第023話 黄金週間 The Second-2

(side:リアル)

八坂師匠と共にやってきたのは『雅』。名前だけ見たらスナックに見えるが、実際に隔日で夜にスナック営業をしている。とは言え、スナックと料理教室を同じところでしているかと言えば、実は違う。路地裏の入口の看板はスナックだが、大通りからの入口の看板は料理教室だ。


「あら、春希ちゃん、いらっしゃい。衛ちゃんを助けてくれてありがとうね」


中に入ると恰幅の良いおばちゃんが出てきた。彼女が料理教室『雅』の先生で、宮川 良子(みやかわ りょうこ)さんだ。


「いえ、八坂師匠にはよくお世話になっていますので、この程度なら何の問題もないですよ」


「それでも、弟子を助けてくれたのは本当に助かったわ。あ、そうだわ。お友達も一緒みたいだから、私が手料理を振る舞ってあげるわよ」


良子さんが張り切っていると待ったを掛けたのは八坂師匠だった。


「先生よォ...こいつらは俺の客だぜェ?俺が昼飯を振る舞うって言って連れてきたんだ。そいつはァ俺の仕事だ」


「あら、衛ちゃん。携帯が潰れたからって報連相出来ないなんて、情けないわ。大人しく、指を咥えて待ってなさい」


そして、唐突にバチバチし始めて困惑する奏。チラチラとこちらを見てくるので、取り敢えず、奏を落ち着かせることにする。


「大丈夫だよ、奏。この二人、何かと理由を付けて料理勝負したがる仲良しだから」


「え?いや、そんな漫画みたいな...」


確かに漫画のような展開ではあるが、この二人にとってはよくある話である。


「ハルキとカトウ!わりィがこれから料理勝負する事になった。和洋中でジャンルを決めてくれねェか?」


八坂師匠の言葉に「え、マジで?」みたいな顔をして、こちらを見る奏。マジなんだのなぁ...


「奏、何食べたい?この二人なら、相当なゲテモノ以外なら結構な物を出してくるから安心だよ。代わりに、評価するのが難しいけど」


「あの...量は大丈夫ですか?」


「任せなさいな。半人前サイズで一品ずつ出すから食べ切れると思うわよ」


良子さんの宣言で安心したのか、考え始める奏。そして、決めたのか顔を上げる。


「それなら、洋食が良いです!!」


「八坂師匠、良子さん。そういうわけで、洋食をお願いします」


僕らの決定にバチバチと火花を散らす二人。そして、調理開始前に何かを思い出したか良子さんはこちらを向く。


「加藤さんはアレルギーは大丈夫かしら?」


「え、はい、何もないですよ」


「大事なことだからね。安心したわ。...衛ちゃん?貴方は知っていたわね?」


既に調理に取り掛かろうとする八坂師匠の背中を睨む良子さん。そんな良子さんに気づいているのか犯罪者ですら逃げ出したくなりそうな笑みを八坂師匠が見せる。


「おいおい...元々はよォ...俺の客だぜェ?ここに来る前に聞いているに決まっているだろォ?」


「上等じゃない、衛ちゃん」


そして、何か楽しそうに笑う良子さんと八坂師匠は揃って調理場に立つのだった。


「あの、先輩?」


「どうかした?」


「何か料理漫画みたいな作業スピードしているのですけど...」


そう、今の二人はどこぞの料理漫画を彷彿させるような手捌きで調理をしている。いや、単純に調理過程の全ての動作がスムーズなだけだから、極まった反復練習をしていれば出来るとは思う。真似できるかどうかは別ではあるが。


「まぁ、凄く料理が上手な人がやっていると思えば良いんじゃないかな?八坂師匠に素早く調理するコツとか聞いたことがあるけど、頭の中で調理手順を常に確認しながら手を休めなければ問題ないって言われたよ。まぁ、最初から最後までタイマー片手に張り付かなければならない訳じゃないから、手を休めないのが大事なんだって」


八坂師匠に教えて貰った事を伝えるが、パッとしないらしい。仕方がないので、僕の解釈を伝えることにした。


「僕なりの考えで言うなら、ゲームを何種類か同時にやる時に、オートモードのゲームをまじまじと見ないでしょ?それと同じだって思っているよ」


「あ、なるほど。手放しで置いておける物は置いて、手を使う必要のあるものに手を使う。よく分かりました!」


僕達がそんな雑談をしていると両者の戦いが終わった。

八坂師匠が持ってきたのはオムライスで、良子さんはハンバーグだった。

まずはオムライス。チキンライスにオムレツを乗せたふわふわタイプのオムライスだ。僕が作ってもここまで綺麗なオムレツにはならずに乗せる時に破れてしまう。乗せることが出来ても固焼きになっている時もあるので、絶妙さが大事なのだろう。ちなみに、最近は時間が合わなかったので延期となっているが、次回に八坂師匠に教えてもらう予定がこのふわふわオムライスである。

それはさておき、チキンライスの上に乗せられているオムレツを割るとトロッとしたスクランブルエッグ状になっていてチキンライスを覆い隠す。僕がスプーンでオムライスを掬うと、ふんわりと香るチーズ。どうやら、オムレツの中にはチーズが入っているようだ。チキンライスと卵とチーズの組み合わせが非常に堪らない。隣をチラッと見ると奏は味勝負も忘れたかのように一心不乱に食べていた。

既に八坂師匠の方に軍配を上げたくなってしまっている出来だ。しかし、隣のハンバーグも魅力的な香りを放っている。僕がハンバーグにナイフを入れる。テレビで見るような肉汁は溢れてこない。一見すると微妙そうに思える。しかし、だ。切ったハンバーグを口に入れると、これまでどこにいたのか分からないほどの肉汁が溢れ出す。箸ではないが、フォークとナイフが進む。そして、そいつは唐突に現れる。このハンバーグ。実はチーズインハンバーグだったのだ。唐突に流れ出すチーズを見てしまったのか奏は慌ててハンバーグを食べ始める。僕個人のベストハンバーグ、それはチーズを乗せるのではなく中に入れる方だ。もちろん、乗せる方も美味しい。しかし、中に入れる方が好みである。

これは問題だ。どちらも美味しい。正直な話、どちらに上げるか悩むのが実情でもある。そんな悩んでいる最中、隣から声があがる。


「あのー...どちらも美味しかったではダメですか?」


それはいつも思うことだ。しかし、この二人は...


「まァ、客人にやらせるのも悪ィな」


「あら、それは確かに同感ね。今日はノーゲームで良いわね?」


「今回はそれで構わねェよ」


勝負を止めない...いや、今日は止めた。珍しい事だ。いつもなら、止めないのだけどなと思ってしまう。そうして、二人も自分達で作った物を互いにも食べさせて感想を言い合う。これはいつも通りだ。


「春希ちゃん、今日はどうだった?」


「二人とも、凄く美味しかったですよ。いつも通り、凄く悩みますよ」


「チッ...やっぱり、勝ちきれねェか。先生よォ...次こそは負けました、って言わせてやるぜ」


「あら、それは衛ちゃんの台詞よね?」


再び火花が散る八坂師匠と良子さん。そして、それを苦笑しながら笑う僕と奏のゴールデンウィーク2日目の昼は過ぎていくのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕と君の二年+α 栗無 千代子 @chocolatecream

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ