3日目:ブラックボックス
今日は珍しく、ジョルベ曹長が開門前に俺の元に訪れてきた。彼は俺たち下級兵士と違い、赤い軍服と黒い軍帽を被って目立つ。逆に俺達はベージュのシャツに軍亜kら渡された赤い胸章が特徴的だ。
「おはよう、アラド上等兵。昨今の流通では魔獣を違法に運輸することが増えている。我々も透過分析を使用して密輸を防いできた。だが、相手も相当キレ者らしく透過分析をも遮断する魔術式で作成された黒い着色料で荷物を覆っているようだ」
なるほど、それは面倒だなと顔を手で覆っているとジョルベ曹長は笑顔で俺を慰める。
「だが心配ない! 君にはこの令状を渡しておこう。相手の荷物に黒い箱(ブラックボックス)があった場合に利用するといい。これで運輸規制をかけてくれ」
令状にはタングステン帝国の現総統であるジェイ・K・ホルマーリンのサインが書かれていた。思っているよりきれいな筆記体だ。ただ、総統命令となるとかなり軍法的拘束力は高いはずだ。総統閣下にこんなに心づよいと感じたことはない。
「承知しました。厳戒態勢を敷き、国境を守ります」
そういって俺は敬礼を曹長とかわした。曹長は俺を歴戦の相棒かのようなまなざしで敬礼していたが、さすがに重苦しくて目をそらした。さて、今日も開門といくか......。
「次の方、どうぞ」
外部者が一人、また一人と入っていく。たまに4輪が来て通行していく。
いつもの日常風景が続くと思っていた矢先、大型で荷台付きの4輪が警備室に止まった。俺は嫌な予感がし、運転手に降りさせた。
「悪いが降りてもらおうか」
「同士よ、君はこの荷台ついた紋章を知らないわけがないよな?」
4輪の荷台には2つの頭を持つオルトロスが雄々しく叫んでいる様子の紋章が見えた。これはタングステン帝国の紋章であった。となると、総統閣下かそれに近しい存在の荷物か。そうとはいえ、公平に審査しなければならない。
「国家元首たる総統閣下の荷物とはいえ、ルールですので......。運転手の個人証明証を」
まずは、運転手が本物かどうか確認すると顔も性別もどうやら正しいようだ。ということはあの赤い軍服も本物ということになる。次は荷物だ。俺は小型透過分析機を使用して荷物を探る。だが、なにも映らない。まさか、ブラックボックスか?
「軍の荷物にどうしてブラックボックスが使用されているんだ? 魔法は穢れではなかったのか?」
「上はそこまで厳正ではないということです」
「ですが、ここには令状もあります。中身を見せてもらっても構いませんね?」
俺は警備室に貼り付けておいた総統からの運輸規制証明を指さすと、彼らは快く鍵を渡してきた。だが、あのニヤケ面はどうも気になる。まるで開けることを待ち望んでるみたいじゃないか......。俺はおそるおそる鍵を利用して荷台の扉を開けた。すると、さらに大きな箱が入っていた。
「ふぅ......。透析結果にもでていたが、これの鍵は?」
俺はその箱を指さすと、運転手は俺の持っていた鍵を指さす。どうやら、鍵は共通らしい。わかりやすくて助かるが、ますます気味が悪い。鍵をガチャリと開けると、そこには人が6名ほど座っていた。開いているというのに誰一人として飛び出したりもせず、生気も感じられない。足元をよく見ると枷がついていた。
「これは、奴隷か? しかも、みなドワーフばかりだ......」
ドワーフというと、東方の「レーキ共和国」に多く繁栄している種族だ。手先が器用だという話を聞くが、そもそも奴隷は軍法によって定められている人数は3人。明らかに多い。
「ただの奴隷だ。これから労働施設に移送するだけだ。問題はないだろう」
「いや、奴隷にしては数が多い。なぜ3人ではなく6人も?」
「君は勤勉だ。だが、同時に許容を知らない。もっと鍛錬し、柔軟になりたまえ」
そういうと、彼は俺の手を握ってきた。さらに何かを握らせてきた。
開くと、それは重さ的に2万モルコほどの金貨の入った袋だった。
「なるほど、断ればどうなる?」
「君に拒否権はない。かつて、ジョルベ曹長もそうだった。だから、ここに出向となったのだ。聡い君なら選択できるはずだ。正しい選択を......」
俺は黙って受け取り、その車を見過ごした。
「いい子だ、君は正しい選択をした。タングステンに栄光あれ」
ただ、俺はあの運転手の威圧的な言動にイラつき4輪の底面に盗聴器内臓の発信機をとりつけておいた。おそらくあいつには見つかっていないだろう。閉門後、見に行ってみるか......。
「閉門の時間だ。これより先の入国は固く禁じる。また、明日くるよう」
日が沈み、国境が閉門した。街も静かになっていく中、俺だけは目を開いて発信機を追うためコンピュータを開いた。通信傍受はすでに訓練済みだからな。一瞬だが、軍の基礎訓練場に感謝さえ覚えた。
「さて、どこへ向かったのやら......」
コンピュータにはマップが表示されており、発信機の場所が点滅する。そこは総統のいる別荘だ。ドワーフを連れて何をするんだ? 俺は音声を聞くために宿舎にある通信傍受用の装置をコンピュータに取り付けた。すると、男の声が聞こえた。
『今朝は散々だったなぁ~』
『新人だからか、教育がうまくいっていないようだ。上層部に言って彼の再教育を懇願しておこう。でも、あいつは金で動く扱いやすいやつだからそのままでもいいかもな』
笑い声が絶えない傍受先だが、こちらは笑顔一つない。ますますこいつらを懲らしめてやりたい。だが、どうやって懲らしめる? そう考えつつ、発信先の総統の別荘へと向かう。
ーーーーーーーーーー
夜の国道は誰もおらず快適だ。誰もが寝静まる夜、総統の別荘だけは電気が点いていて男の声がする。総統はまだ起きているというのか?
「あの4輪、間違いない」
総統の庭に停車していた4輪の発信機を確認してポケットに入れ、窓から中を覗いていく。1階には誰もおらず、キッチンにも誰もいない。となると2階か浴槽になる。浴槽には窓がないからわからない。
「入れる場所はない。だが、必ず報いは受けてもらうぞ。俺はかなり執着するからな」
こそこそと独り言を言っていると裏口のドアが開いた。すると、そこから国境から出会った運転手が現れた。でもなぜか裸で、ふらついている。
「大丈夫か?」
「誰か! 助けてくれ!!」
運転手が叫ぶと、地面にバタリと倒れた。俺は、助けようとしたが物音がしたので庭の植栽の影に隠れ続ける。すると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「助けになどこないぞぉ~? 君は私と楽しい夜を過ごすのだ。光栄に思いなさい......」
そして、声の主は運転手を担いで別荘へ消えた。あの声、間違いなく総統閣下だ。
だが、あの運転手どうして裸だったんだ? 閣下は酔っていたのか、裏口が開けっぱなしだ。入ってみるしかないか......。
「2階でなにかあるのは間違いない。報いを受けさせるのは、この異常事態を突き止めてからでも遅くないだろ」
2階ではずっと物音がする。2階へと向かうと、俺は声を失った。そこには裸のドワーフたちが総統閣下の相手をしていたのだ。総統が夜を静かにさせたのは国民のためじゃない。自分が気持ちのいい夜を過ごすためだったのだ。そして、奴隷は労働施設ではなく別荘に送られていた......。
「労働に違いないが、これは誰にも言えないな......」
呆れ返ると、総統閣下が部屋に飾られていたショットガンを持ち始める。
「そこにいるのは誰か!」
「まずい!!」
こんなしょーもないことで俺の未来が危ぶまれるなどごめんだ! 俺は音を立てずに暗闇に消え、2輪を置いていたところまで戻る。総統はかなり酔っていて裸でショットガンという奇抜な風貌で空に威嚇射撃する。だが、オレは平然と2輪のエンジンをふかして夜の道を去っていく。
「最悪だ。今日のことは忘れたくても忘れられないが、心のブラックボックスにしまっておくことにしよう。他人に開かれることのない、ずっと奥底に......」
俺は今日という日を呪いながら宿舎へと戻っていく。
俺はいつも最悪な事態を招く。兵士になってからというもの、それはずっとだ。
それはこれからも変わらないだろう。なぜなら、国境というのはそういった厄介事を運んでいるからだと俺は悟った。
国境警備員アラドの日常 小鳥ユウ2世 @kotori2you
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