その景色はもう俺のもんだ!

ちびまるフォイ

まだ誰も見たことのない景色

久しぶりの休日なので近所の山へ登った。

住んだ空気を吸い込んで気持ちがいい。


「はぁーー。やっぱりこの景色を見ると落ち着くなあ」



「おい」


「……あ、はい? 僕です?」


「そうだよ、お前だ。今、この角度から景色を見たな」


「え?」


「景色料はらえ」


「はあ? 何言って……景色は誰のものでもないだろう?」


「おかしなことを言ってるのはお前だよ!

 ちゃんとこっちは正式に景色登録してんだ!

 景色みたくせに何も払わないなんて盗人だぞ!」


「ええええ!?」


しばらくすると警察がやってくる事態となり、

俺の網膜データをスキャンされて景色データの一致が取られた。


「たしかに。あなたの所有している景色と角度、画角が一致しますね」

「だろ。やっぱりこいつ景色見たのにしらばっくれてるんだ」


「景色みて金を取られるなんて聞いたことないぞ!」


「いいからちゃんと払いなさい。まったく面倒事を増やさないでくれ」


穏やかな休日は不愉快な日になってしまった。


家に帰ってから景色について調べてみると、

去年から景色の資産登録が可能になったらしい。


「ぜんぜん知らんかった……」


観光名所や夜景、はては近所の素敵な景色も

景色登録した人の所有財産となり景色を見た人はお金を取られる。


わざわざ景色を所有するために、

高層ホテルのスイートルームを借りて景色を獲得しようとする人もいるらしい。


「なんで景色なんか……」


調べれば調べるほど「景色で億万長者!!」のキャッチコピーばかりが目に入る。


「なるほどなぁ……。角度や画角などがちょっとでも違うなら

 それは別の景色としてカウントされるのか。

 それなら、無数に景色なんて所有できるんじゃないか?」


お金を取られたのが悔しかったので今度は自分が取る番。

近所にでかけて、まだ所有されていない景色を探す。


「この景色は……ちっ、すでに取られてたか。

 こっちの景色は……ちぇ、こっちもダメか」


金になりそうな"いい景色"はすでにあらゆる角度から所有されていて入る余地がない。

なにせ景色所有が認められたのは去年の話。


あまりにも出遅れている。


「はあ……ダメだ。半日歩いてせいぜい獲得できたのは自販機横のゴミ箱の景色くらいか……」


こんな時期でも誰も所有してないのはゴミ景色くらい。

一応、その景色を所有登録したはいいものの買い手もつかなければ見る人もいない。


売れ残りのゴミ景色を獲得したところで意味はなかった。


「まだ誰も所有してない景色はないかなぁ」


掘り出しものを探すように毎日歩く。


うっかり景色を見てしまったらお金が取られるので

足元を見ながら歩くのでこれでは見つからないなと思った。


しまいには諦めて公園のベンチに座ってしまった。


「はあ……もう歩き疲れた。

 まだどこにも所有されてない景色なんて、

 深海の底くらいしかないんじゃないか」


公園でぼーっとしていると、散歩中のおじいちゃんが隣に座った。


「こんにちはぁ、いい天気ですねぇ」


「ええ、まあ……そっすね」


「ここで何をされてたんですかぁ」


「いい景色を探してたんです……。でもなかなか見つからなくて」


「そうなんですかぁ。最近はビルも建って、いい景色なんてなくなりましたからなぁ」


「え、そうなんです?」


「昔はこのへんも、山が遠くに見えて、

 晴れの日なんかは川を挟んで田んぼが見えたもんです」


「あ、あの! その景色って網膜共有できますか!?」


「そんなことしてどうなるんですかぁ」


「いいいから! ね!?」


おじいちゃんがかつて見ていた景色を受け取ると、

そこはまだ景色所有がされていない緑広がる最高の景色が残っていた。


「おじいちゃん、ありがとうございます!!」


「はぁ……私、なにかしましたか?」


「最高の贈り物をくれたんですよ!」


まだ誰も所有していない景色があった。

過去の景色ならまだ誰も所有していない。


そのうえ、今ではとても見れないから希少価値が高い。


「ふふふ。これはいい商売になるぞ!!」


これを気におじいちゃん、おばあちゃんに猛烈アタックをしかけた。


老人ホームに押しかけたり、話し相手を求めてる人に声をかけたり。

かつての思い出話をききつつその景色をガンガン自分の名前で登録していく。


今では失われた過去の景色は大人気となり、

ひっきりなしに「景色データをくれ」とメッセージが飛んでくる。


もちろん所有権なんか渡さない。景色レンタルでお金を取っていく。


しまいには自分の景色個展なんかも美術館で開催し、

入場料にくわえて景色料もダブルで搾取できて大成功。


ボロアパートでネズミのように暮らしていた日々から、

ビキニ姿のメイドを何人も召し抱えたタワーマンション暮らしまで駆け上がった。


「あーーっはっはっは! これが勝ち組の景色かぁ!!」


大量の金をつぎこんで新造したマンションの最上階は自分しか立ち入らせない。

ここでの景色はぜんぶ自分のもの。


ガラスの向こうから小さな人々を見下ろすこの景色を

生で見られるのは自分だけだ。


「ここまで上り詰めてしまったか。ふっ。自分の成功に……乾杯」


夜のガラスに映る自分に酔いながらグラスを傾けた。

そのとき、ちょうど夜の空に一瞬光りが見えた。


「流れ星か? チャンス!

 流れ星入りの新しい景色を獲得できるぞ!!」


目を録画モードに切り替えて空を見上げた。

もう一度、空に光が見える。


その光はぐんぐんと大きくなっていって……。



「え、こ、こっちに来る!?」



次の瞬間、小さな隕石が落下し地上をえぐった。

ものすごい衝撃が体をゆさぶり、マンションは崩れていった。


「う、うう……」


次に目を開けたときには景色は一変していた。


街のあちこちで黒い煙が立ちのぼり、

ケガをした人がそこかしこで転がっている。


親を探す子供の鳴き声が遠くから聞こえ

むざんなガレキが道のあちこちをふさいでいた。


自分の姿を見つけた救急隊がかけよってきた。


「大丈夫ですか!? 今助けます!」


「え、ええ……」


「ガレキをどけました。あっちで救急車が待ってます。すぐに治療を!」


担架に載せようとする救急隊の人の手を振りほどいた。


「どうしたんですか、早く治療をしないと!」


「それどころじゃないだろう!?」


この状況を理解していない救急隊に俺はキレてしまった。

周りに広がる終末世界の景色を指さした。



「目の前に誰も所有していない景色があるんだぞ!?

 病院なんか行ってる場合じゃないだろーー!」

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