第30話 みんな誰かに愛される
皇太子妃としての教育が始まり、私は毎日皇后様のもとで学んでいた。
バスティア王国でも王太子妃の教育は受けていたので、足りない部分だけを補足している。結婚式は通常だと婚約期間を3年以上は経てからなのだが、脅威の一年後だと言われた。まあ、それまでにはなんとかなりそうだ。
今日は週休二日のダラの日だ。
フレッドも政務を調整して私の休日に合わせて、ゆっくりしてくれるようになった。朝早くから夜遅くまで政務をこなしているので、一緒に休めて実は嬉しいのだ。
私はいつものように部屋着でベッドにぐでーっと横になり、フレッドの腕に頭を、クッションの上に足を乗せてリラックスしている。
「ユーリ、お腹空かないか?」
「んー、さっきナッツをつまんだから小腹すいたくらい」
「それならいいものがある」
私の頭の下から腕を引き抜き、フレッドは私室へと姿を消した。ほんの一、二分ですぐに戻ってきたけれど、小さな紙袋を手にしている。
「帝都に来たばかりの頃に、ふたりでパン屋に行ったのを覚えてるか?」
「……あ、そういえば行ったかも」
「その店の前を昨日通りかかったから、懐かしくて買ったんだ」
フレッドが紙袋から出してきたのはチョココロネだ。私は嬉しくなって飛び起きた。
私と美華の思い出の詰まった菓子パン。どこにでも売っている、安くて甘くて、幸せが詰まったパンだ。
「チョココロネ!」
「ああ、一緒に食べよう」
フレッドはヤドカリみたいな渦巻き状のパンを半分にちぎって、私にチョコクリームの多い方を手渡す。
「いつも頑張ってるから、ユーリはこっちだ」
『お姉ちゃんは、いつもお仕事頑張ってるから!』
フレッドの優しい眼差しと、美華のひまわりみたいな笑顔が重なった。そこで唐突に気が付く。
ああ、前世で愛されなかったと思っていたけど、私はちゃんと愛されていた。
私が美華を愛したように、美華も私を愛してくれていたんだ。
誰よりも近くにいて、いつも笑顔で、お姉ちゃんって寄り添ってくれていた。この世界に来ても、美華はずっと私を想っていてくれた。
なんで気が付かなかったんだろう。どうして私ばかり与えていると思っていたんだろう。
お父さんもお母さんも事故で亡くなる前は、ちゃんと私を愛してくれていたのに。
瞳からポロリとこぼれた雫が足を濡らしていく。一度決壊した涙腺はなかなか止まらなくて、突然涙をこぼした私にフレッドが慌てていた。
「ユーリ!? どうした!? ちょ、これ、とりあえずタオルで……」
「ふふっ、ごめんなさい。昔のこと思い出して、涙が出てきちゃっただけなの。大丈夫、悲しいわけじゃないの」
「そ、そうか……? はあ、それならよかった」
そう言ってフレッドは優しく抱きしめてくれる。
大きくて温かいフレッドの愛に包まれて、私は今、とても幸せだ。
それからも私とフレッドは穏やかで平穏な日々を過ごしている。
毎日フレッドと同じベッドで眠り、たくさん愛されていた。ただ結婚式の前に子供ができてはさすがに体裁が悪いので、皇后様にも相談してそれまでは避妊薬も飲むことにした。
ところがある日、目が覚めると隣で眠っているはずの夫がベッドの上で膝を組んで姿勢よく座っていた。
「ねえ、フレッド。なにをしているの?」
「……瞑想だ」
瞑想……? 確か精神の鍛錬とか言っていたわね? 帝都で一緒に暮らしはじめてから、フレッドはよくこうやって鍛えていた。でも。
「なぜ今なの?」
「…………」
答えが返ってこない。そんなにおかしな質問だっただろうか? いや、そんなことはないはずだ。
婚約者の奇行に私がなにか粗相をしたのかと考える。
皇城に戻ってきてから喧嘩ひとつしていない。意見の食い違いもない。だとすると知らないうちになにか、精神力を鍛えなければいけないほど、我慢させているのだろうか?
起き上がって膝の上に乗っている、フレッドの左手を取る。
「フレッド。私、なにかした?」
しょんぼりとしながらフレッドに尋ねた。理由がわからないなら、本人から聞くしかない。
「違う、ユーリはなにも悪くない。これは俺の問題なんだ」
「フレッドの問題なら私も一緒に解決したいわ。その、婚約者なんだし……」
恥ずかしさをこらえて、あえて婚約者という言葉を口にする。ずっと専属護衛と主人という関係だったから、まだフレッドが婚約者だということに慣れないのだ。
「あー、ダメだ。ユーリがかわいすぎて……つらい」
そう言ってフレッドは深いため息をつき、右手で顔を覆ってしまった。やはり私が原因らしい。でも『
「ごめんなさい、フレッド。ダメなところは直すから、ちゃんと教えてくれる?」
「いや、ちょっ……トドメ刺しにきた?」
「そんな気はないんだけど……あの、ごめんなさい」
「はあ……俺が我慢できないのが悪いんだ」
「だから私が原因なのでしょう?」
フレッドに我慢させているなら、そのままにはしておけない。
顔を覆っていた右手を頬杖に変えて、フレッドは穏やかな視線を私に向ける。
「いや……ユーリが魅力的すぎて、果てしなく欲望が湧き上がるから自制してるだけだ。結婚式の前に子供ができては、ユーリの外聞が悪くなるだろう?」
なるほど。確かにフレッドは健全な二十四歳の男性だ。宿屋の時に比べたら最近はかなり控えめだったと思う。それも私が結婚式前に妊娠しないようにと気を遣ってくれていたのだ。
そんな気遣いが嬉しい。皇后様は避妊薬を飲んでいるのは内緒にしておけと言っていたけれど、こんなことをさせたいわけではない。
「あの、ね。私、避妊薬を飲んでるから大丈夫よ?」
固まった。フレッドが固まった。少しして、プツンとなにかが切れる音がした。
「……そうか、それなら毎晩ユーリを抱いても問題ないな?」
「え? そうね、避妊薬を飲めば……ね?」
「とりあえず今日の予定はすべてキャンセルだ」
「どうして? 妃教育は進めないと……」
焦ってフレッドに抗議するけれど、あっという間にベッドに組み敷かれる。シャツのボタンを外していくフレッドはもう止まらない。
壮絶な色気を振りまきながら、私の額に、こめかみに、頬に、唇に、甘く灼けつくような口づけをしていく。
「ユーリ、俺が無理だ。あきらめて」
そうして、宿屋の時よりも深く激しく愛され、私の一日は終わったのだった。
本当に騎士の体力は果てしないと、改めて痛感した。
そして時は流れ。
結婚式を盛大に挙げて、私たちは永遠の愛を誓った。
ミカも本当に大好きな人と結ばれて、今はジーベル侯爵夫人として社交や侯爵家を切り盛りしている。相手がヨシュア様だと聞いた時は驚いたけれど、ミカが幸せそうに笑っていたから心配はない。
前世では愛されなかったと思っていたけれど、私は美華に愛されていた。十歳も年下の妹だったのに、私が美華を愛していたように、美華もまた無償の愛を注いでくれていたと今ならわかる。
フレッドの愛は変わることなく今も惜しみなく注がれ、私のお腹には小さな命が宿った。
お腹に宿る我が子が大きくなったら、いや、この子が大きくなるまでに、みんな誰かに愛されて生きるのだと教えたい。
私はあなたを愛しているのだと、たくさん伝えたい。
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最後まで読んでいただきありがとうございます!
これにて完結となります。少しは楽しんでもらえましたでしょうか?
今後の執筆の励みになるので、★★★などで評価していただけると嬉しいです(*´꒳`*)
おかげさまでこの作品は現在電子書籍化のお話が進んでおります。
詳しいことは近況報告などでお知らせいたしますので、作者フォローしていただくと便利です。
すでに★★★やフォローで応してくださっている皆様には、深く感謝申し上げます。
今後も異世界恋愛のお話を投稿していくと思いますので、応援よろしくお願いいたしますm(_ _)m
【電子書籍化】悪役令嬢は全力でグータラしたいのに、隣国皇太子が溺愛してくる。なぜ。 里海慧 @SatomiAkira38
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