ピンチをチャンスに変える男!
タカテン
第1話:寝坊で遅刻した結果、課長になる男!!
「貴様ッ、入社初日から遅刻とは一体何を考えているッ!」
春雷の如き怒鳴り声が、営業一課のフロアに響き渡った。
その鬼が激怒している。
理由は言うまでもなく、新入社員である若い男の遅刻だ。
三浦の前に立たされている件の男、こちらも三浦に負けず劣らずの偉丈夫である。が、
「まったく、まだ学生気分が抜けておらんのか、貴様ッ!」
「…………」
「黙ってないで返事をせんかッ!」
三浦の激昂に声も出せぬほど萎縮しているようであった。
(ふっ、怖くて声も出ぬか。まぁ図体はデカくとも所詮は甘えて育てられた現代っ子よ。その腑抜けた心を俺が鍛え上げてやるッ!)
三浦は心の中で不気味にニヤリと笑うと、表情は逆に少し緩めてみせた。
「ふん、ならば質問を変えよう。なに、俺とて人の子、情けを知らぬ鬼ではない。おそらくはお前も遅刻をしてしまう、何かしらの事情があったのであろう。それを聞かせてもらおうか。その内容によっては情状酌量の余地はある」
何かしらの事情、情状酌量……その言葉は罪を咎められている者にとってはまさに天から釣り降ろされた蜘蛛の糸。必死になってこの窮地から脱しようと縋りつく。
が、実のところこれは蜘蛛の糸ではなく、釣り針だった。情けをかけてもらえると食いついたところでぐいっと引っ張り上げ、さらに厳しい追及で吊り晒すという非情の罠だ。
そう、社会に出れば結果が全て。どのような事情があってもそれは所詮いいわけにすぎないと知らしめる、言うならばこれは新社会人の通過儀礼のようなものであった。
(さぁ、言え! どんな真っ当な理由であっても俺が理不尽に不条理に徹底的に否定し罵倒してやるッ!)
三浦は顔で笑い、心で嗤いながら新入社員・
が。
「何も言うことはありませんッ!」
国生は直立不動の姿勢のまま、顔をしっかりと上げ、三浦の目を見つめながら、大きな声ではっきりとそう言った。
「何? では理由なく遅刻したと言うのかッ!?」
「いいえ、理由はあります! が、どのような理由があれ遅刻は遅刻、その事実は変わりありません!」
ほう、と三浦はかすかに呻いた。
最近の若い奴にしてはなかなかに見どころがあるようだ。
が、まだまだ甘いッ。ならば
「馬鹿者ッ! 貴様は報告のひとつも出来ぬというのかッ!」
三浦は自分の机に拳を打ちつけた。
その威力たるや鋼板を大きくくの字に凹ませ、衝撃はフロアのみならずビル全体を揺るがさんばかりであった。
しかし。
「報告とはッ!」
次の瞬間、国生は三浦の拳が発する打撃音を遥かに上回る大声を放った。
その声はビルどころか外の通り、いや、街全体にも聞こえるほどであった。
「上司にあげる報告は常に成功であるべきものッ! 失敗などは言い訳にすぎませぬッ!」
「貴様、失敗は上司に伝えぬと言うのかッ!」
「否ッ! 上手くいかない時は報告ではなく、相談させていただきますッ!」
「相談だとッ!?」
「勿論、状況については可能な限り連絡もいたしましょう!」
「こ、こいつ……新社会人のくせに報・連・相を!」
かすかに鬼の三浦の気が揺らいだ。
それを見透かしたかのように国生はさらに声を張り上げる。
「しかし、既に犯してしまった過ちに対し、あれやこれや言い訳を並べるのは愚の骨頂ッ! 上司の耳にあげるべきではありませんッ!」
「くっ、新人が何を偉そうなことをッ! 失敗から学ぶということを知らんのか、貴様ッ!」
「知っておりますッ! ですから私は今回の遅刻で多くのことを学びましたッ!」
続けて三浦に口を挟まさせない勢いで国生が大きく「ひとーつ!」と叫ぶ。
「社会人たる者、遅刻を回避する為ならば道に迷ったお婆さんを見捨てるべしッ!」
「な、なにっ!?」
「ふたーつ! 時間を厳守するならば痴漢に遭う女学生を見て見ぬふりをせよっ!」
「お、おいっ!」
「みっつ! 定時出勤を守る為、命の危険に晒されるご老人を助けるべからず!」
「ま、待て! 分かったからちょっと待てッ!」
堪らず三浦はストップをかけた。
これ以上とんでもないことを、外にまで聞こえる大声で言われたら「あの会社は非人道的な教育を社員に施している」と思われる可能性がある。それだけはなんとしてでも回避しなくてはならない。
「この大馬鹿者ッ! 善行より時間厳守が優先するわけがなかろうッ!」
三浦は声を張り上げた。
この声よ届け、さっきの国生の言葉を聞いていた部外者たちへ! と願いを込めて。
「ですが我が社が求める社員とはそのような者ではないのですか?」
「そんなわけがあるかッ! 弊社は社会貢献を何より大切にしておるッ!」
「ならば社会貢献の為ならば遅刻は許される、と?」
「と、当然だ……」
歯を食いしばりながら三浦は言葉を振り絞った。
これまでも遅刻しては国生のような理由を述べる者はいた。その度に「つまらぬ言い訳をするなッ!」と雷を落としてきたものだ。
それがまさかこのような方法を取ってくるとは思ってもいなかった。
お婆さんを助けた、女子学生を痴漢から救った、老人の危機を守った、おそらくはどれもウソに違いない。が、それをこのように活用してくるとは、この男……。
「……国生と言ったな、お前」
三浦は国生の肩に手をやると、それまでとは違って周りにも聞こえないぐらい小さな声で話しかけた。
さっきので一応の火消しは終わったはずだ。ならばここからは部外秘の話である。
「はい、三浦部長」
国生もまた三浦の意図を瞬時に理解して小声で応える。
「ふん、お前ならばすぐに営業のトップになれるだろう。が、お前にはもっと相応しい職場を用意させる」
「と、言いますと?」
「……危機管理課だ」
「それは一体どのような仕事をするところでしょうか?」
「今の世の中、なにがどうして炎上するか分からん。その炎上を防ぐため、そして何より炎上した時にすかさず騒ぎを収める為、近年新たに設置が要望されていた部署だ」
「なるほど。つまり会社が何か問題を起こしてピンチに陥った時に私が救え、と?」
「これまで相応しい人材が見当たらなくて見送られていたが、お前を推薦してやる。どうだ、お前なら出来るだろう?」
「それで待遇は?」
「お前が課のリーダーになるんだ、おそらくは課長だろう」
その言葉に国生は軽く口元を緩めて、首を垂れた。
「かしこまりました。その辞令、謹んでお受けいたします。部長、短い間ですがお世話になりました」
「ふっ、新入社員が出社初日でいきなり新部署の課長に大出世とは。上手くやったな、おい」
「とんでもありません。私はただ言い訳をしなかっただけですよ」
言い訳をしない、これは謝罪の時に最も重要なことだと言われている。
「国生熱血……まったく大した男だ」
鬼の三浦も思わず唸った。
後に国生は会社が起こす数々の不祥事において見事な機転を利かし、謝罪会見をする度に会社の株価が爆上がりするという奇跡を起こして見せるのだが、それはまた別の話。
おわり。
ピンチをチャンスに変える男! タカテン @takaten
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます