2日目:何度も来るな

 今日は波風の立たない、いい日だ。国境を渡る人たちの許可証はすべて正しいものばかりだし、魔法使いどものデモも見なくて済む。人権侵害だの、迫害だのを訴えて国境を封鎖するあの集団だけは勘弁願いたい。さて、次の入国者を呼ぼうか。


「次の方どうぞ」


「やあ、お兄さん。いい天気だね」


「確かに。観光か? それとも通行か?」


「観光!」


男は大柄で190くらいはある。やけに白い歯でにっこりと笑う姿は君が悪く何かを隠しているようにしか見えない。俺は彼に入国許可証一式を提示するよう促した。


「さて、早く入国許可証を頂こうか」


「許可証はこの中にある」


そういうと、彼は小さなかばんを指さす。

そんなことはどうでもいい。早く見せろよ。と言いそうになったが、仮にも客人だ。丁重に扱わんとな......。


「わかった。では、提示してもらおう」


「大変心苦しいが、私としたことがこのかばんの鍵を忘れてきたのだ。だが、私のこの良心的な顔と誠意ある心に誓おう。許可証をみせる手段を見つけて戻ってくると」


本当にカバンの中に許可証が入っているのか? それともブラフか? なんにせよ、荷物の中身を見る手段はこちらにもある。この間の魔獣積載事件後に搭載された「透過分析機」だ。これは放射線を利用して荷物の中身を確認する装置だ。機材に荷物を置くと確認することができる。ついでに重さも図れる。



「では、その装置の台に置いてくれ。中身を確認する」


「美しい国、タングステンはそのような変態行為はしないだろう?」


「そんな言葉で騙されるとでも? 確認に応じないなら入国は拒否させてもらう」


そういうと、彼は首を横に振り肩を落とした。


「オーケー、仕方ない。君たちの法に従うとしよう。だが、次は必ず通してもらうよ」


すると、彼はニコッと歯をむき出して笑うと列から出て踵を返し、颯爽と戻っていった。まったく、変な奴もいるもんだ。


 改めて別の入国者に入国許可や拒否の烙印を次々と押していく。数十人対応すると、鐘の音が鳴った。どうやら、国境閉鎖の時間だ。

この国は、日が沈むとすべての機関が停止する。総統閣下の思し召しでみんなは「サイレント・グッドナイト」と呼ぶ。 寝る時間はみな静かになり、また新たな朝を迎えるのだ。


‐‐‐‐‐‐‐


次の日、国境警備のため仕切られた門の最前列にあの大男が並んでいた。俺に見せつけるように白い歯で笑う。俺は恐怖さえ感じた。業務時間になり、門が介抱されたと同時に、男は警備室の机にバンッと音を出して許可証を置く。


「な? また、来るっていったろ?」


「かばんの鍵、開かなかったんじゃなかったのか?」


「彼女の機嫌が直ったみたいでね。快く開いてくれたよ。ま、ちょいとおませさんすぎて今日はお留守番だけどね」


確かに彼の手元を見るとかばんは持ち合わせていなかった。代わりに昨日と話し方も衣服も違い黒い、ロングコートを羽織っていた。この男がカバンの事を女扱いするのも気味悪いが、あのロングコートも意味深で気味悪い。だが、まずは許可証が先だ。


「さて、許可証を」


「君のご所望のものだ。受け取りたまえ」


「な、なんだこれは」


思わず声が出たのも仕方のないくらいに、ひどい偽造証だ。青い紙に黒い鳥の紋章、間違いなく隣国『ゴルイドン公国』だと思われるが鳥が手書きだ。しかもこれ、中身がただの手帳じゃないか! 手抜きにもほどがある。名前も手書きだ。「ゴードン・ジュレーク」この男は要注意人物としてメモにとどめておくか。


「いいだろう。今回は素敵な許可証つきだ」


男は意気揚々と笑顔で話すが、肝心の俺はため息、頭痛、めまいのオンパレード。どこから突っ込んでいいのやらわからん。


「最悪だ。偽造を持ってくるとしても、もっとマシなものを持ってこい。この紙屑を持ってさっさと失せろ」


「うーん、中々いい出来だと思ったのだがな......。いいだろう、君の挑戦受けてたとう! また、来る!!」


そういうと、彼は手を振り瞬く間に去っていった。容姿だけがいいだけあって残念さが際立つ。というか、奇妙な男だ。正直、もう来ないでほしい。

そう願いながら、国境閉鎖まで勤務を続けた。


ーーーーーー


 次の日、朝には彼がいなかった。ホッと一息ついて開門し、作業を続ける。

ある程度終わり、午前中が終わるも顔も声も出てこない。


「あいつ、とうとう懲りたか」


次々と客人の許可証を確認して通したり、突き返したりを繰り返すもあの大男は現れない。ついに、この日は一度も姿を現さずに国境は閉門した。


「なんだか、寂しい一日だったな......」


不思議な感情と共に、俺は宿舎のベッドで夜を過ごす。



ーーーーーー


 また日は上り、警備室の椅子に腰かける。開門の指示を他の警備兵に告げると、一人、また一人と国境を渡る外部者たちがこちらを通る。人間の他にも、エルフ、ドワーフ、獣人......。多くの種族がタングステンの国境を越えていく。あるいはまたぐことも許されず、そのまま踵を返す。


「おう、友よ。昨日は寂しかったか?」


この声、見覚えがある。俺はため息交じりに鼻で笑う。


「フン、だれもあんたを待っちゃいないよ。あんたのことは上に報告してある。たとえしっかりとした許可証を持っていたとしても国の中じゃ監視つきだ。よかったな」


「いつもより、兵隊さんたちがお熱い視線を向ける訳だ。そそるね。でも、今回は私が良市民であることをお見せしよう」


男は、この間着ていたコートの裏ポケットから許可証を取り出し、机に置いてきた。

中身を確認すると、どうも本物だ。なるほど、ゴルイドン出身というのは本当だったらしい。しかも、彼は小じわも見えないというのに齢100を超えている。なんということだ。えらく長寿の種族らしい。種族は......なるほど、ハーフエルフ。混血種か。


「魔力もゼロ。許可証も問題なし。だが、そのコートこの間からどうも匂う」


「洗濯はしたぞ?」


「そういう話ではない。すまないが、身体検査をさせてもらう」


俺は初めて仕事で警備室を出た。椅子から立つも、ハーフエルフの男は大柄でこちらを見下ろしていた。嫌気が差しつつ、彼にコートを脱がせた。コートの下は茶色のワイシャツと黒い長ズボン。なんともハイモダンなやつだ。こいつ、意外に金持ちなのか? ため息交じりにコートをまさぐるも、特に密輸入品は見当たらなかった。ただ、知らない銘柄のシガレットがひと箱だけが右ポケットに入っていた。


「金もなにもない状態で観光か? 怪しすぎる。しかも何度も何度も、訪れては不可思議なことをいいまくる。なんなんだ、お前」


「私か? 私は観光にきた奇術師さ。魔法を使わず、手先だけで人を化かす。お金は、感動の体験の後で」


彼はYシャツの胸ポケットからなにかを取り出す仕草をした後、その取り出した手を開いた。すると、そこから華一輪がポンと出てきた。

いわゆる、大道芸人というやつか......。にしても、非魔法使いで大道芸人とは古風な奴だ。最近じゃ魔法使いしか見かけないというのに......。


「あーもう、分かった。これ以上、お前とのつきあいはごめんだ。さっさと通ってくれ......」


俺はさすがに心が折れて、ハーフエルフの大男ゴードンの入国許可証に【許可】の承認印を押印した。彼はまたも白くきれいに並んだ歯をきらりと浮かべて優雅にタングステンの土を踏んでいく。 まったく、変なやつだった。


「ん? ん?」


ひどく疲れて、お尻のあたりをぽんぽんと叩くと違和感に気付く。ズボンにいつも入れている小袋の財布がない。まさかと思い、男の方を見る。すると、手を大きく振るその指先に俺の小遣いの入った財布がぶら下がっている。


「私のショーを楽しんでくれてありがとう!  また、会おう兄弟!」


「うるせえええ!! 二度と来んじゃねえ! というか、俺の金返せ!!! おい! 誰かあいつを捕らえろ!!」


だが、兵たちは彼のあまりの手先の器用さに気付いてもいない。誰も俺の財布が盗まれたことさえ、妄言かのように首をかしげる。おちつけと言わんばかりに、兵たちは俺を警備室に押し入れる。 待ってくれ! 俺は本当に金を盗られたんだ!!


信じてくれーーーーーーーーーーーーー!!!



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