない音を掻き消すように。

 だからわたしは許してしまう。

「え、ここ全部押さえるの?」

「そう。Fはまぁ、初心者最初の難関だからね」

 たどたどしく鳴るギターの音が愛しくて、わたしのそれよりゴツゴツしているのに上手く弦を押さえられていない指をなぞる。

 くすぐったそうに笑う彼の隣で、彼が好きだと言った歌詞を諳んじる。

 わたしたちの事象は空気を揺らすばかりだ。


 彼の言い訳はいつも綺麗な音がした。

 わたしはそれを聞いていたくて、恋人に静かな嘘をつかせる。

 沈黙は肯定といっしょだと言うけれど、わたしたちにとってはたぶん、そうじゃなかった。二人のこれからを語らないことは、少なくとも。

 雨は帳を下ろしたまま、わたしたちは視覚と聴覚を奪われていた。

 だから必然だったのだ。

「……周。別れようか」

 余計な言葉も、欲しい言葉もついていなくて。

 まっすぐすぎるその要求に、わたしはなんと答えただろう。


       *


 もう随分と遠くまで来てしまった。

 雨の降らない、それでも美しいと思えてしまう空の下。飛び散る光の鮮やかさに見慣れたわたしがいる。

 わかっている。わかっているのだ。

 これはわたしの言い訳にすぎなくて。ちゃんと音楽をしていたいと言いながら、どこかで追いかけ続けることを諦めていて。


 彼の言い訳はいつも綺麗な音がした。そういうふうに、わたし自身が受け取っていた。

 降る雨が水たまりに跳ねるように、夢はリフレインしていく。その響きの心地よさを振り払いたくて、わたしは詰め込んだ思いを轟音に乗せる。

 夢はもう終わりだ。

 わたしの音が本当にどこかへ届くなら。

 それが揺らすのはきっと、空気だけではないのだから。

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雨が降って、予知夢。 ナナシマイ @nanashimai

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