第58話 プレゼント

 俺がインターホンで応対している間に、沙耶乃はゆのちゃんの声を聞き取り、電光石火の早さで玄関を開けていた。


 俺が遅れて、玄関に向かうと……。


「良かったら、ゆのちゃんもカレー……って、あれ? 沙耶乃、ゆのちゃんは?」

「うん、今日は忙しいみたいで、もう帰っちゃったー」


 それこそ三十秒もしないうちにゆのちゃんは帰ってしまったらしい。


 まあ沙耶乃が黄泉坂だったときも分刻みのスケジュールだったから、アイドルの卵のゆのちゃんが忙しくてもおかしくはない。


「で、ゆのちゃんの用事はなんだったの?」

「うん……お兄ちゃんと私にお菓子焼いてきてくれたんだって!」


 沙耶乃はドアを閉めると綺麗にラッピングされた袋を両手に抱えて、俺を急かすようにリビングへ戻るよう背を押していた。


 リビングに戻って振り向いた俺はゆのちゃんに申し訳なさがこみ上げてきて、せっつく沙耶乃に言った。


「じゃあ、なおさら家でゆっくりしていってもらったほうが良かったんじゃ……」

「仕方ないよ。ゆのちゃん、研修生のなかじゃいちばん正メンバーに近いって、黄泉坂の子が教えてくれたから」


「そうなの!? やっぱり沙耶乃先輩の教え方が上手すぎるからじゃない?」

「う~ん……」


 珍しく沙耶乃は眉間にしわを寄せて、腕組みをする。


「私をトップアイドルにしてくれたのは、お兄ちゃんなんだからね♡」

「いや、俺は……なんにも……」

「沙耶乃はそんな控え目なお兄ちゃんが大好きなの」


 沙耶乃はゆのちゃんが丹精込めて焼き上げ、袋の口をピンク色のリボンで結ばれたパウンドケーキをソファテーブルに置くと俺をソファに押し倒すように抱きついてきて、俺への好意を露わにした。


「えへへ、お兄ちゃんに感謝してるのはゆのちゃんだけじゃないんだからね。沙耶乃は大好きなお兄ちゃんにいっぱいプレゼントしてあげたいの」


 馬乗りになった沙耶乃は俺の胸に手をつき、優しげな微笑みを浮かべて伝えてくる。


「あ、いやもうたくさんもらってるし……」


 いまの沙耶乃は元トップアイドルのJK若妻を思わせる。


 裸エプロンとまではいかないものの、制服エプロンなんて白石さやファンなら気絶しそうなくらいうらやましい格好でまたがられているんだ、これをプレゼントと言わずして、何をプレゼントとするのか!


 俺のお嫁さんになってくれた沙耶乃とじゃれあって、しあわせなひとときを過ごしているような気分に浸っていると、


「沙耶乃もパウンドをお兄ちゃんにお見舞いしちゃうねー!」


 ま、まさか沙耶乃は俺がゆのちゃんにデレデレしてしまったと思いこんで、殴ろうとしているのか!?


「えい!」


 かわいいかけ声と共に落とされたのは……。


 拳ではなく、キスだった。


「今日はお父さんもお母さんもいないから、いっぱいお兄ちゃんとキスできちゃうね」

「沙耶乃!?」

 

 沙耶乃は俺が驚く間にもまたキスを落としていた。それはまるで親が生まれたての赤ちゃんにキスするみたいに何度となく繰り返されて。


「お父さんとお母さんがこんなところ見たら、びっくりしちゃうかも……」

「そうだよな。二人には俺たちが付き合ってることを内緒にしてるからなぁ……」


 父さんは言わずもがな、母さんはふわっとしてるけど、男女交際に関しては真面目にお付き合いしなさい、ってタイプだと思う。


 沙耶乃は黄泉坂にいたときは男女交際禁止だったから、それも相まって俺に対する想いが爆発しちゃったのかもしれない。もしくは自意識過剰かもしれないが、ゆのちゃんに沙耶乃は嫉妬してしまったとか……。


「あ、あの……沙耶乃、先にカレーを食べないか? せっかく作ったんだし……」


 先に、って言ってしまうと後に続きをとか馬鹿なことを考えてしまったが、沙耶乃の俺に対する過剰な愛情表現をいったん冷まそうと取り繕うようなことを口に出した。


「てへへ、忘れてたよー。うん、食べよ、食べよ」


 俺に跨がる沙耶乃は大人の色香を漂わせていたが、ぽかっと自分の頭を叩いて舌を出しておどけると、いつもの妹の顔へ戻った。


 沙耶乃に限ってあのまま俺のジャージのズボンを脱がすなんて真似はしないと思うとんだけど……。


 「私がするから」と沙耶乃にダイニングテーブルに座るよう促され俺は妹の好意に甘えていると、鼻歌混じりでカレー鍋をお玉で混ぜていた。


 機嫌がいいと鼻歌を口ずさむ沙耶乃はプリーツスカートをふりふりと揺らしていて、彼女に跨がられた俺には目に毒だ。


 股間の疼きを悟られないよう静かにしていた俺に、


「お兄ちゃん、お肉食べていっぱい元気になってね!」


 沙耶乃はそう言うと、ステーキにしてもいいくらいの黒毛和牛のお肉をお玉で掬って、ごはんを盛ったお皿によそう。


 まさか本当に沙耶乃は俺を元気にさせて、ベッドで暴れさそうとか……。


 いいや、そんなことはないだろう。


 いくら父さんたちがいないからって。


 GAVANのガラムマサラとクミンをちょい足ししたおかげで市販のカレールーとは思えない、いい香り。香辛料から漂う香りに俺は煽られたのか、馬鹿な妄想をかき立てしまっていた。


 沙耶乃も自分の分のお皿をテーブルへ置くと俺の隣に座った。


「「いただきまーす!」」


 二人でカレーをまえに手を合わす。ガキのころは母さんが作ってくれたカレーをこうやって兄妹並んで仲良く食べたものだ。


「子どものころにお母さんがよくカレーを作ってくれたよね。私とお兄ちゃんが結婚したら、今度は私がお兄ちゃんにいっぱい作ってあげるね!」


 ふぁっ!?


 沙耶乃から本気とも冗談とも取れる発言に、俺は一口食べようと掬った匙が止まる。


「ご、こめん……彼女はよくても結婚は重かったよね? 冗談だからね、本気にしないでいいよ」

「い、いや、そんなことはないよ。沙耶乃が本気で俺のことを想ってくれていてうれしいから」


 一瞬表情が曇った沙耶乃だったけど、俺の返事を聞くと「うん」とうれしそうに頷いていた。


「おいしいね!」

「ああ、とくに沙耶乃の焼いてくれたお肉! 香ばしいし、普通煮たら肉汁が溶け出してしまうのにちゃんとジューシーだ」


「ありがと。お兄ちゃんの下拵えしてくれた玉ねぎの甘さも感じられて、ほんとおいしい」


 スプーンを咥えながら、頬に手を当て目を細める沙耶乃。なんだか彼女のその表情を見るだけで、俺は作って良かったと感じられる。


「あー食った食った! やっぱり沙耶乃と作ったカレーはうまいよな」

「うん! あんなにいっぱい作ったのに空になっちゃった」

「ほんとカレーは飲み物だよな!」


「じゃあ、今度はもっといっぱい作ろうね」

「あ、いやもう今日くらいで充分かな。産まれちゃいそうだし、はは」


 俺は満腹になり妊婦みたいになった腹を撫でて、おどけると沙耶乃は俺のお腹に耳を当てる。


「ほんとだ。産まれそう。沙耶乃もお兄ちゃんの赤ちゃんができたら、お腹大きくなるのかな?」

「さ……沙耶乃!?」

「あっ、もうこんな時間だ。早く食べちゃわないと!」


 聞き返す間もなく、沙耶乃はまだ完食してないカレーに手をつけ食べ出していた。


 俺が先に食べ終わり、シンクへお皿を入れようと立ち上がると、沙耶乃が俺の腕をぽんぽんと叩いて指摘した。


「お兄ちゃん、ごはん粒ついてるよ」


 ぴっと口の端についていたと思われるごはん粒を沙耶乃は摘まんで食べてしまう。満面の笑みで美味しそうにごはん粒を食べる沙耶乃の姿にうれしさと恥ずかしさがこみ上げてきた。


「あ、ありがとう」

「ほっぺにちゅーして取ってあげたほうが良かったかな?」

「沙耶乃さえ嫌じゃなければ……でも人前はダメだから……」


 ぐいぐい来る沙耶乃にたじろぐ俺はそんな言葉しか返せないでいたが、それでも沙耶乃は目を細めてうれしそうにしていた。



 二人でささっと食器の汚れを落として、食洗機へ放り込んだあと、部屋に戻った俺はベッドへダイブしたあと仰向けで腕を頭に回し、思考を巡らす。


 今日の沙耶乃の俺への距離感がバグってるような気がするのは気のせいだろうか?


 沙耶乃は着替えてくるというので部屋で考えごとしながら、待っているとドアがノックされた。


 入室を促すと、沙耶乃はドアの隙間からおずおずと俺の顔色を窺っていた。


 そうかと思うとドアを開け放ち、入ってきた沙耶乃の衣装に俺はただ驚くことしかできなかった。


「なっ!?」


 寝転んでいた俺は飛び起きて、四つん這いで沙耶乃を見つめていた。いやもう目が沙耶乃に釘付けになり離れなかった。


「沙耶乃はお兄ちゃんだったら、襲われてもいいかなーって思ってたんだよー」


 といいつつもガン見されるのはやっぱり恥ずかしいのか、沙耶乃は両腕を伸ばして、身をすくませボディラインを隠す。


「いやいやなに言ってんだよ。実の妹と思ってた沙耶乃を俺が襲うなんて真似するかよ……」


 俺も急に興奮と恥ずかしさがこみ上げてきて、沙耶乃から視線を外す。


 だって、あの黄泉坂のセンターだった沙耶乃が裸エプロン姿で俺の部屋を訪れていたのだから……。

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幼馴染に振られたら、超人気アイドルのセンターしてる双子の妹が義理だと知った誕生日に告ってきた 東夷 @touikai

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