『いいわけではありません、事実です』

aaa168(スリーエー)

それは、紛れもない事実



「いいわけではありません、事実です」

「いやいや向かい風ってだけで遅刻するか?」



成績優秀、きっちりした敬語、眼鏡に黒髪ロング。

実に真面目そうなこのクラスメイトは、見た目とは裏腹によくやらかす。


遅刻。

宿題忘れ。

授業中よく眠るし。


俺はこういう、腑抜ふぬけた奴が嫌いだ。

赤の他人だろうが……隣席でこうも“やられる”と鼻につく。

唯一ゆいいつ良い点と言えば――無欠席なところぐらい。



「事実です」

「二回言っても無駄だぞ」


「今日も授業中指されて、自信満々に間違えてたよな」

「間違いは誰にでもある事です」


「……なんでソレで俺より成績良いんだよ」

「頭良いからですかね」

「腹立つんだけど」

「ふっ」

「笑うな」



ああ言えばこう言う――まさにこの通り。

無視しろなんて、自分でも分かっているけれど。


止められないのだ。

理由は自分でも説明出来ない。






「お前今日も宿題忘れてたな」

「やりましたが、家に忘れただけです」


「この前忘れたのは?」

「妹が間違えて持って行ってしまいました」


「……この前の前は?」

「ペットが食べました」



そんなわけあるか。


そう大声で言ってやりたいが我慢する。



「……」

「満足ですか?」

「お前ほんと……いつも思うが噓のいいわけすんな、事実を言え事実を」


「事実です」

「おっ言ったな。今度家行っていいか? ヤギが居たら納得してやる」

「……」

「黙るな」

「……ペットは農家のおじさんが引き取って居ません」

「テメーちょっと考えただろ」

「……動物の事を一番に考えています」

「嘘つけ」

「事実です」



さっきはちょっとだけ、鉄壁? の牙城がじょうが崩れた。

そんなので嬉しくなる自分が嫌だ。



「……でも、家には来ても良いです」


「え」

「今日来てください」

「えっ」

「来れないんですか?」

「いや、でもいきなりだし流石に」

「ヤギ、帰ってきているかもしれませんよ」

「ええ……」



そんなわけあるか!!!



とは、言えなかった。






「……」

「……」



今、俺は彼女の私室に居る。


大量の本が詰まった棚。

整理整頓された机。

落ち着いた、木の香りのする空間。


真面目という言葉が似合うその部屋は、ずっと沈黙が支配していた。

鬼気まずい!



「お茶淹れてきます……あっ」



立ち上がった彼女。

そしてコケた。……今なんか、ワザとらしくなかった?



「あの……スリッパが劣化していました」

「別に何も言ってないぞ」

「事実です」

「何も言ってないんだけど……」

「心の中で笑ってそうだったので」

「いや俺の事どんな目で見てんだよ……」



静寂せいじゃくなこの部屋に、一気に声が広がる。

思えば――いつも彼女の“いいわけ”からだ。



こうして、会話が始まるのは。



「お茶、淹れてきます」



――こうして、彼女が笑うのは。




「な、なぁ!」




頭の中。

ふと、過ったその考えを。


整理する間もなく――叫びで吐き出す。



「別に、俺は……」

「はい?」



危なかった。

立ち上がった彼女に、喉元から出かかった言葉をふさぐ。



「……なんでもない」

「そういう時、大体なんでもあるんですよ」


「いや――その、違うんだ」



思考がまとまらないまま。

彼女が、歩いて眼前まで近付いて。



「“いいわけ”ですか?」

「うっ」



まさか、彼女にそう言われるなんて。

そしてそうなれば、流石に答えるしかないわけで。



「別にその、普通に話してくれて良いから……」


「!」


「今更だけど。お前と居るの、楽しいからさ」



恥ずかしい。

汗が、背中に流れていくのを感じる。


深くうつむいたまま、彼女の顔を見る事も出来ず。



「……お茶淹れてきます」

「お願いします……」



気付けば背を向いていた彼女。

その表情は、一体どんなものだろうか。



「正直……貴方が楽しいなんて信じれません。実は嘘では――」


「――嘘じゃない。事実だ」


「っ! そうですか」




分かれないけれど、きっと――――





「私も、です」





何時もの様に、笑っているはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『いいわけではありません、事実です』 aaa168(スリーエー) @aaa168

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説