【KAC20237いいわけ】新世界の空へ

羽鳥(眞城白歌)

七竜の島、宙の聖域、大聖堂。


 彼女は、どんなに対しても真摯しんしに取り組み、期待通りの成果を上げてくれる。未経験者だらけの現状で、国政に携わった経験を持つ彼女は頼もしく、私もつい頼りがちになっていた。

 新規プロジェクトを始めるとき、チームの高揚感とは裏腹に実際の業務は煩雑である。ましてこの仕事は特殊で携われる者は少なく、すべきことは多い。纏め役チームリーダーという責任重大な役割を任せられた私は、最初のうち自分自身のことに手一杯で、深く考える余裕がなかった。

 ふとした違和感を覚えたのは、私たちの体感で一週間ほどが過ぎた頃のこと。


 彼女は、描いた絵を実体化させるという特殊スキルを持っている。壊れかけの世界を修復するためのかなめとなる能力だ。

 なぜそんなが舞い込んできたのか――話せば長くなるし、実は私自身も十分に理解しているわけではなかった。それでも実際に目撃した天変地異を考えれば、そういうことだと納得せざるを得ない、という状況である。


 体感では一年と少し前になるだろうか。私たちが住むこの世界は、何の前触れもなく神々に破棄はきされた。後に伝え聞いたことによれば、神々の粛清しゅくせいは様々な災害の姿かたちで地表を舐め尽くしたのだという。地震、落雷と嵐、洪水や津波、火山の噴火など――。

 当時この地域の王であった私は、僅かながら神罰に抗う力を持っていた。世界を無に帰すがごとき天変地異の前では無力に等しかったが、せめてもの抵抗にと聖域を拡張し、逃げ惑う住民を受け入れた。さすがに国全体へは力及ばなかったことが今でも悔やまれる。


 神々により託されていた国土と機構システムは、神々の手によって奪われ灰燼かいじんに帰した。それでも私は全てを失ったわけではない。生き延びたわずかな国民。まだ機能する施設と、居住可能な建物。汚染を免れた湖と、農耕地。

 失われた命を取り戻すことは、七竜のひとりと呼ばれる私であっても不可能だ。その代わりに私は生き延びた命を守り抜くと決意したのだった。世界の行末に滅びが定められ、神々による救済が望めないとしても。

 神が救わぬのであれば、私が。半ば意地のように方法を探っていた私が彼女らと出会ったのは、どんな運命の采配さいはいだったのだろうか。


 そうして私たちは、チームを立ち上げた。名付けて、新世界修復プロジェクト。神慮により破壊された世界を修復し、新たなことわりへと書き換えてゆく計画である。えがいた絵を実物に出来る彼女は、このプロジェクトにおいて重大な役割を担っている。

 とはいえ彼女はまだほんの子供だった。長命種である私に比べてというだけでなく、人間ひとの基準で測っても。


「無理はよくないよ。先はまだ長いし、疲れたときには休息も必要なのだから」


 何度か諭したものの、彼女はいつも笑顔で「大丈夫です」と答えるのだった。そして言葉通り、ほとんど休息も睡眠も取らず毎日新たな絵を仕上げてくる。

 そうしたやり取りを経て、私は、普段は快活な彼女が仕事に関しては一切ということに気づいたのだった。


 メンバーの健康管理もリーダーの責任である。私は彼女をさりげなくお茶に誘い出し、それとなく話を聞き出そうと試みた。香りの良い緑茶と金平糖を出してあげれば、彼女ははにかむように微笑んだ。


「懐かしいです、これ。私、東方の地には行ったことがなかったですけど。よくお土産に貰いました」


 世界が終わる前、彼女は短い間だったが国政に携わっていたらしい。懐かしむようでいてかげりある表情は、その想い出が懐かしいだけのものではないことを物語っている。


「大崩壊のときには、どこの国にいたの?」


 彼女は瞳を曇らせたまま視線を落とし、息を潜めるようにして口を開いた。


「仕事を辞めてからしばらく旅人でした。でも、どの国もなんとなく合わなくて……最後は無国籍のまま引きこもってたのです」

「そうだったんだね。それなら尚のこと、無理はしないでほしいな。ゆっくり休んだり、自分の時間を過ごしたいときだってあるだろう?」


 少しわざとらしかったかもしれない。彼女は一瞬だけ瞳を揺らしてから、いいえ、とか細く囁きかぶりを振った。

 何か言いたげな様子だと思い、静観していると、ややあってぽつりと一言。



 魔法人形ホムンクルスの彼女は普段から表情に乏しく、儚げな愛らしさがある。だが、この時の彼女はまるで凍てついた花のようだった。不用意に近づき触れれば、壊れて砕けてしまうのではないかと思えるほどに。

 私は決意を固め、姿勢を正す。漠然ばくぜんとだが、彼女の心に巣食うものが見えた気がしたのだ。彼女が人知れず苦しんでいるのなら、支えになりたい……と思った。


「そう、誰かに言われたのかな」


 詰問と受け取られないよう声を抑え、出来るだけ柔らかな語り口を意識して。始まって間もない新世界修復プロジェクトで、共に過ごした時間はまだほんの僅か。今のところ他人に等しい私に、果たして彼女が心を開いてくれるかどうか。

 緊張しつつ答えを待つ私を、色素の薄い彼女の両目がまっすぐ射抜く。例えるならば、捨てられて傷ついた子猫が信頼にあたう相手を見極めようとするさまに似ている、と思う。


「大衆の利益のため役職者は私情や都合を殺してでも尽くすべき。そんな風潮がありました。私が役職を辞したのは、もう無理、って思ったからでした。でも……私が引きこもっている間に、世界は滅びてしまった」


 うつむきながら、彼女は淡々と語ってくれた。万年人手不足の中で、国家運営のため必死に駆け回ったこと。心も体も、常に限界だったこと。それでも、誰かのためなら頑張れると……自己暗示を続けて働き続けてきたこと。そんな中、家族を事故で失うという不幸が降り掛かったこと。

 ひどい罪悪感と喪失感ロスに彼女は心を病み、休暇を願い求めた。

 休息を取れば、回復してまた仕事に復帰できると、その時は本気で考えていたという。


「辞めようとは、思わなかったの?」

「はい。私はあの国も、一緒に戦ってきた友人たちも好きでしたから。少し休めば、また頑張れると思いました。でも……聞き入れてはもらえませんでした」

「え」


 何か聞き違えたかと思わず首を傾げた私に、彼女は言葉を重ねる。表情を消し、遠いどこかへ瞳を向けて。


「…………そう、言われたの?」

「はい」


 静かな沈黙が私と彼女の間を流れてゆく。

 世界が終わる前、国家運営はどこもだった。気まぐれな神は国家にも個人にも開戦につながる道具システムを与え、農地や施設は幾度も焦土と化した。弱小国家を守り抜くには想像を絶する献身が求められたことを、私自身もよく思い知っている。

 私が彼女の上司であったら、その時――なんと答えただろうか。

 過去のもしもに意味などないとしても、考えずにはいられない。皆が身を削って守り抜いた国々は、神々の気まぐれで打ち砕かれたのだ。役職を辞しても、彼女は故国を愛していたのだろうか。いつかは戻りたいと願っていたのだろうか。


「俺は、誰かが背負い込んでつぶれるような世界は……再現したくない、と思ってるよ。言い訳も許されないなんて、そんなの息苦しすぎる」


 彼女が私を見る瞳の奥に、ずっと警戒心を隠していたことにようやく気づく。かつての上司に言われたことを、私にも言われるのではないかと怯えていたのだ。世界が終わる前は王だった私に、かつてと同じ思想があると考えるのは無理からぬことだ。

 深く刻みつけられた心の傷は、そう簡単には癒えないだろう。世界はまだまだ壊れかけで、すべきことは多すぎる。責任感が強く明確な役割も自覚している彼女が、どんなに言い諭しても無茶をやめないだろうとは容易に想像できた。

 それでも、いつかは――と願わずにはいられない。


 私は今後も諦めず、同じチームの仲間として彼女に寄り添っていこう。心を殺さず想いを潰さず、理想を掲げるのが簡単ではないとわかってはいても。

 今はまだ私に対して心を閉ざしている彼女が、私に対してくだらない言い訳を口にできるような関係になれたらいい。


 新世界修復のプロジェクトは、まだ始まったばかりなのだ。道半ば、どころか、ようやく開始ゼロ地点に立てたばかり。

 皆で描く新世界には、希望に満ちた未来がひらかれると信じて。

 




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