宇相先輩は素行不良で言い訳ばかりするけど、そんな彼が大好きですっ!

みすたぁ・ゆー

宇相先輩は素行不良で言い訳ばかりするけど、そんな彼が大好きですっ!

 

 4月下旬のある朝、風紀委員の私は登校してくる生徒たちを校門の横でじっと眺めていた。


 その目的は彼らが校則に違反した服装をしていないか確認すること。もちろん、それは私だけでやっているのではなくて、生徒指導の先生やほかの風紀委員たちも一緒だ。


 ちなみにこの仕事は風紀委員会で事前に決められた日だけ行われているもので、毎日実施しているものじゃない。頻度としてはだいたい月に1回か2回くらいだろうか。普段は生徒指導担当の先生のみが遅刻のチェックを兼ねてその仕事をしている。


 そして私は数週間前にこの市立厳正げんせい高等学校へ入学したばかりなので、この仕事をするのはまだ2回目だ。慣れないこともたくさんあるけど、2年生や3年生の先輩たちも一緒だから不安はあまりない。


 やがてチャイムが鳴り、校門を閉鎖する時間となる。以降は遅刻となり、生徒指導の先生からお灸を据えられることとなる。学校の敷地内に入るのも校門の横にある通用口からだ。


比企ひきさん、門扉を閉める時は危ないからこっちで待機ね」


「あっ、はいっ!」


 3年生の先輩から声をかけられた私は即座に返事をして、ほかの1年生委員たちとともに門から離れた場所へ移動した。そのあと、生活指導担当の鬼野おにの至道しどう先生が門扉をゆっくり閉めていく。


 鬼野先生は男子の体育を担当している先生で、年齢は35歳。全身がゴリラみたいな筋肉をしている。その威圧感と迫力のためか、ヤンチャな男子であっても鬼野先生にだけは素直だ。


 様々な権限は校長先生や教頭先生の方が強いんだろうけど、私たち生徒にとっての実質的な裏ボスは鬼野先生だと捉えていい。


 そんな鬼野先生が門扉を閉めていると、不意にその手が止まり、険しい表情で道路の方に向かって叫ぶ。


「こらっ、宇相うそう! 遅刻だぞ、走れっ!」


 鬼野先生は両手を腰に当てて仁王立ちし、宇相と呼ばれた誰かがやってくるのを待っている。すでに遅刻なのだからさっさと閉めてしまえばいいのにと思いつつ、私はその場で状況を見守る。


 それから1分ほどしてから『その生徒』が校門のところまでやってきて、ペコペコと何度も頭を下げながら学校の敷地内へ入る。2年生や3年生の先輩たちは薄ら笑いを浮かべ、やれやれといった様子でその様子を見ている。


 その生徒は学ランを着崩し、両袖も大きくまくっていた。その下には赤色のTシャツ、ズボンだけは普通みたいだけど履いている革靴はカカトの部分が完全に潰れている。髪型はスポーツ刈りで、体格はガッシリ。腕も筋肉質で、格闘技でもやっているのかもしれない。


 なお、その格好はだらしないけど、残念ながら校則違反ではない。


 それにしても、先輩たちの誰もが彼を叱らないということは、遅刻の常習犯で注意するのを諦めてしまっているということなのだろうか?


 でもさすがに鬼野先生は少しイライラしているようで、その生徒を手招きして呼び寄せる。


「宇相、ちょっとこっち来い。俺は走れと言ったのに、なぜ歩いたままだったんだ? ご褒美にゲンコツをくれてやる」


「いやんっ♪ 許してよ、鬼野ちゃーん。俺とは長い付き合いじゃん。それにゲンコツって体罰になるんじゃなかったっけ? 教育委員会へ訴えてもいいのかなぁ?」


「……上等だ。教育委員会が怖くてお前みたいな不良を相手にしてられるか」


 声のトーンは抑えられていたけど、鬼野先生の額には確かに青筋が浮かんだような気がする。生徒指導主幹の鬼野先生を挑発するなんて、この人はバカなのかもしれない。


 ふたりが親しい間柄なのは空気でなんとなく伝わってくるけど、だからといって怒らせてしまっては生徒指導室行きになって、放課後にコッテリと絞られることになってもおかしくない。


 それなのに相変わらずその生徒は気にも留めず、楽しげに大笑いする。


「はっはっは! さすが鬼野ちゃん。それくらいに勇ましくないと、生徒指導担当なんかやってられないよな。分かる分かる」


「まったく……。もういいから、さっさと教室へ行け」


 結局、最後は鬼野先生が折れて深いため息をついた。それを見て、彼はしめしめとでも言わんばかりにニタッと相好を崩す。


 鬼野先生を呆れさせるなんて、この人は何者なんだろう――と、私が思いながら様子を窺っていると、彼はふと足を止めて私たち1年生の風紀委員が集まっている場所へ歩み寄ってくる。


「見ない顔ばかりということは、キミたちは新入生か? 俺は3年の宇相百八ひゃくやだ。今後も世話になることが多いと思うからよろしくなっ!」


 宇相先輩はケタケタと笑い、私の隣に立っていた男子の肩をバンバンと叩いた。当然、その男子は苦笑いを浮かべながら当惑している。


 馴れ馴れしいというのもそうだけど、遅刻したということを宇相先輩は全く反省していない。もちろん、門扉が閉まる前に学校の敷地内に入ったから、記録上は遅刻にならないけど……。


 イラッときた私は思わず前に出て、目線よりも高い位置にある宇相先輩の顔を睨み付ける。


 私も女子にしては高い方だけど、それよりも上ということは彼の身長は190センチメートルを超えているかもしれない。


「宇相先輩、遅刻してその態度はないんじゃないですか? 少しは反省してください。それになぜ遅刻したんですか?」


 私が強い口調で言うと、宇相先輩の頬がピクッと反応した。そして彼は冷たい瞳で興味深げにこちらを見下ろしてくる。


 その瞬間、恐怖で私は背筋が凍ったような想いに襲われる。


 ここには鬼野先生やほかの風紀委員がたくさんいるから暴力を振るってくるということはないだろうけど、それでもやっぱり怖い。奥歯を強く噛みしめながら彼を睨み続け、体が震えるのを必死に堪える。


 ――っていうか、何でこんなことをしてしまったのだろうと今になって後悔する。


「へぇっ、勝ち気だねぇ。俺に怖じ気づかずにハッキリとモノを言える新入生がいるとは驚いた。キミの名前は?」


「比企……胡桃くるみです……」


「ふーん、胡桃ちゃんね。可愛いじゃん、顔も名前も。しっかり覚えたぜ。まぁ、なんというか、俺が遅刻したのは休んでるクラスメイトの様子を見に行っていたからだ」


「この期に及んで言い訳ですか? いえ、宇相先輩の態度を見ているとそもそもそんなの信じられませんけど」


「うーん、日頃の行いが悪いとこういう時に損だよなァ……。あっははははっ! ――というわけでダッシュ!」


 宇相先輩は踵を返し、校舎に向かって走っていってしまった。


 唖然とその背中を見つめる私。相手から逃亡してくれて内心はホッとしつつも、すぐに我に返った私は目を丸くしながらその後ろ姿に手を伸ばす。


「ちょっ!? 話はまだ終わってません!」


「比企! あれは放っておけ。素行不良なやつと関わると、真面目なお前まで悪影響が出ちまうぞ」


 鬼野先生の大声に制され、不本意ながら私は矛を収めることにする。もちろん納得はいっていないけど、当事者がこの場にいないのだから仕方がない。


「宇相は俺が顧問をしているボクシング部の部員でな。その時にぶっ倒れるまであいつをやるつもりさ。だから普段のバカな行動や遅刻を見ても許してやってくれ」


「わ、分かりました……」


 私は小さく頷く。また、今の話を聞いて、宇相先輩と鬼野先生がやけに親しげだったことに合点がいったのだった。





 それから数日が経過した日の放課後、教室で帰る準備をしているとクラスメイトの女子の角弥かどやさんと小刀下ことうげさんが私に歩み寄ってきた。


 ふたりとは授業以外ではほとんど交流がないんだけど、どうしたんだろう?


 心の中で訝しげに感じていると、机の前に立った角弥さんが私に向かって申し訳なさそうな顔をして軽く頭を下げる。


「比企、悪いけどちょっと用事があるんだ。帰る前に少し付き合ってもらえる?」


「あ……うん。別にいいけど……」


「荷物はここに置いていきなよ。邪魔になるからさ」


 小刀下さんがそう言うので、私はカバンをその場に置いたままふたりに付いていくことにする。




 その後、私たちは校舎を出て校庭を進み、その隅にある体育倉庫へと辿り着く。さらにその裏へ移動したところで、前を歩いていた角弥さんと小刀下さんが立ち止まってこちらへ振り返る。


 辺りには人の気配がない。遠くから陸上部の人たちらしき掛け声がかすかに聞こえてくるけど、基本的には静かだ。当然、校庭は体育倉庫の向こう側だからこの位置関係では姿までは見えない。


 また、校庭がある方向と反対側は小さな林になっているのでそちらも静まり返っている。


「こんなところへ連れてきて、どうしたの?」


 私が首を傾げながら問いかけると、不意に角弥さんが私のショートの髪を掴んだ。そのまま勢いに任せて私の頭を体育倉庫の壁へ打ち付ける。


 頭部の激しい痛みとともに世界が揺れ、鉄みたいな味が口の中に広がる。


 ワケが分からず戸惑う私。視線を向けてみるとふたりはニタニタと怪しい笑みを浮かべ、次の瞬間には悪魔のような形相になってもう一度私の頭を壁に打ち付けてくる。


「『どうしたの』じゃねーよ! なんかさ、比企って見ててイライラすんだよね。優等生ぶっちゃってさ。生意気っていうか」


「う……ぐ……」


「だから素直になるように思い知らせてやろうかなって。髪と制服、どっちを先に切ってほしい?」


 そう言って小刀下さんはポケットから細長いもの取り出した。そしてそれが何かを認識すると、瞬時に私の全身から冷や汗が吹き出してくる。


 呼吸は荒くなり、半ばパニック状態。恐怖で声が出せない。


 彼女が手に持っていたのは、家庭科の授業で使う裁ちばさみだった。それをチョキチョキと動かしながら、彼女は冷たく笑っている。


 私は本能的に危機を感じ、即座に逃げ出そうと思った。でも角弥さんが私の頭を壁に押しつけているのでそれは出来ない。辛うじて拒絶の声がかすかに漏れる。


「や、やめっ……」


「はははははっ! 何その声っ! 怯えちゃって。いつもの威勢はどうしたの?」


 裁ちばさみの刃が眼前に迫る。助けてと大声で叫びたいのに、過呼吸状態になっちゃっているからそんな余裕はない。


「――よぅ、胡桃ちゃん! 楽しそうだね、ククク」


「っ!? 宇相……先輩……」


 その時、ふたりの背後から宇相先輩がニタニタしながら歩み寄ってきた。


 そうか、これは彼の差し金だったんだ。あの朝のトラブルを根に持って、私に報復しようとして角弥さんと小刀下さんを使ってこんな場所へおびき出して……。


 自然と涙が溢れてくる。恐怖が何百倍にも増して足の震えが止まらない。髪も服も下着さえもハサミで切られ、そのあとはきっとはずかしめを受けてしまうんだ。


 頭の中が真っ白になって全身から力が抜ける。絶望で何も考えられない。


「……なぁ、お前ら。そのハサミさ、どうするつもりなの? まさか胡桃ちゃんの服とか髪とか肌とか、傷付けるつもりじゃねーよな?」


 宇相先輩は真顔になって、なぜか仲間同士であるはずの角弥さんと小刀下さんを見下ろしている。その瞳には殺意と憎悪のようなものが感じられて、問いかけられているわけではない私まで背筋が寒くなる。


 一方、角弥さんと小刀下さんは真っ青な顔をして狼狽えている。



 なんか様子がおかしい。もしかしてふたりと宇相先輩は面識がないのだろうか? だとするとこれはどういう状況なんだろう?



 私が困惑していると、宇相先輩はジワジワとふたりとの距離を詰めていく。それに対してふたりは体をビクッと震わせた拍子にハサミを地面に落とし、怯えながら後ずさりをして距離を一定に保つ。


 やがて私とふたりの間に彼は立つと、急に体育倉庫の壁を思いっきり蹴飛ばして彼女たちを威嚇する。


「その足りない脳みそでよく覚えておけ。今後一切、胡桃ちゃんに変なコトしたらタダじゃ済まねぇぞ? ……おっと、すでに胡桃ちゃんの心は傷付いてるか。じゃ、意識がなくなるまでお前らの顔面をぶん殴って、裏の用水路に叩き落とすか。あ゛ぁん?」


 宇相先輩は死神のようなオーラを纏わせ、拳をポキポキと鳴らしながらふたりへ一歩近付く。


 するとふたりはもはや完全に戦意を喪失して、その場から這々ほうほうていで逃げていったのだった。


 その後ろ姿を見て、宇相先輩はお腹を抱えて大笑いする。


「あーっはっは! 見たかよ、あいつらの逃げてく時の顔っ! 怯えちゃって泣きそうになって滑稽こっけいだぜっ!!」


「……あのっ、宇相先輩! その……あ、ありがとうございましたっ!」


 私は神妙な面持ちで深々と頭を下げた。すると彼はわざとらしい態度で肩をすくめる。


「っ? 何のことだ? むしろ俺が謝らないとな。友達との楽しい会話を邪魔しちゃったからさ。いやぁ、ランニングの最中に胡桃ちゃんたちがこんな人気ひとけのないところへ歩いていくのが見えたから、気になってあとを追ったんだ。どんなガールズトークをしてるのかなってな♪」


「とぼけなくて良いです。私、あのふたりに虐められそうになってて……」


 私は視線を落とし、重苦しい声で言葉を吐き出す。


 その時、宇相先輩は外見に似合わず女の子みたいな可愛らしい感じで頬を膨らませ、私の額を軽く人差し指で突いてくる。


「胡桃ちゃんは友達と会話をしてただけ。俺はそれを邪魔した。それが真実だ。――もしそれ以外のことだと認識しているのなら、起きたことはもう忘れろ。なっ?」


「宇相先輩……」


 私の知らない宇相先輩の姿がそこにあった。常におちゃらけていて不真面目で、ちょっと乱暴な感じの彼じゃない。穏やかで温かな優しさがあって、胸の奥がジュンとする。



 おかしいな……なんか頬や体が熱くなってくる……。



「そこに落ちてるハサミ、胡桃ちゃんが片付けておいてくれよな。俺みたいな不良が持ってたら、それこそ誰にも何も言い訳が出来なくなるからな。みんなには素行不良で通ってるから」


「……もしかしてあの朝に遅刻した理由、本当にクラスメイトの様子を見に行ってたんですか?」


「おっ!? どういう風の吹き回し? 俺の言葉を信じてくれんのっ?」


「はい……。今の宇相先輩と接していたら、信じたくなりました」


 それを聞くと宇相先輩はプッと小さく吹き出す。


「あははっ! まっ、真実なんてどうでもいいじゃん。どれだけ言い訳をしたところで、遅刻には変わりがないんだし」


「本当のことを教えてください! お願いしますっ!」


 私が懇願すると、宇相先輩は一瞬だけど困ったような顔をして『うーん』と唸った。それから少しの間が空いて、彼は静かに語り出す。


「実は鬼野ちゃんに頼まれて、登校を拒否ってるヤツの様子を定期的に見に行ってるんだ。だから遅刻も容認されてるのさ。もちろん、ほかの生徒指導の先生や教頭もそのことは了承済みだし」


「えっ? じゃ、なぜ鬼野先生はその話を私たちにしなかったんでしょうか」


「俺が口止めしてるんだよ。照れくさいから。それに様子を見に行ってるヤツのプライバシーにも関わることだからな」


「っ!? ごめんなさいっ! 私、何も事情を知らなくてっ!」


 私は慌てて深々と頭を下げた。全ては私の思い込みと早とちりだったから。


 あの時、2年生や3年生の先輩たちが何も言わずに見守っていたのは、何度も似たようなことがあって薄々その真実に気付いているからなのかもしれない。いや、きっとそうだ。


 謝っても宇相先輩には許してもらえないかもしれない。絶対に心の中で怒ってる。私は自分の愚かさに泣きたくなってくる。


「胡桃ちゃんの良いところは、そういう素直で真っ直ぐな性格だ。肝も据わってる。俺、そういうの嫌いじゃないぜ」


「っ!? もしかして、それで私を気に掛けていて助けてくれたんですか?」


 私が顔を上げて目を丸くしていると、宇相先輩はなぜか頭を抱える。


「おいおい、自惚れんなよ。あぁ、やっぱ胡桃ちゃんってたまに鼻につく時があるわ。玉にきずってヤツ。だからさっきみたいな連中に目を付けられるのかもな」


「う……」


「あのな、目の前に虐められてるヤツがいたら誰だろうが助けるでしょ、普通」


 宇相先輩は何の含みもなくその言葉をサラッと言った。


 その瞬間、私の心臓は大きく震える。何の躊躇ためらいもなく、何の裏もなくその言葉を口に出来る人はなかなかいないから。


 この人はなんて素晴らしい心の持ち主なんだろうと感銘を受ける。ちょっと性格に不器用な面もあるけど、優しくて強くて心が澄んでいる。思わず私は宇相先輩をボーッと見つめてしまう。



 私、宇相先輩を好きになっちゃったかもしれない――。



「あ、勘違いすんなよ? 助けに入っても暴力は振るわないからな。そもそも睨み付ければ大抵はそのまま丸く収まるし」


「でも丸く収まらず、攻撃をされた時はをするんですよね?」


「……あのな、ボクシングをしている人間にそれは許されないんだよ。大怪我をさせたら何を言っても言い訳にしかならない。だから今の俺はケンカできないし、ケンカを売られたとしても手を出すわけにはいかない。つまり俺は弱い!」


 やっぱりだ。宇相先輩は優しいし、心が清らかだ。こんなにも出来た人だったなんて、見た目で判断していた私が恥ずかしい。


 もちろん、周囲を欺こうとしている宇相先輩も悪いと言えば悪いかもしれないけど。


「宇相先輩は弱くないですよ。強いです! 特に心が!」


「えっ? あはははっ! 胡桃ちゃんにそう言われて、思わずキュンと来ちゃった。――さて、そろそろ俺は行くわ。ここでした話、俺と胡桃ちゃんだけの秘密だぞ?」


「……えっとぉ、どうしよっかなぁ?」


 私は指を口に当て、悪戯っぽく微笑みながら言い放った。宇相先輩が実は純真で照れ屋さんな可愛らしい人だと分かったので、ちょっとからかってみたくなったのだ。


 当然というか、宇相先輩は息を呑みながら狼狽える。


「なっ!? お、おい、俺を脅す気かッ?」


「秘密を暴露されたくなかったら、少しは学校での生活態度をあらためてくださいっ。風紀委員の私からの注意ですっ」


「うぐ……」


「それと言い忘れてましたけど、さっきの『俺の胡桃ちゃん』って言葉、私は宇相先輩のものじゃありませんから勘違いしないでくださいね!」


「あ、あれは言葉のあやっていうかっ、あいつらが今後も胡桃ちゃんに手出ししないようにするために言ったのであってな――」


「言い訳は無用でーすっ!」


「くそっ、本当に違うのに……」


 宇相先輩は今にも泣き出しそうな声で呟く。


 ふふっ、困ってる困ってる。すっかり私のペースだ。強面の外見と可愛い性格のギャップに愛おしさを感じて、ますますからかいたくなってきてしまう。


「――おいっ、そこにいるのは誰だっ? 何をしてるっ?」


 不意に聞き覚えのある野太い声がしたかと思うと、校庭側から鬼野先生が現れた。おそらく見回りをしている時に私たちの声が聞こえ、誰かがいると気付いたのだろう。


 もっとも、それが誰なのかまでは分からなかったようで、その証拠に私たちの顔を見るなり大きく息を呑んでいる。


「っ!? 宇相と比企かっ? なんでお前たちが……。まさか宇相、この前の朝のトラブルを暴力で解決しようとしているんじゃないだろうなっ! お前ぇ……っ! もしそうなら絶ッ対に許さんぞぉおおおぉーっ!!」


「ち、違うっ! 断じてそんなことはないっ! 胡桃ちゃんと話をしていただけだ!」


 魔王のような形相で鬼野先生に迫られ、宇相先輩は後ずさりしながら首を大きく横に振って否定している。冗談が通じない本気モードの鬼野先生は、それだけ彼にとっても恐怖の対象ということなのだろう。


 そんなたじろぐ宇相先輩を尻目に、鬼野先生はやや怒りを抑えながら私の方を向いて問いかけてくる。


「……比企、本当か? 大丈夫なんだろうな?」


「はい、脅されたとか暴力を振るわれそうになったということではないです。むしろ優しく接してくれて」


「っ? 優しく……だと……ッ? っっっ! そうかっ、宇相は比企に対して風紀を乱すようなことをしようとして……っ!」


「鬼野ちゃん、変な誤解するなよっ? 俺は何もやましいことをしてないし、するつもりもないからな!」


「……言い訳は生徒指導室でゆっくりと聞こうじゃないか! なぁ、クソガキ?」


「俺は無実だっ! 無実なんだぁあああああぁーっ!」


 宇相先輩の断末魔の叫びが周囲に響き渡る。直後、鬼野先生に首根っこをひねり潰さんばかりに強く掴まれ、彼は引きずられるようにしてその場から連れていかれてしまった。


 もちろん、私はそのあとを追いかけ、鬼野先生の誤解を解いたのは言うまでもない。



(おしまいっ!)

 

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